通訳翻訳研究の世界

【第11回】通訳翻訳研究の世界~通訳研究編~通訳にとって文脈とは―耳だけではダメ!

前回(2019 年秋号)、通訳を支える言葉の理解には二重の推論が関わり、推論には言語情報のほかに文脈が使われるという話をしました。では、文脈とは具体的に何を指すのでしょうか。今回は、「通訳者の使う情報は耳で聞く言葉だけではない」というお話です。 そもそも文脈とは? 前回、関連性理論(*1)の立場から、言葉の解釈には二重の推論が関わるという話をしました。今回は、その続きで、関連性理論にお...

【第10回】通訳翻訳研究の世界~翻訳研究編~「翻訳調」とはどんな訳文なのか

今回は「翻訳調」についてお話します。さっそくですが、「翻訳調」を辞書で引いてみると、以下のようにありました。外国語の表現が、そのまま日本語に直訳されているような独特の表現。また、そのような文体の作品(三省堂 大辞林 第三版, Weblio より)。つまり翻訳調とは直訳のような翻訳であることがわかります。具体的に、以下のヘーゲル著『精神現象学』の二種類の訳を比較してみましょう。 ① 最初に或は...

【第9回】通訳翻訳研究の世界~通訳研究編~ 通訳者の頭の中―二重の推論と訳出―

通訳をしている際に頭の中ではどのようなことが起こっているのでしょうか。今回から、この連載では「通訳者の頭の中を見てみたい!」をキャッチフレーズに、通訳における言葉のありかたについて考察します。今回は、言葉の理解に必要な二重の推論について取り上げ、これが通訳とどう関わるかについてお話します。 当たり前のようで、そうではないこと 通訳教育ではよく「言葉にとらわれずメッセージをとらえなさい」と言われ...

【第8回】通訳翻訳研究の世界~翻訳研究編~翻訳者の「検索能力」を検証

今回は「翻訳者の検索操作」についてお話します。翻訳者は正確に、よりよく翻訳するために、原文を読込み深く理解する必要がありますが、そのためには、調査や調べ物をすることが必須になります。第6 回で「翻訳プロセス」のお話をしましたが、今回はプロ翻訳者の「ウェブ検索」についての実証研究結果を紹介します。 情報検索能力の必要性 翻訳のために調べ物をする力、すなわち「情報検索能力」は、プロ翻訳者に要求され...

【第7回】通訳翻訳研究の世界~通訳研究編~「通訳におけるリスク管理」

皆さん、ごぶさたしております。半年ぶりの「通訳研究編」です。久しぶりの登場にもかかわらず、突然のお知らせで恐縮ですが、このたび、仕事の都合で執筆者を交代することになりました。私が担当するのは今回が最後となります。そこで、最終回は、これまでのような「王道」の理論ではなく、私の専門である「通訳におけるリスク管理」について紹介させていただこうと思います。私が体験した具体例も盛り込んでありますので、ぜひ想...

【第6回】通訳翻訳研究の世界~翻訳研究編~翻訳プロセス研究とは

この連載の「翻訳研究」を担当している関西大学の山田優です。今回は私の研究の関心のひとつである「翻訳プロセス研究」についてお話します。 訳出行為と翻訳的行為 翻訳プロセスとは、狭義では、翻訳者が起点テクスト(原文)をもとに、別の言語の目標テクスト(訳文)を産出する認知活動になります。平たく言えば、原文を読みはじめてから、訳し終わるまでの翻訳者の頭の中の活動です。翻訳者が実際に翻訳をしている最中の...

【第5回】通訳翻訳研究の世界~通訳研究編~「努力モデル」と「綱渡り仮説」

皆さん、お待たせしました。半年ぶりの「通訳研究編」です。前回は主に通訳者養成のために生まれた「意味の理論」を取り上げました。今回は、同じく通訳訓練と深いかかわりのある、ダニエル・ジル(Daniel Gile)の「努力モデル(Effort Models)」と「綱渡り仮説(Tightrope Hypothesis)」を紹介します。 生みの親は仏英通訳者 日本語研究で博士号も 通訳研究を少しでもかじ...

【第4回】通訳翻訳研究の世界~翻訳研究編~順送り訳と情報構造

順送り訳とは この連載では通訳と翻訳に関する研究を紹介していますが、今回は通訳と翻訳の両方に関係する〈順送り訳〉について考えます。まず、下の英文を訳すことを考えてみましょう。 I came to Paris to escape American provincial. 文脈的要素を排除して訳すと、to escape 以下が不定詞の目的用法となり「アメリカの田舎から逃げるために、パリに...

【第3回】通訳翻訳研究の世界~通訳研究編~「意味の理論」を考える

皆さん、お久しぶりです。「通訳研究編」は半年ぶりですね。連載初回(2017年秋号)は、通訳者が何も足さず、何も引かず、何も変えずに「そのまま訳す」ことができるという世間の思い込みと、その根底にある「導管モデル」というコミュニケーションモデルを紹介しました。今回は、主に通訳者を養成する現場で発展した理論である「意味の理論」を取り上げます。なにやら堅苦しい話になりそうだと感じるかもしれませんが、具体例...

【第2回】通訳翻訳研究の世界~翻訳研究編~翻訳研究とは?スコポス理論とは何か?

はじめに 当連載の「翻訳研究編」を担当する関西大学の山田優です。現在、大学で翻訳の理論と実践を教えながら研究に取り組んでいます。大学に来る前は、実務翻訳者として仕事をしていました。社内翻訳者時代を含めると、15年以上翻訳実務に携わってきました。 研究や理論というと、実務や実践とは関係ないと思われるかもしれませんが、私は実務翻訳者としての経験から疑問に感じたことを研究のテーマにすることが多い...

【第1回】通訳翻訳研究の世界~通訳研究編 「導管モデル」とは何か

はじめに 研究者には実務者も多数 現場で使える理論や概念も 皆さん、はじめまして。通訳翻訳研究者の松下佳世と申します。この連載は、通訳や翻訳に興味がある読者の方に、研究のおもしろさを知っていただきたくてはじめたものです。すでに通訳者、翻訳者として活躍している方にとっても、これからこの業界に足を踏み入れようとしている方にとっても、役に立つ内容を目指しています。 「研究」と聞くと、「所...