【第9回】通訳翻訳研究の世界~通訳研究編~ 通訳者の頭の中―二重の推論と訳出―

通訳をしている際に頭の中ではどのようなことが起こっているのでしょうか。今回から、この連載では「通訳者の頭の中を見てみたい!」をキャッチフレーズに、通訳における言葉のありかたについて考察します。今回は、言葉の理解に必要な二重の推論について取り上げ、これが通訳とどう関わるかについてお話します。

当たり前のようで、そうではないこと

通訳教育ではよく「言葉にとらわれずメッセージをとらえなさい」と言われます。ふだんのコミュニケーションでは、誰しも相手の〈気持ち〉を考えながら、言葉の裏にある〈皮肉〉や〈ユーモア〉を理解し、〈空気〉を読んだり〈忖度〉したりしています。中にはそういうことは苦手だという人もいますが、言葉の裏に話し手の意図があることは誰でも知っています。にもかかわらず、この当たり前のことを強調するのは、当たり前のはずの理解を生かしきれない学習者が目立つからでしょう。

「聞く」「話す」というのはあまりに日常的な作業なので、そのしくみについて考える機会はまれです。しかし、いざ立ち止まって観察すると、言葉を理解し、話すしくみのうち、自覚できるのはごく一部で、多くの処理は意識の届かない水面下で行われていることに気づくでしょう。だとすると、何らかの原因で当たり前の処理を阻害されることが、通訳を困難にする原因のひとつかもしれません。

「訳す」とはどのような作業かを考える前に、まずはスペルベルとウィルソンの提唱した関連性理論における二重の推論のありかたから、言葉を使ったコミュニケーションのしくみを見てみましょう。

言葉の理解を支える二重の推論

ジョーンズ氏は、明日の早朝、重要な会議があるので、早めに眠る必要があるとします。そこで、夜10時に同僚からコーヒーを勧められ、次の発話で応答したとしましょう。

(1) Coffee would keep me awake.

この場合、ジョーンズ氏は単にコーヒーが人体に及ぼす影響について述べているわけではなく、コーヒーの勧めに対しやんわりとNoと答えていると解釈するのがふつうです。この解釈は (1) に含まれる単語と文法(言語情報)のみで得られるのではなく、非言語情報および背景情報を合わせることで推論されます。

図の四角形の内側が聞き手の頭の中です。外からの情報としては、言語情報の他、ジョーンズ氏の状況、会話の流れ、現在時刻といった非言語情報があります。話者の表情や身ぶりなどもここに含まれます。これに加え、聞き手がもともと持っている背景情報には、会議・資料・コーヒーなどに関する知識が含まれます。

これが言語情報のみによる解釈ではないことを確かめるため、別の状況を考えてみましょう。ジョーンズ氏は明日の朝、重要な会議があるのに会議の資料が準備できておらず、夜10時だというのにまだ仕事をせねばならないとします。すると (1) はYesと解釈されるはずです。

関連性理論では、このような発話の意図を理解するためには、文脈(非言語情報および背景情報)を踏まえた二重の推論が必要であることを指摘します。

文脈から切り離して(1)のみを見ても、この発話の裏の意味 (Yes/No) を知ることはできません。裏の意味を知るためにはまず表の意味を知る必要がありますが、表の意味も(1)にすべて含まれているわけではありません。(1)のmeが話者を指すことは言語の規則によって決まりますが、具体的にどの人物を指すかはその時の状況次第です。また、keepがどの程度の時間について述べているのかも規則ではなく文脈次第です。言葉の表の意味を知るためにも推論によって言語に含まれていない意味を補充する必要があるのです。この第1段階の推論から得られた表の意味は、たとえば (2) のように表せます。

(2) Coffee would keep Mr Jones awake for three hours or so.

裏の意味(Yes/No)というは、そこからの発展として得られる意味です。関連性理論では、第1段階の推論から得られる (2) のような意味を「表意」といい、それを土台として推論される裏の意味を「推意」といいます。このように言語コミュニケーションにおいては二重の推論が働き、二重の意味が伝達されます。関連性理論の意義は、この二重の推論の原則を生物一般に共通する認知のしくみから統一的に説明するところにあるのですが、理論的詳細はまたの機会にさせてください。とりあえず、この考え方は「メッセージをとらえる」ということをより具体的に検討するために役立ちそうですね。

訳出における推論の役割

通訳者が断りの意味で (1) を訳す場合、「いいえ」とするのはどうでしょうか。「メッセージをとらえる」ことが大切とはいえ、推意のみを言語化し訳出するのは不適切な場合が多いでしょう。ジョーンズ氏が単に “No” と言わなかったのには、相手への配慮など、それなりの理由があるはずです。そこで、できるだけ原発話の表現を生かして訳出するとしても、これをYesと解釈するか、Noと解釈するかが訳出に影響を及ぼすことがあります。

(3) a. コーヒーを飲むと目が覚めてしまいますね。

   b.コーヒーを飲むと起きていられますね。

それぞれ、(3a) はNoの場合、(3b) はYesの場合の訳例です。妥当な訳出と思われますが、よく観察すれば、原発話にはない要素が加わっています。(3a) の「しまい」は、出来事が意図に反すること、望ましくないことを意味します。(3b) の「られ」は可能を表し、出来事が望ましいという判断を反映すると解釈されます。いずれも推意の理解、すなわちYesなのかNoなのかを理解せねば出てこない訳です。このような訳を行うためには、原発話の言語表現を直接的に訳出表現に置き換えるのではなく、原発話から二重の推論によって表意および推意を導き、その意味を踏まえる必要があります。

むろん、推意の把握が訳出に影響しないこともあります。「コーヒーを飲むと目が冴えますね」であれば、Yes/Noのいずれの状況であっても使用可能でしょう。とはいえ、たまたま同じ訳が可能だとしても、頭の中に生まれた推意を踏まえた通訳とそうでない通訳では訳出の安定に差があるはずです。

AIに罪はない

近年、機械翻訳は驚異的な進歩を遂げましたが、やはり人間とは異なります。(4) はGoogle翻訳の訳例です。

(4) コーヒーは私を目覚めさせ続ける。

なかなかチャーミングな訳ですね。自信たっぷりなおとぼけぶりが、個人的には大好きです。しかし、いうまでもなく推意の働きは認められません。これは機械の人間の大きな違いです。

この訳を使えるかどうかは状況と目的によります。英文法の説明で教師が (1) を示したとすれば、この訳でもいいでしょう。化学の授業でカフェインの作用について説明するならどうでしょう。多少の不自然さは否めませんが、訳出の品質にこだわらないならOKかもしれません。

機会と人間の言葉の処理は根本的に異なります。機会に人間と同じような翻訳をさせたいなら、人間と同じしくみを搭載する必要があります。それが一筋縄ではいかない理由は一概には言えませんが、そもそも人間が言葉を使うしくみが十分に解明されていないという事実は大きいです。

そもそも機会が人間と同じように訳せるべきかどうかも問題です。言語ではなく、数の演算の例を考えてみてください。計算機が人間と同じように計算するなら、人間と同じくらい計算ミスをすることになります。人間とは異なることが機械翻訳の価値であるという考え方もあります。

このように、人間が言葉を理解するしくみについて考えることは、通訳の基本原理についての考察につながると同時に、機械と人間の違いを考えることにもつながります。

参考文献
Sperber, D. & D. Wilson (1986/1995). Relevance: Communication and cognition, Second Edition. Oxford: Blackwell. [内田聖二・中逵俊明・宋南先・田中圭子(訳)『関連性理論-伝達と認知』研究社,東京,1993.第2版 1999]


石塚浩之(いしづかひろゆき)

広島修道大学教授。日本通訳翻訳学会理事。専門は通訳の認知プロセスの明示化、通訳訓練の英語教育への応用。著書に『ビジネスパーソンのための英語発信力強化演習 通訳訓練法でプレゼンテーションを成功させる』(理論社)など。