宮崎伸治, Page 2

保護中: 【第19回】翻訳家ありのまま「イギリスで翻訳の仕事にありつけたものの…」

“一流”と言われる企業を自ら希望退職し、社長がいう“無名の”大学院に留学するというのは、社長に言わせれば「意味がない」ことだし、同僚に言わせれば「もったいない」ことではあった。しかし30歳手前になっていた私にとって、その時期を逃せば一生後悔することになるという切迫感があった。出版翻訳家だけでなく同時通訳者にも憧れがあったので、1年でも早く留学してネイティブに近い発音を身に付けたかったからである。...

保護中: 【第18回】翻訳家ありのまま「私の退職後10ヶ月で翻訳部は消滅した」

振り返ってみれば、翻訳部は創設直後からずっとゴタゴタ続きだった。 しょっぱなから慶大卒スタッフが無断欠勤続きで解雇となったし、ミシガン大学大学院出身の男性も大型契約を潰す原因を作ったために「自宅待機」となり、中央大卒の営業部員は“人間としてやってはならない超ヤバいこと”をやったために即解雇となり、東外大卒スタッフも“ヤバいこと”をしたというきな臭い噂が社長の耳に入ったために1年で契約が打ち...

保護中: 【第17回】翻訳家ありのまま「東北大卒副社長の驚愕すべき一面」

東北大卒副社長が翻訳部に異動してきた当初、私はネイティブ並の英語を話す彼に憧憬の念を抱いていた。 ところが前回述べたとおり、彼は私に対して「(オーストラリア人を“除外”する内容の)あの求人広告はまずいよ~」と声を荒げたのである。求人広告の原稿は社長が書いたことは彼も知っていたし、彼自身、私が英訳した英文をチェックもしていたにも関わらず、である。私はそのとき思ったのだ。 (求人広告はも...

保護中: 【第16回】翻訳家ありのまま「オーストラリア人解雇事件」

翻訳部設立2年目が終了するとき、オーストラリア人校正者も契約が打ち切られることになった。 彼はもともとグループ企業内の英会話講師をしていたのだが、自ら校正の仕事がしたいと申し出て翻訳部の校正者になっていた。彼の仕事は英文をチェックすることだから、日本語ができなくてもできる。彼はそれをいいことに日本語を学ぼうとせず、漢字は勿論、ひらかな・カタカナですら読めないままだった。 社長はそんな...

保護中: 【第15回】翻訳家ありのまま「会議通訳として駆り出された」

すでに何人ものトラブルをつらつらと書き綴ってきた私ではあるが、「そういうあなたはそんなに優秀だったのか、何一つ汚点はなかったのか」と訝しがる人もあろう。 じつは私にもあまりに恥ずかしくて一生だれにも言いたくなかったビジネス上の汚点がある。他人のトラブルばかり書いて自分の汚点を書かないのは不公平ではないかという思いがよぎったため、ここで私の汚点を赤裸々に語ろうと思う。というのも翻訳家の方々に...

保護中: 【第14回】翻訳家ありのまま「身の毛がよだつ大事件勃発」

大事件というのは突然勃発することは希で、たいていの場合、いくつもの原因が重なり合って勃発に至るものである。 例えば、ピッチャーがどんな球を投げたとしても、満塁になっていなければ満塁ホームランを打たれることはない。逆にいえば、ランナーが一人も出ていなければ、最悪でもソロホームランで済むのである。あるいは、高価な物品がたくさんある家に空き巣が入れば被害も甚大だが、盗むものが何もない家なら空き巣...

保護中: 【第13回】翻訳家ありのまま「京大卒社長VS東北大卒副社長」

翻訳部の人員体制は創設2年目に入ってからガラリと変わった。東大大学院出身の女性スタッフの勤務形態が「月曜だけ週1出勤、週4回自宅勤務」から「月曜と木曜の週2出勤、週3回自宅勤務」に変更になった以外にも、東外大卒の女性の後釜としてフェリス女学院大卒の女性が採用されたし、国際部から東北大卒の男性が異動してきた。 東北大卒の男性は55歳。社長より若干年少だ。大柄の社長とは対照的に小柄ではあったが...

保護中: 【第12回】翻訳家ありのまま「東大大学院出身の女性を寵愛する京大卒社長」

京大卒社長の目からすれば、京大こそが日本一の大学であり、東大は「同率1位で日本一の大学」であった。そんな社長がこよなく愛したのは、東大大学院出身の女性との「京大VS東大トーク」であった。 飲み会の席になると、必ず自分の横に東大大学院出身の女性を座らせ、「京大はこうだったが、東大はどうだったの?」という「京大VS東大トーク」を繰り広げるのだった。社長にしては、それがもっともしたかったトークテ...

保護中: 【第11回】翻訳家ありのまま「想像を絶する残業地獄」

翻訳部創設1年目が終わろうとするころ、翻訳部に大型の和英翻訳の仕事が入ってきた。 社長は大喜びだったが、超特急で仕上げてほしいという依頼だったから私にかかる負担は甚大だった。というのも東外大卒の女性は1年で辞めさせられることが決まっていたし、「週1回出勤、週4回自宅勤務」の東大大学院出身の女性に和英翻訳を依頼するのは効率が悪かったため(というのもネイティブチェックを受ける場合、出社していた...

保護中: 【第10回】翻訳家ありのまま「翻訳部創設1年で8人中4人がいなくなった」

個人的な恨みはまったくないので、悪くは言いたくはないのだが、中央大出身の営業担当の男性はつねにきな臭い噂が流れていた。男が身を持ち崩す3悪は酒とギャンブルと女だと言われるが、それを地でいくタイプかと思わせる噂だった。 翻訳部が創設されて半年過ぎた頃、突然、彼が出社しなくなった。彼の仕事は翻訳の仕事を取ってくるのがメインのはずだが、日々どのような仕事をしていたかは不明だった。というのも社長が...

保護中: 【第9回】翻訳家ありのまま「社長の大言壮語を封印してやった 」

ミシガン大学大学院出身の男性が「自宅待機」になり出社しなくなってからというもの、社長はことあるごとに彼を引き合いに出しては我々を鼓舞するようになった。 「あんな人なんか居なくなって十分やっていけるってとこ見せつけてやろうじゃないか。なあ、君たち、頑張れよ!」 英日翻訳のチェックは京大卒社長が行なっていたのだが、その頃からその厳しさが増した。誤訳が見つかろうものならこっぴどく叱られるよ...

保護中: 【第8回】翻訳家ありのまま「京大卒社長の英語の“真の実力”」

京大卒社長は学歴の話が大好きで、飲み会になると必ずといっていいほど学歴の話をするのだった。翻訳部設立当時の翻訳スタッフの学歴は京大、東大大学院修了、ミシガン大学大学院修了、東外大卒、慶大卒、青学卒(私)だったが、飲み会で話題になるのは決まって前者5大学であり、私の母校・青山学院は蚊帳の外だった。 そんな社長、誰も聞いてもいないのに、いきなりこんなことを言って学歴話をし始めるのだった。 ...

保護中: 【第7回】翻訳家ありのまま「みんなが『自分が1番』と思っている職場」

学歴至上主義の京大卒社長にとって唯一、頭が上がらなかったのがミシガン大学大学院出身の男性だった。なにしろ彼は“世界の頂点”ともいえるマサチューセッツ工科大学卒、かつミシガン大学大学院修了である。京大卒といえどもこの華麗なる学歴の前にはひれ伏すしかなかったのか、神様みたいな扱いをしていた。 ところがミシガン大学大学院出身の男性の“真の実力”が露呈し、「自宅待機」にさせて以来、社長はこんなこと...

保護中: 【第6回】翻訳家ありのまま「かくして大型契約が消えてなくなった」

ミシガン大学大学院出身の男性は自信過剰なところがあり、他人を小ばかにする癖があった。それを最初に感じたのは、入社して間もないころ、社長を除いた翻訳スタッフ5名で開いたミーティングのときだった。 彼はまだ我々と一緒に仕事をしたことがなかったのだから、我々がどれくらいの実力の持ち主なのか知らなかったはずである。なのに彼はみんなの前で私のことを評してこう宣ったのだ。 「宮崎は男なんだから本...

保護中: 【第5回】翻訳家ありのまま「ミシガン大学大学院出身の男性は“規格外”だった」

我が翻訳部は新設後1ヶ月で早くも1名を失ったが、人員としてはまだ余裕があった。京大卒社長兼翻訳部長が率いる中、翻訳スタッフとして東大大学院出身の女性、ミシガン大学大学院出身の男性、東外大卒の女性、それに私がいたし、翻訳部専属の営業部員として中央大卒の男性や日英翻訳をした際の校正者としてオーストラリア人男性がいた。1名抜けたくらいではびくともしていなかったのである。 ところがその頃からミシガ...

保護中: 【第4回】翻訳家ありのまま「某一流企業入社1ヶ月で激震が走った!」

入社日は3月1日だったが、その会社の給料は「前払い」だったので3月20日に初回の給料が払われることになっており、給料日の前日(つまり3月19日)に給与明細書が配られた。これを見れば「災いが2回連続して起こる」のか「災い転じて福と成す」のかが判明することになる。 恐る恐る給与明細書を開いてみると、なんのことはない、面接時に伝えられていた金額が印字されていた。 (あ~、助かった~。これで...

【12/19】本当に長続きする多言語独習法【遠隔】

『7つの習慣 最優先事項』など多数の訳書を手がけられ、『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』で大きな話題を呼んだ作家・翻訳家の宮崎伸治さんは、ご専門の英語のみならず、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語、中国語も独学で学ばれ、原書を読まれているそうです。マルチリンガルの夢を捨てきれない方、もう一度だけチャレンジしてみませんか? お申し込みは下記からお願いします。https://...

【第3回】翻訳家ありのまま「夢の夢であった産業翻訳家人生が幕を開けたが…」

学生時代から夢の夢であった翻訳人生が某一流会社の翻訳部に中途入社するという形で幕を開けた。21歳のときに翻訳家になることを夢見始めた私はすでに27歳になっていた。6年間の修練を経て、ようやく「翻訳で飯が食える」ようになったというわけだ。 初出社日に社長から驚くことを聞かされた。翻訳スタッフを5名同時に採用したのは翻訳部を新設するためだったという。それまでは翻訳が必要になったときは国際部の“...

【第2回】翻訳家ありのまま「某一流企業の翻訳部に再就職が決まった!」

 転職後初めて入社した翻訳会社は、実際に支払われた月給額が採用面接時に伝えられていた月給額より13,000円も少なかったことが原因で社長と揉めに揉めてわずか5ヶ月で退職する羽目になったが、退職直後から貯金が底をつく恐怖に悩まされるようになった。 (このまま再就職先が決まらないまま推移していけば、2,3ヶ月後には借金生活に突入することになるなぁ) 自分の心情とシンクロするフレーズは無意...

【第1回】翻訳家ありのまま「翻訳会社に転職したものの…」

大学卒業後に初めて就いたのは大学職員の仕事だったが、それには2つの“裏の理由”があった。1つは、応募した3つの翻訳会社のすべてに不採用になったこと、もう1つは、大学職員は夏休みが多く、残業も少ないという噂を聞いていたことだった。翻訳家になりたいと思っていた私は大学職員として生活費を稼ぎながら自由時間をフルに使って英語力を磨き、チャンスがあれば転職してやろうと目論んでいたのだ。  かくして、...

【JITF2021】宮崎伸治「自己PRの方法と出版契約の考え方」

宮崎伸治 作家・翻訳家。著訳書は約60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)がある。出版翻訳家デビューからベストセラー出版、数々のトラブルを経て本人訴訟に至るまでの実体験を赤裸々に告白した同書は発売直後からテレビ、ラジオ、新聞、雑誌等で話題となり、好評発売中。電子書籍でも購入可。訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キ...