手話通訳

【第9回】手話通訳士への道「『公』の働きを鈍らせる意識 Vol.2」

前回は、障害者に対する意識を未熟な個人意識、社会意識とに分けて取り上げてみました。 今回は、そんな社会の一端を取り上げ、考えたいと思います。 ●憲法の描く社会像との乖離 さて、私の食う、寝る、風呂など生活時間以外での時間の大半は、社会福祉領域での活動になっています。 社会福祉領域の暮らしというと、憲法25条第2項に代表される国家の役割をイメージする方が多いと思いますし、私...

【第8回】手話通訳士への道「『公』の働きを鈍らせる意識 Vol.1」

前回は、公の働きとして位置づけられている手話通訳制度を紹介しました。 なんとなくですが、第3回、第4回で個人意識と社会意識についてイメージできるよう触れています。 今回は、これまで触れていることをもう少し深め、次回につなげたいと思います。  特に、障害(者)に対する社会意識、個人意識です。 ●社会意識 ろう運動が作り上げた社会意識が反映し、手話通訳事業が法制化され「...

【第7回】手話通訳士への道「手話奉仕員・手話通訳者・手話通訳士となり、『公』の働きに従事した私」

●手話通訳事業 「公」の働きとしての社会福祉事業に手話通訳事業が位置づけられていることは前回紹介した通りです。 連載の第4回でふれた「手話奉仕員養成事業」を含む①手話言語の理解者と手話言語通訳者の養成、②手話言語通訳者の派遣、③手話言語通訳者の設置、そして④資格認定の4本柱になっています。 社会福祉法や身体障害者福祉法の手話通訳事業は、障害者総合支援法の地域生活支援事業(以下...

【第6回】手話通訳士への道「社会福祉の仕事としての手話通訳事業ー「公」の営み、手話通訳事業―」

ろう運動と、それを基盤にした手話通訳事業の歩み、そして、手話通訳活動は、十分な情報の取得とコミュニケーションの重要性を法制化した「情コミ法」を誕生させました。 「情コミ法」の誕生が、手話通訳事業の発展に責任を有する行政活動への期待について前回紹介しました。 では、社会福祉(障害福祉)行政にかかわってきた立場から通訳行為を考えてみます。 障害のある人たちに係る仕事をしていると、通...

【第5回】手話通訳士への道「情報の取得・コミュニケーションの重要性が「法」にー人権の質、ふくらみと広がりがー」

前回あたりから少しリラックスして書けるようになってきました。 緊張が少し…。あまりリラックスしすぎないように気を付けないととんでもない脱線をしそうです。身を引き締めて進めるように心がけますので今回もお付き合いください。 *** 手話通訳の担い手がほとんどいない中、手話奉仕員としてスタートした私です。 そんな私は、手話通訳に求められる資質は、そばにいるだけでいいという素朴な...

【第4回】手話通訳士への道「我が国(千葉県でも)初の手話奉仕員養成ー手話言語を学びはじめた私」

 千葉県ではじめての第1回手話奉仕員養成講座が開かれ、この講座に参加したことが手話通訳の担い手としての第1歩だったことは先に触れたとおりです。 手話奉仕員養成講座は、国(現厚労省)がはじめて手話言語を学ぶ場を事業化したものです。 事業名を見てわかるように手話通(・)訳者(・・)ではなく、手話奉仕員(・・・)の養成なので、通訳ボランティアの養成としてスタートしたものです。 この事...

【第3回】手話通訳士への道「私の意識と社会意識ー私の育ち その2」

今回は、私が経験した出来事から、私をはじめとする人々や社会が障害(者)をどう見ていたのか。を、考えていただくためにいくつかの出来事を紹介します。 ●先祖(親)の因果が子に報う  次の出来事は、今の私が子供のころの記憶を呼び起こしているので、私の記憶の一端であることをご理解ください。  小学校の高学年の頃だったと思いますが、二人の大人が家に来ました。  私に話したことを親に...

【第2回】手話通訳士への道「偏見と差別意識満載の私ー私の育ち その1」

 100坪の土地に多数派のろう者、少数派のきこえる者の環境で育ち、私の家が千葉県、千葉市のろう者の団体の事務所だったので毎日毎日たくさんのろう者が我が家に来ていたことを前回紹介しました。  毎晩のようにたくさんのろう者が、我が家の2間しかない(一部屋は父母の仕事部屋)我が家の6畳間を占拠していたのです。私の家での多数派は、半端ない多数派だったのです。にもかかわらず「手話もろう者も嫌い」な私...

【第1回】手話通訳士への道「先ずは私のこととこれから」

●はじめに  今日から連載のスタートです。  私は52年前(1970年度)、千葉県で開催された全20時間の第1回手話奉仕員養成講座を卒業し、手話言語通訳の道を歩み始めました。 私の両親はろう者(大雑把な整理ですがろう者集団に所属し、手話言語の話者とします。)だったので、手話言語が飛び交う環境で育ちましたが、差別意識満載の私は、手話言語を否定し、「ろう」を受け入れられず、避けて育...