【第6回】インドネシア語通訳の世界へようこそ「インドネシア語通訳者になるには(その2)~どこでどう学ぶか~

今回のテーマは、「インドネシア語通訳者になるには(その2)~どこでどう学ぶか~」です。
前回までと同様に、「日本語を第一言語とする人が、日本国内を拠点とする場合」に絞って話を進めます。

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まず、「どこでどう」の前に、そもそも「何を」学ぶかから考えてみましょう。
周りに尋ねたところ、多くの人は前もって予告していた今回のテーマから「通訳学校で習うような技術的な面」や「インドネシア語(特にスピーキング)の能力」に関する内容を期待したそうです。
確かにそれらも欠かせませんが、大事なことは他にまだあります。
私の考える理想型は、一般常識や情報リテラシー、ビジネスマナー、基本的なITスキルといった土台を固めながら、その上に
・通訳者としてのスキルや心得
・翻訳者としてのスキルや心得
・個人事業主としてのスキルや心得
という三本柱をバランスよく伸ばしていくというものです。

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三本柱それぞれをもう少し詳しく見てみます。

まず、「通訳者としてのスキルや心得」について。
これには、狭義の通訳スキルだけでなく、事前に効率よく調べ物を行う能力から、ペアやチームを組む通訳者との協調・連携、現場でよくあるトラブルへの対処法まで、さまざまなものが含まれます。
「狭義の通訳スキル」とひと言で片付けた部分にしても、聴解、短期記憶、ノートテイキング(メモ取り)、訳出(目標言語への変換)、語彙・表現、滑舌・発声など多くの要素から成り立っているわけで、求められるのは単なる語学力の高さではありません。

「話す」に偏重して力を入れる人が見受けられますが、「聞く」力もそれに劣らず大事ですし、実は「読む」や「書く」も案外必要になってきます。
また、インドネシア語ばかりに気を取られ、日本語を磨く努力がお留守になるというのもありがちで、注意が必要です。

さらに、もう一つ見落とされがちな点として、英語力が挙げられます。
通訳をするのは日本語とインドネシア語の間のみだといっても、実際にはスライドや参照用の資料が英語でしか用意されていないことも珍しくありません。
そうでなくても、事前の調べ物などでは英語の辞書や文献、ウェブ情報なども活用できて初めて解決することが多々あります。
さらには当日の現場でも、日尼(=インドネシア)双方が英語交じりで会話し、通訳者は日本語やインドネシア語のところだけ拾って訳すという状況を強いられることがあり、その際は英語の間もしっかり聞いていて話の流れに付いていかないとなりません。
そうした意味で、「話す」・「書く」はともかく、「聞く」・「読む」については英語でもある程度の対応力を付けておいたほうがよいと思います(英語を必要としない案件もありますので、最初から絶対必須というわけではないですが)。

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次に、「翻訳者としてのスキルや心得」。
これを含めたのは、通訳のみでなく翻訳も並行して行うのがよいと考えるからです。

通訳と翻訳は、似て非なるもの。一方で、互いに切っても切れない密接な関係にあることも間違いありません。
通訳業務の多くには、準備段階から読み原稿などの翻訳作業が付き物です。また当日の現場でも、文字として書かれたものを口頭で訳す場面は案外よくあり、そこでは翻訳業務で培った「書き言葉への対応力」が大いにものをいいます。
逆に、翻訳を行う際には、通訳現場で肌で吸収した(活字資料では分からないような)「その分野・業界の人たちが、実際に使っている生きた用語や言い回し」や「その場所や事物・人物とじかに接した経験」が訳文の質をぐんと高めてくれます。また、講演などの発表素材を翻訳するときは、これを話し言葉に落とし込んだときどうなるかも想像しながら、当日の通訳者が扱いやすい(ひいては発表自体の成功にも資する)よう工夫した仕上がりにできるのも、自分がその立場を知ればこそです。

通訳業務と、それに付随して発生する(当日の投影・配布資料などの)翻訳業務とを一手に引き受ければ、全体としての効率(=経済性)や整合性がぐんと高まるという(自分のためにも、お客さまのためにもなる)相乗効果が発揮できます。

「二兎を追う者は一兎をも得ず」といいますが、通訳と翻訳はばらばらの方向へ逃げる2羽のウサギというより、むしろ車の両輪。片輪走行よりも、両輪をバランスよく回していくほうがよい――そんな感覚です。

もちろん、どちらか一本のみに絞って集中することでしか到達できない高みもあり、それはそれで立派な道でしょう。一方で、「両輪」の相乗効果をフルに生かすことでしか到達できない別の高みを目指す道もありだと思うのです。

実をいうと、私は最初「自分は性格的に翻訳向き。本当は通訳なんて柄にもないこと。いずれは翻訳一本でやっていきたい」と思っていました。
ところが実際にやってみると、通訳の魅力や上で書いたようなメリットが強く実感されるようになり、今では仮に翻訳一本でやっていけたとしても、あえてこのままずっと「両輪」の道を進むつもりでいます。
通訳者を目指す人には、今から「自分は通訳一本でいくから翻訳なんて関係ない」と決め付けず、翻訳も視野に入れて学んでおくことをお勧めします。

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三つ目には、「個人事業主としてのスキルや心得」。
周りを見渡すと、ここの意識が希薄な人が結構いるように思えます。

いわゆる一人事務所の場合、経営者であると同時に秘書(マネージャー)、営業、経理、法務、総務、広報など全ての役割を自分でこなさないといけません。
スケジュール管理に始まって、マーケティング、交渉、契約、見積もり・請求その他の事務、確定申告等の税務、SNSアカウントや事務所サイトの運営管理、業界内外とのネットワーキングなど、どんなに簡素化してもその比重は結構大きいもの。決しておろそかにはできません。
下請法や独占禁止法、著作権法などについても、基本は押さえておく必要があります。

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さて、「何を」はこのくらいにして、ここからは「どこでどう」について考えてみましょう。
三本柱の中でも関心の声が高く、本連載の趣旨とも合った「通訳者としてのスキルや心得」に絞って見ていくことにします。

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インドネシア語そのものを学べる場所や機会は、一昔前に比べ格段に増えています。
試しにちょっと検索でもしてみれば、語学スクールや大学での専攻・履修(早くは高校でカリキュラムに組み込んでいるところも)、スカイプなどを利用したオンラインレッスン、現地留学といった、さまざまな情報がいともたやすく見つかります。市販の学習書や有償・無償のオンライン教材も、近年はだいぶ充実してきました。

問題は、「通訳者としてのスキルや心得」を学べる場所の少なさです。
前回も触れたように、インドネシア語の場合、日本国内で通訳学校と呼べるところの存在は聞いたことがありません。一部の語学スクールで通訳養成をうたった講座などもあるにはあるものの、その中身は英語の世界でいう通訳学校とはおよそ程遠いようです。
そうした現状の下では、独習や自己研さん、同業者どうしでの勉強会といった自助努力に頼るほかありません(勉強会などは、自助というより共助あるいは互助といったほうがよいかもしれませんが)。

では、より具体的にはどういった方法が考えられるでしょうか。

一般的な通訳訓練法としてどのようなものがあるかは、「通訳 (訓練 | 練習 | トレーニング)」などで検索してみると分かります。
ただ、それら「一般的」とされる訓練法に対しては、効果を疑問視する意見も根強いことは知っておいたほうがいいでしょう。

〔参考〕『通訳訓練手法とその一般語学学習への応用について』染谷泰正
http://www.someya-net.com/kamakuranet/47thTsuyakuKenkyuReport.html
※20年以上前に書かれたものですが、私がそうした訓練法をやってみて感じたのと同じ疑問が提示されています。

自分の身を振り返ると、一番の「訓練」は通訳現場における実地の経験でした。これは今でもそうです。
毎回あれこれ試行錯誤しながら、引っ掛かった部分や気付いた点を書き留めたり、周りからフィードバックをもらえるよう働きかけたりして、次に生かす。その地道な繰り返しほど身になるものはないように思います。
クライアントや関係者の許可が得られれば、自分の通訳音声を録音しておき、後からなるべく客観的な耳で聞き返すのも有効でしょう。

もっとも、現場での体験や録音された音声から何かに気付いたり、もらったフィードバックをちゃんと消化したりできるのは、自分の中に一定の物差しがあってこそです。
その物差しを確かなものとするには、実践一辺倒でなく、理論(通訳論、コミュニケーション論など)もそれなりに知っておかないといけません。

理論というほど大げさなものでなくても、通訳に関するさまざまな考え方や経験談その他の情報になるべく多く触れることは大切です。
通訳に関する情報は、市販の書籍やウェブコンテンツなどさまざまな形で出回っており、その気になればすぐ手に入ります。

〔例〕日本会議通訳者協会(JACI=ジャシー)ウェブサイトの「リソース」
https://www.japan-interpreters.org/resources/
入門的なものからニッチな需要に応えるものまで多彩な記事が読めます(一部は会員限定)。

他の業界団体や学会、出版社、通訳会社、通訳学校なども、それぞれ有益な情報を発信してくれています。

〔参考〕JACIサイトの「通訳メディア&団体」リンク集
https://www.japan-interpreters.org/resources/media-org/

それ以外にも、
・通訳関係(個人、企業、団体)のSNSアカウントやブログをフォローする
・フェイスブック、リンクトインなどで、通訳者を対象としたグループに入る
・各種サービスサイトやSNS内を「通訳」で検索する(結果が多すぎるときは、別の検索ワードと適宜組み合わせて)
・Googleアラートや各種スマホアプリで「通訳」に関するニュースや新刊情報がプッシュ通知されるよう設定しておく
等々、思いつくかぎりの手段で情報を集めることも、広い意味の「通訳者としてのスキルや心得」を身に付ける上で役立つでしょう。

文字情報や動画コンテンツばかりでなく、毎年夏に開催される日本通訳フォーラムをはじめ各種の催しに足を運び、じかに人と接することで得られるものもあります。
英語や他の言語を専門とする通訳者や研究者、業界関係者の方たちとの交流は、インドネシア語の界隈だけに閉じこもっていては見えなかった世界に目を開かせてくれるはずです。

他の人の通訳を聴くのも勉強になります。
通訳の付く公開セミナーなどがあれば、進んで参加するとよいでしょう。
インドネシア語はもちろんのこと、英語通訳者のさすがとうならされるようなパフォーマンスに触れたり、全く知らない言語で「通訳だけを頼りに聴く人って、こんな気持ちなんだ」と身をもって味わったりするのも貴重な体験です。
同業者に聴かれることを嫌がる人もいますが、もったいないことだと思います。
「あいつは純粋にお互いのパフォーマンス向上だけを考えているのであって、決してあら探しをするようなネガティブな聴き方はしない」という信頼を基に、むしろ「きたんのないフィードバックをくれる、ありがたい存在」として歓迎するぐらいの受け止め方が普通のこととして広まってほしいところです。

この辺りになってくると、もはや独習や自助努力の範囲を超えて、共助・互助の話だといえます。
共助・互助によって学ぶ典型的な形というと、同業者どうしで行う勉強会が挙げられるでしょう。
勉強会というのは、参加者どうしの実力レベルや相性(人間関係)などがうまく合わないと長続きせず、最悪の場合けんか別れのような結末にすらなりかねないことから、敬遠する向きも多いようです。
ただ、自分一人では気付けないことに気付かせてもらえる、いざ組んで実働する際には日頃養ってきたチームワークを発揮できるなど、そのメリットは計り知れません。
周囲でも実際に成功している例はいくつか聞いていますし、私自身も現在新たな勉強会の立ち上げを画策しているところです。

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最後に「どう学ぶか」について一つ言うとすれば、とにかく独り善がりで的外れな方向へ走り、知らぬ間におかしな癖が付いてしまうようなやり方に陥ってはまずいということです。
そのためには、
・なるべく広く、たくさんの情報や意見に触れるよう努めながらも、それらをうのみにせず、自分なりにかみこなすようにする
・理論と実践、どちらか一方ばかりに偏らない(「理論から実践を見つめ直す」と「実践から理論を見つめ直す」を繰り返しながら、加減よく収まるところを見つける)
・自分一人でなく、他の人から学んだり、他の人と一緒に学んだりする
のが大事ではないでしょうか。
それを徹底してやれば、通訳学校を出ていないからといって大きな引け目を感じるには及ばないかと思います。

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次回のテーマは、「同業者や関係者とのネットワークを築く」です。
どうぞお楽しみに。


土部 隆行(どべ たかゆき)

インドネシア語通訳者・翻訳者。1970年、東京都小金井市生まれ。大学時代に縁あってインドネシア語と出会う。現地への語学留学を経て、団体職員として駐在勤務も経験。その後日本に戻り、1999年には専業フリーランスの通訳者・翻訳者として独立開業。インドネシア語一筋で多岐多様な案件に携わり、現在に至る。

インドネシア語通訳翻訳業 土部隆行事務所