【第1回】翻訳家ありのまま「翻訳会社に転職したものの…」

大学卒業後に初めて就いたのは大学職員の仕事だったが、それには2つの“裏の理由”があった。1つは、応募した3つの翻訳会社のすべてに不採用になったこと、もう1つは、大学職員は夏休みが多く、残業も少ないという噂を聞いていたことだった。翻訳家になりたいと思っていた私は大学職員として生活費を稼ぎながら自由時間をフルに使って英語力を磨き、チャンスがあれば転職してやろうと目論んでいたのだ。

 かくして、翻訳家になりたいという夢をひた隠ししながら大学職員を4年続けた。その間、ビジネス英検A級、観光英検1級等の英語資格を片っ端から取り、ほんやく検定の英和3級と和英3級に合格したところで大学職員を辞める決心を固めた。というのも、そこには英語力が活かせる部署はなかったからである。「英語力が活かせる職場はきっと見つかるはずだし、見つけるべきだ、もうこれ以上ここにいてはいけない」。そんな思いがふつふつと湧いていたのだ。

 大学職員を辞めて半年近くは英会話講師をしていたが、そんなある日、某翻訳会社が社員を募集しているのを知った。応募すると、すぐに社長面談があり、月給が195000円であること、しばらくは派遣先で自動翻訳機のデモンストレーターとして働いてもらうが、いずれは本社で翻訳を任せたいと伝えられた。大学職員時代の月給より少し下がるが、翻訳の実力で頭角を現したいと思っていた私にとっては、大学職員を続けているより遙かに良いことのように思えた。

 入社して数日間、私はキャリアアップに成功したと喜んでいた。しばらくは自動翻訳機のデモンストレーターをすることになるが、いずれは翻訳の仕事ができる。そうなれば翻訳の通信教育で3年間磨いた実力が発揮でき、その会社に“なくてはならない存在”になれる。そう自負していた私には前途は洋々に思えた。

 ところが初めての給料日に衝撃が走った。「なんじゃ、この数字は?」と驚くほど低い給与が振り込まれていたのだ。最初の1ヶ月は日割り計算になるとは聞かされていたものの、何をどう計算しても少なすぎた。ただ、会社からは「中途入社社員のための説明会」を近く開催すると聞かされていたし、私は派遣先で働いていたため本社の人とは顔を合わせる機会がなかったこともあり、その「説明会」のときに訊いてみようと思い、問い合わせるのを控えていた。

悶々とする日々を過ごす中、2回目の給料日が到来した。さらなる激震が走った。給与明細を見てみると195000円であるはずの月給は182000円、しかもそれは住宅手当等が加算されたトータルの額であった。私は基本給が195000円だと思い込んでいたが、ふたを開けてみると基本給は50000円しかなく、「加給」なるものが約12万円加算されていた。ボーナスは基本給に月数をかけて算出するわけであるから、基本給が50000円か195000円かとではボーナスに雲泥の差が出る。それを悟ったときのショックは甚大なものだった。

入社してから4ヶ月経った頃、ようやく「中途入社社員のための説明会」が開催された。「説明会」というくらいだから給与のことも詳しく教えてもらえると思っていたが、担当者に訊いても、「それは社長に直接訊いて下さい」というばかりで納得する回答は得られなかった。

そこで私は社長に面談を求めた。50歳位の豪腕社長との面談だ。怖くないわけがない。でも怯んではならない。こっちは生活がかかっているのだ。

私は開口一番でこう切り出した。

「月給は195000円と聞いていましたが、182000円になっていましたが…」

「195000円と言った覚えはないよ」

「でも私はメモに『月給195000円』と書いていました」

「それって、他の会社じゃないの?」

「いや、そんなことはありません。1社しか受けていないのですから」

「そう? でも覚えていないんだよ。182000円あれば十分生活できるでしょう。お金というものは後から付いてくるものなんだよ。いい仕事をしていたら自然と給料もあがる。お金がほしければいい仕事をしなさい。そしたらボーナスをはずんでやる」

かくして、話がかみ合わないまま、その日は分かれることになった。

しかしここで諦めたら私の給与は永遠に修正されないままになってしまう。1回だけならまだしも、これから先何年も続くとなると…。いてもたってもいられなくなった私は双方が納得できるような解決案を考え、社長に再度面談を求める手紙を出した。ところが、なしのつぶてにされたままだった。

そんなある日、本社に行く機会が生じたので、そのときに少しお時間をいただけますか、という問い合わせの手紙を書いて書留で送っておいた(それもなしのつぶてにされた)。

 さて、本社に行く日が到来した。来社して社長の姿が見えると、すぐさま近づいて行って、私の手紙は読んでもらっているか尋ねると…。

「ああ読んでいるよ。だけどね、前も言ったように一度決まった給料は変えられないんだよ。変えたことが他の社員にばれたら社内の秩序が保てなくなるからね」

「それならそれでなぜお返事をくださらなかったのですか」

「もう、あなたとの信頼関係を壊したかったからだよ。信頼関係が壊れれば、あなたが会社を辞めてくれると思ったんだ。そのほうが私にとって都合がいいんだよ」

(にゃに~。まだ解決方法があるかもしれないというのに、それを検討すらせずにそんな終わらせ方をするのかあなたは!)

 私は激しい憤りを感じながらその場を去った。

 その後、某相談センターで相談にのってもらったところ、「給料は紙に書いてもらっておけば良かったですね。でもそんな社長がいる会社だったら辞めたほうがあなたのためですよ」とアドバイスをもらった。

 翌日、私はそのアドバイスに従い、辞表を出した。せっかく翻訳会社に転職しキャリアアップできたと思っていたのに、5ヶ月間、一度も翻訳の実力を披露することなく退社したのだった。

 数年後、同社のパンフレットを目にする機会があった。驚くことに他の人が社長に就任しており、くだんの豪腕社長の名はどこにも無かった。何があったのやら…。


宮崎 伸治(みやざき しんじ)

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、作家・翻訳家に。著訳書の数は約60冊にのぼる。趣味は英語、独語、仏語、西語、伊語、中国語の原書を読むこと。著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)、『自分を変える! 大人の学び方大全(仮)』(世界文化ブックス、2021年12月刊行予定)が、訳書に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。