【第22回】手話通訳士への道「運動にみる手話通訳(士・者)のあり方・動き方」

 第19回~21回では法令による手話通訳(士・者)のあり方を紹介しました。

 細かく分けると、手話通訳事業のあり方、手話通訳のあり方、手話通訳士・者のあり方に分けられるのですが、手話通訳士・者のあり方に絞らせていただきました。読まれた皆さんが、手話通訳のあり方、さらには手話通訳事業の手話通訳提供のあり方にまで膨らませていただけることを期待しながらまとめたものです。

 さて、この「あり方」ですが、当然自分自身と向き合う際に問われるものですが、誰を指してのあり方なのか。この先触れていく「手話通訳士・者の動き方、やり方」に関係してくるので簡単に触れておきたいと思います。

「あり方」の対象は、「国民(その多くは国籍法に規定する国民ですが、時に外国人の場合もある)」なのですが、通訳場面で考えると、ニュース番組や政府の記者会見などろう者向け(発信者は聴(聞こえる)者又はろう者)ではありますが、誰なのかを特定しない不特定多数と対象が限定される場面があります。  

どちらも通訳対象は「ろう者」であり、「聴(聞こえる)者」なのです。

私が10歳の時、1963(昭和38)年9月京都にろう者と話ができるようになりたいと願った聞こえる人が、数少ない手話通訳者とろう者(ろう者団体)との出会いから京都に我が国初の手話サークル「みみづく」が誕生しました。その後、1968(昭和43)年、71名の手話通訳者が参加した第1回全国手話通訳者会議が第17回全国ろうあ者大会に並行して行われています。先ずはそこで発表された「第1回全国手話通訳者会議発表論文-ろうあ者の権利を守る通訳を〔通訳論〕-」伊東雋祐(以下「伊東論文」という。)から紹介します。

1.運動にみる手話通訳士・者のあり方

(1)今でも「あり方」めぐる支柱の一つ -伊東論文-

手話言語を認めず音声言語優位の社会では、その時代の色を反映した手話通訳制度にとどまってしまいますが、憲法や権利条約に基づく「あり方」は変わりません。手話通訳(士・者)に問われる活動の色合いは時代によって異なるといえるのかもしれませんが、あり方は変わらないのではないでしょうか。

伊東雋祐さんの論文(1968((昭和43)年第1回全国手話通訳者会議発表論文-ろうあ者の権利を守る通訳を〔通訳論〕-)にみる「あり方」は、未熟な社会に置かれるろう者を柱に据えたもので、集団的な討議がなされたという点で我が国初の手話通訳論と言ってもいいものです。

さらに、今でも次の「安高論文」と並んで手話通訳士・者のあり方の支柱で、多くの手話通訳士・者が学び続けている教材でもあります。 

さて、この論文で伊東さんは、「ろう者のための通訳活動とは、現在、客観的な事実として多くの市民的権利をあたえられていないろうあ者の生活を守り、権利獲得の主張の側に立つことがその基本的な使命なくてはならないのである。」と、手話通訳者に、ろうあ者の権利獲得の主張の側に立つことを求めています。

そして、試論として、5つの領域でその「使命・立場」を提起していますので次に引用します。

①ろうあ者の権利を守り、共同の権利主張者としての領域

②一般的なろうあ者問題、および個々のろうあ者のもつ事例の理解者、受容者、進んでは問題探究者としての領域

③ろうあ運動の発展と展開の中に参加し、他の障害者の生活と権利を守る運動、ひいては民主的な国民運動との連帯の中に立つ領域

④ろう者一人ひとりの問題や要求に学び則して行動し、生活や相談活動を行う領域

手話通訳者の姿勢、行動の指針・倫理といった側面を持つ提起です。

聞こえること、音声優位の社会での手話通訳の特徴的な出来事として、「通訳を終え振り返ってみたら、大半の時間を聞こえる者が話していて、ろう者は聞くだけで終わっていた」ということが今でも多くあります。このような時どのような動き方をするのかは次回に譲るとして、伊東論文の「あり方」はいかがでしたか。憲法の描く社会への道のりを歩く手話通訳者の姿だと思ったのは私だけではないと思います。

次に、1979(昭和54)年の第8回世界ろうあ者会議提出論文「日本における手話通訳の歴史と理念」」安藤豊喜・高田英一(以下「安高論文」という」)から紹介します。

(2)今でも「あり方」めぐる支柱の一つ -安高論文-

 私は、偏見、差別意識に汚れ、未熟なまま大人になってしまいました。18歳の時、手話通訳士の道を歩き始めた私は、さまざまな手話通訳と出合い、自分自身と向き合うことを余儀なくされる経験をしてきました。まだまだ汚れにまみれた私ですが、旧優性保護法は間違いだと気づけるようになった私を見ると、手話通訳経験(運動含む)が私の汚れを薄めてくれたことは間違いないようです。私の周囲にいる多くの手話通訳士・者も私と同様に、手話通訳・ろう運動が「人間らしさ」と結びついた成長の糧となっているようで、誇れる活動(仕事)であることがわかります。

 伊東論文同様「あり方」めぐる支柱となっている安藤豊喜さんと高田英一さんの第8回世界ろう者会議提出論文「日本における手話通訳の歴史と理念」1979(昭和54)年(以下「安高論文」という。)に我が国の手話通訳の特質を次のようにまとめていますので引用して紹介します。

 「戦後のろう運動が目指したものは、ろう者の生活と権利の擁護である。手話通訳は、この運動を母体として誕生した。ここに日本における手話(・・)通訳(・・)()誇る(・・)べき(・・)特質(・・)がある。」 

 さらに、「ろう者の権利を守る手話通訳は、一つの理念である。この理念を一面的に単純化して、ろう者の保護者として手話通訳者(※原文は手話通訳となっているが筆者が者を加えた。以下注)参照」を理解することがあれば、それは誤りである。それは、ろう者の社会的自立、言い換えると、社会的行動の自由の獲得のための協力者であり、援助者とすることが正しい。」と、ろう者を主人公に据え、人権の主体として生きることを視点に据えた手話言語通訳の「あり方」の提起です。

 差別と偏見、手話言語が否定される中、手話言語通訳を真に必要とする当事者が願いを込めて生みだした歴史がそこに見えています。

注)上記の手話通訳を手話通訳者(論文の中にいくつか同様なところがみられる)としたのは、伊東論文の権利主張の側に立つ手話通訳者と「安高論文」の「ろう者の権利を守る手話通訳は一つの理念」と表現していることから手話通訳をろう者の権利と位置づけ手話通訳者を権利主張の側に立つものと明確に分けておきたいとの意図からです。

 この2つの論文は、わが国の手話通訳(士・者)のあり方(理念)を言い尽くしているだけでなく、憲法を地で行く理念だと私は思っています。

2.手話通訳事業所、手話通訳士・者の動き方

 私の勝手な理解を基にろうと者の権利を守る手話通訳とは何かについて「安高論文」に触れてみることにします。

安高論文は、手話通訳をろう者の社会的行動の自由の獲得の機能とし、手話通訳者をその協力者と位置付けていると私は理解しています。そしてその制度化にあたっては、「ろう者自身の自覚的努力と人間関係をも含めた社会的制度として整備されることが必要である。」と、手話通訳(事業)の社会的位置づけについても触れています。

 さらに、病院の対応を例に「社会的行動の自由」について紹介しています。

 手話通訳事業所と病院の双方が関係職員を出し合い意見交換を行った結果、病院側がろう患者の呼び出し、診察、投薬などを患者の個性に応じて筆談、簡単な身振り、病院職員がマスターした指文字で、ろう者は、自らの努力と手話通訳がついたときには通訳者の協力を得ながら聴者とのコミュニケーションを図ったというもので、病院関係者とろう者の人間関係の発達を基本とする具体例でした。

 手話通訳者の都合に制約される等手話通訳士・者の通訳をすべてに優先するのではなく、ろう者が行きたい時に行け、多くの人と互いの努力を前提にする行動の自由の範囲の拡大にろう者の要求の本質があるとも指摘しています。

 先の伊東雋祐さんは「聴覚障害者の手話通訳活動にはより広範で多様な国民大衆が参加すべきではないかと思います。」と述べています。その一例として、会社に入社した成年の例を次のように紹介しています。

「新入社員の社内教育の受講~中略~非常に苦労しましたが、結局彼は、隣り合わせた同期の仲間にノートを借りる、筆談し合う、手話を教える、と言う創意と工夫により結果として短期間に多くの働く仲間を得ました。」と。その上で、「ろう者にとって通訳とは、このように共に働く仲間たち、広くは国民大衆に支えられるものでなければならないし、又、このような基盤の上にこそ、専門職としての手話通訳従事者が置かれ、その人の活動領域や任務が明確になるのではないか。」(伊東雋祐「ろうあ者問題とろうあ運動」財団法人全日本ろうあ連盟P60~P61)と求められる社会のあり様とその上での手話通訳の専門性を指摘しています。

手話通訳士・者の動き方を示唆する2つの論文を紹介しました。

もう一つ紹介します。

もう一つの動き方(補足)

 とても大切な動き方がもう一つあります。

 税を財源とする手話通訳事業、手話通訳(士・者)の「あり方」と関連する動き方で、国民の必要を満たす行政活動と連動する動き方ともいえるものです。

 手話通訳場面で見えた社会的な課題について、川根薫さんは次のように整理しています。

 「常に課題を公(特に行政)に返し、地域社会全体を変えていく施策へ発展させる必要があり、社会の責任として、ろうあ者が守られていくための取組を怠ってはならないし、その任を負っていると思う。」(「新しい聴覚障害者像を求めて」財団法人全日本ろうあ連盟P263)と。「安高論文」等でも触れられている社会活動家としての側面を強調しています。

 これらは、私たちの専門性が発揮できる(しやすい)環境づくりの大切な視点でもあるのです。通訳を必要とする人たちが努力し合うことを視野に入れた通訳現場での働きかけともいえる「動き方」なのです。

 通訳現場での手話通訳士・者の「動き方」と、これをふまえた事業所の関係者関係機関へ働きかける「動き方」がよりよい通訳環境への道となっています。

かなり字数をオーバーしてしまいましたが、1997(平成9)年 5月4日制定の手話通訳士倫理綱領の関係部分を抜粋して紹介し、次回手話通訳のやり方へと進めたいと思います。

手話通訳士倫理綱領(抜粋)

2.手話通訳士は、専門的な技術と知識を駆使して、聴覚障害者が社会のあらゆる場面で主体的に参加できるように努める。

3.手話通訳士は、良好な状態で業務が行えることを求め、所属する機関や団体の責任者に本綱領の遵守と理解を促し、業務の改善・向上に努める。


川根紀夫(かわね のりお)

手話通訳士。1974年、聴覚障害者福祉と手話言語通訳者の社会的地位の向上のため、手話言語、手話言語通訳や聴覚障害者問題の研究・運動を行う全国組織である「全国手話通訳問題研究会」の誕生に伴い、会員に。1976年、手話言語通訳の出来るケースワーカーとして千葉県佐倉市役所に入職。1989年、第1回手話通訳技能認定(手話通訳士)試験(厚生労働大臣認定)が始まり、1991年には、手話通訳士の資質および専門的技術の向上と、手話通訳制度の発展に寄与することを目的に「一般社団法人(現)日本手話通訳士協会」が設立され、1993年、理事に就任。日本手話通訳学会、日本早期認知症学会、自治体学会に所属。第4回JACI特別功労賞受賞者。