【第2回】翻訳家ありのまま「某一流企業の翻訳部に再就職が決まった!」

 転職後初めて入社した翻訳会社は、実際に支払われた月給額が採用面接時に伝えられていた月給額より13,000円も少なかったことが原因で社長と揉めに揉めてわずか5ヶ月で退職する羽目になったが、退職直後から貯金が底をつく恐怖に悩まされるようになった。

(このまま再就職先が決まらないまま推移していけば、2,3ヶ月後には借金生活に突入することになるなぁ)

自分の心情とシンクロするフレーズは無意識に口から出てくるものなのかもしれない。その頃の私は森進一の『襟裳岬』(若い人たち、この歌知っているか。レコード大賞を受賞した名曲だぞ、YouTubeでも見ることができるぞ)の「日々の暮らしは嫌でも~、やってくるけど~」というフレーズが毎日勝手に口から出て来ていた。

 そんなある日、某一流企業が新聞に翻訳スタッフの募集広告を出しているのに気づいた。

やった、応募だ!と喜び勇んで応募書類を出すと、しばらくして「書類審査に合格したので、英和翻訳および和英翻訳の筆記試験を受けに来社願いたい」旨書かれた手紙が送られてきた。

(よし! 筆記試験だ。これでこそ私の真価が発揮できるというものだ。私の訳文のクオリティーをよ~く目を開いて見てもらおうではないか)

 

翻訳の実力は面接では分かるものではない。そこはやはり筆記試験だ。筆記試験さえしてくれれば私が採用される確率も高まるはずだ。なにしろ私は翻訳の通信教育を3年間受講して実力を磨いたし、ほんやく検定の英和3級・和英3級にも合格している。翻訳の実力を過信していた私は完全燃焼してやるつもりで英和翻訳1時間、和英翻訳1時間、合計2時間の筆記試験を受けに行った。

 数日後、同社から電話があり、「筆記試験に合格したので、面接に来社していただきたい」旨伝えられ、日程を調整して面接に伺うこととなった。

 面接に行ってみると、60歳くらいと思しき社長と30歳くらいと思しき女性の2人が対応してくれた。

社長は開口一番こう言った。

「和英翻訳はネイティブが採点したのですが、宮崎さんは和英翻訳の評判が良かったですよ」

 和英翻訳を褒めてもらえたのは、その前年、半年ほど英会話講師をしていたため英語の思考回路ができていたからかもしれない。そう思うと、英会話講師としての経験も大いに和英翻訳の実力向上に役立つように思えた。

「ところで、宮崎さん、給料はどれくらい欲しいですか」

 預金残高も底をつき始めていたので、どんな低い給料を提示されても受け入れるつもりだった。この際、18万でも、いや17万でも文句は言えない。雇ってもらえばそれで良しとするしかないのだ。そうでもしなければ生活できないのだ。

「いただけるだけいただければそれでいいです」

「そんなことはないでしょう。ちゃんと希望額を言ってくださいよ」

「いえ、本当にいただけるだけいただければそれでいいです」

「宮崎さんの給料、いくらで考えていると思う? 25万で考えているんだよ。しかもそれ以外にも住宅手当などの手当も出します。さらに昨年のボーナスの実績は7.3ヶ月だったが、初回から満額出します」

「え? 基本給が25万なのですか?」

「そうです」

 退職した翻訳会社では基本給5万だったが、それが一気に5倍になったのだ。もう驚くしかない。

「それに宮崎さんには英検1級の資格手当を1万円付けましょう」

 じつは履歴書の資格欄に「英検1級1次合格」と書いていたのだが、ひょんなことからそれが資格手当につながった。「英検1級合格」と書いたらウソになるが、「英検1級1次合格」は紛れもない事実だし、そのように書いたらいけないという法律があるわけでもなかろう。それをどう評価するかは評価する人しだいなのだ。

 でももしかすると「英検1級1次合格」を「英検1級合格」と見間違えているのではないか…という不安がよぎったので、正直にこう告白した。

「でも、私、英検1級の1次は通っていますが、2次には合格していないのですが…」

「翻訳に2次試験は関係ありません。1次に合格するだけでも大変なのですから、資格手当1万円を出す価値はあります」

 ええっ、こんなことってあるのか!? 私は心底驚いた。前の会社に我慢して居続けていれば、月給182,000円のままだっただろうし、ボーナスも最初は満額はもらえないという噂も聞いていた。それがこの会社では基本給だけでも25万、さらにボーナスは最初から満額もらえ、1次試験しか合格していないのに英検1級の資格手当1万円をはずんでくれるという。これこそ「災い転じて福と成す」の典型例だ。わっはっはっは、これでいいのだ。

 しかし私には一つだけ懸念材料があった。前の会社では採用面接のときの口約束が後になってから反故にされ、それが原因で社長と揉めて退職することになった。その5ヶ月間の悶々とした生活は心身ともに堪えた。もう同じ過ちを二度と犯してはならない。某相談センターの相談員から「給料は紙に書いてもらっておけば良かったですね」とアドバイスを受けていた私は恐る恐るこう訊いてみた。

「あの~、給与の額に関してなのですが、あとで『言った、言わない』ということになってもいけませんので、書面にしていただくことはできないでしょうか。といいますのも、前の会社の採用面接のときに伝えられていた月給と実際に支払われた月給が大幅に違っていて、それが原因で揉めてしまって辞めることになったので…」

「ええ、いいですよ。そうしましょう。それでウチに来てもらえるかね?」

「はい、喜んで」

 す、す、すごい。給与の額を書面にして出してくれるという。

(よしよし、今度という今度こそ、正真正銘のキャリアアップだ)

 数日後、正式採用の通知が送られて来た。つい数週間前までは「襟裳岬」のくだんのフレーズを毎日口ずさんでいた私が某一流企業の翻訳部にこれとない好待遇で迎えられた瞬間だった。

 しかしそのときは、その後どんな過酷な翻訳人生が待ち受けているかは知るよしもなかったのである。(続く)


宮崎 伸治(みやざき しんじ)

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、作家・翻訳家に。著訳書の数は約60冊にのぼる。趣味は英語、独語、仏語、西語、伊語、中国語の原書を読むこと。著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)、『自分を変える! 大人の学び方大全(仮)』(世界文化ブックス、2021年12月刊行予定)が、訳書に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。