【第6回】手話通訳士への道「社会福祉の仕事としての手話通訳事業ー「公」の営み、手話通訳事業―」

ろう運動と、それを基盤にした手話通訳事業の歩み、そして、手話通訳活動は、十分な情報の取得とコミュニケーションの重要性を法制化した「情コミ法」を誕生させました。

「情コミ法」の誕生が、手話通訳事業の発展に責任を有する行政活動への期待について前回紹介しました。

では、社会福祉(障害福祉)行政にかかわってきた立場から通訳行為を考えてみます。

障害のある人たちに係る仕事をしていると、通訳を必要とする様々な場面に出合います。

そのいくつかを紹介します。

●役所での会議が始まる前に、参加者と雑談の場面で

①麻痺のある障害のある人の話しが聞き取れずにいると、近くにいたその方の介助者(友人)が「今日の会議終わってから飲みに行こう」と言っています、と通訳してくれたことがありました。

②制度を利用する際に必要となる状況を把握するために、知的障害のある方に「お風呂に一人で入れるか。頭は一人で洗えるか。」等聞くと「うん。うん。」と頭を振り、どこまで自分でできて、どこができないか、わからずにいると親から「洗うといっても…」とできること、少しできること、できないことを教えて(通訳して)くれます。

また、

③日本語に不得手な外国人の方が、ある程度日本語でやり取りの出来る友達を連れて、生活保護の窓口に来られることがあります。

私のいた役所には外国語に堪能な(私は外国語はわからないためどこまで堪能なのか定かではないが)職員がいましたが、不在な時はその友達の通訳に頼ることになります。

単純化した言い方になりますが、①のように麻痺のある彼は、通訳されている内容が正しいかどうかわかります。彼の話を聞く人にわかりやすく伝えるために、あらかじめ、通訳者を用意することもあるでしょうが、多くの場面で、身近な人たちが、彼の話を理解できるようになることや、身近にいる「わかる人」が仲立ち(通訳)になることも必要だと思います。 

隣近所の付き合い、買い物等日常生活におけるコミュニケーションは、通訳の有無にかかわらず、必要な時に行っても意思疎通が可能になることが重要です。こう考えると、彼の周りに彼の話が理解できる人たちが多くいる環境づくりも求められていると考えることができます。

②と③はどうでしょうか。

②は、一つひとつのコミュニケーション経験が、生活の質や生活力を高めていくことに直結しています。一般的に私たちは、一つひとつのコミュニケーション経験を意識せずに自らの力にしています。②の方のように一つひとつのコミュニケーション経験を意識的に支援することが必要な方には、税金を原資とするコミュニケーション経験を自らの力として蓄積するサービスとして提供すべき課題だと私は思っています。幸い第5回で触れた「情コミ法」が誕生しましたので今後の取り組みに期待をよせています。

③も同様コミュニケーション経験が生活や日本で生活する生活力を形成する大切な機会となっていることを国民が共有する必要があります。

これらのことは、サービスが利用者にとって有益かつ適切(その人の幸福と結びつく)に提供されることが前提になります。

コミュニケーションは、人との関係、自身の生活を豊かにするものです。

一般的(生活場面での)な通訳場面を例に考えると人との関係を豊かにするための「繋ぐ」働きと、発信者の真意が適切に通訳されているかが問われます。

これを③の例で考えてみると、誇張した言い方になりますが、真意が適切に通訳されているかどうかは通訳している友達しかわかりません(友達もわからないことがある)。

したがって、通訳する人には、高い専門性、優れた人間観と高い倫理観が求められます。

コミュニケーションに障壁(障害者権利条約でいう社会的障壁の一つ)がある場合、①のように、話が理解出る身近な人を増やすことに加え、「公」の働きの一つに通訳が位置づけられる必要があります。

手話言語通訳の世界は、このことを明かにしてきました。私はこの歩みから多くのことを学び、手話通訳士になったのです。

では、今日の本題である「公」の働きとしての手話通訳制度です。

●わが国の身体障害者福祉

ここでは簡単にろう者に係る法体系(狭義の障害(者)福祉関係法の体系)を紹介します。

憲法や障害者権利条約が基盤にあることはすでにご承知のことと思います。

基盤となる法律に加えて、障害者施策の基本法として障害者基本法があります。この障害者基本法に基づく個別法として身体障害者福祉法等があります。さらに、障害者、障害児を対象に福祉サービス等を提供する「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(以下「障害者総合支援法」という。)」があります。

以下簡単にそのイメージをまとめてみました。

 かつては、手話や手話通訳の用語がどの法律にも見当たらず、手話通訳事業は、身体障害者福祉施策の一つとして行われていました。しかし、国は、2000年に福祉需要の増大・多様化が見込まれることから「社会福祉基礎構造改革」に着手し、手話通訳事業を法制化したのです。

では、その概要を紹介します。

●手話通訳制度

手話通訳事業の法制化

2000(平成12)年、「社会福祉の増進のための社会福祉事業法等の一部を改正する等の法律案」の可決により、社会福祉法、身体障害者福祉法に手話通訳事業が明記され、法制化されました。

社会福祉法第2条第3項第5号に手話通訳事業の文言が加えられ、第2種社会福祉事業(社会福祉事業は、第1種と2種がある)に位置付けられ、身体障害者福祉法第4条の2第2項に、新たに次のような条文が加えられました。

この法律において、「手話通訳事業」とは、聴覚、言語機能又は音声機能の障害のため、音声言語により意思疎通を図ることに支障がある身体障害者(以下この項において「聴覚障害者等」という。)につき、手話通訳等(手話その他厚生省令で定める方法により聴覚障害者等とその他の者の意思疎通を仲介することをいう。第三十三条において同じ。)に関する便宜を供与する事業をいう。

 今回、手話通訳事業が、社会福祉事業として位置づけられていることを紹介しました。

 私が、手話言語通訳の出来るケースワーカーとして自治体に就職することになったのはろう者が、身体障害者福祉法の対象で、その結果、社会福祉の対象となっていたからです。 

ろう者が社会福祉の対象となっていたことから、手話言語通訳も社会福祉活動と考えられ、私もそのように理解していました。

もし、現在のように、企業に雇われ、手話言語通訳に従事したり、社会福祉事業以外の手話言語通訳も請負、派遣する事業所で従事したり、フリーランスで活動したりする場があったら、私は自治体に就職し、手話言語通訳の出来るケースワーカーとして働いていたのかどうか、ふと考えることがあります。

-でも、自治体で働くことを希望したと思います。-

手話通訳事業がボランティア的性格の福祉活動からスタートし、社会福祉事業に位置付け(労働条件をみるとボランティア性格のままだが)られ、現在では、社会福祉領域を超えた領域へと広がっています。

今回は、前回取り上げた「情コミ法」の取り組みと身体障害者福祉法、社会福祉法に規定する手話通訳事業がそれぞれ関連し合いながら発展することを期待しながら終えることにします。 

次回は手話通訳事業の概要を紹介します。今回同様、私の成長に影響を与えた過程の一端を感じ取っていただけたら幸いです。


川根紀夫(かわね のりお)

手話通訳士。1974年、聴覚障害者福祉と手話言語通訳者の社会的地位の向上のため、手話言語、手話言語通訳や聴覚障害者問題の研究・運動を行う全国組織である「全国手話通訳問題研究会」の誕生に伴い、会員に。1976年、手話言語通訳の出来るケースワーカーとして千葉県佐倉市役所に入職。1989年、第1回手話通訳技能認定(手話通訳士)試験(厚生労働大臣認定)が始まり、1991年には、手話通訳士の資質および専門的技術の向上と、手話通訳制度の発展に寄与することを目的に「一般社団法人(現)日本手話通訳士協会」が設立され、1993年、理事に就任。日本手話通訳学会、日本早期認知症学会、自治体学会に所属。第4回JACI特別功労賞受賞者。