【第24回】通訳なんでも質問箱「通訳者の倫理観・業務マナーについて」

「通訳なんでも質問箱」は、日本会議通訳者協会に届いた質問に対して、会員が不定期で回答内容を事前共有せずに答えるという企画です。今回は特別ゲストとして小川カミーユ、石井悠太、匿名コーディネーターの3人に回答いただきます。通訳関係の質問/お悩みがある方はぜひこちらからメールを。匿名で構いません。

Q . 通訳者の倫理観・業務マナーについて

①通訳者は有名人を通訳することが多いと思うのですが、サインをもらったりツーショットの写真撮影をしても良いのでしょうか?

②自分の記録用として、自分が同時通訳している様子をパートナーに頼んでスマホなどで撮影してもらっても良いのでしょうか?

③上記2点はエージェント経由・個人取引によって基準は異なりますか?(匿名希望)

小川カミーユの回答

A. ご質問ありがとうございます。

通訳者は、あくまで「黒子」として、通訳対象者の「声」に徹する職業です。有名人、技術者、ビジネスパーソンの通訳する際、通訳者自身が脚光を浴びてしまうことは、プロとして望ましくないと言えるでしょう。記者会見等の逐次通訳では、時に有名人の隣に立つ場面があり、その様子がメディアやSNSで公開される場合もありますが、これはあくまで業務上の偶発的な結果に過ぎません。

業務とは別に、サインを求めたり、ツーショット写真を撮る行為は、「プロ」としての行動ではなく「ファン」としての行動になります。業務終了後、相手が快く応じてくれることもありますが、それは関係性や状況によります。政治家などのケースは難しい面が多く、作家、アーティスト、スポーツ選手などの場合でも、節度ある対応が必要です。いずれにしても、サインや写真をSNS等の公の場に投稿することは、「プロ」と「ファン」の立場が混同されやすいため、極力控えるべきです。

同時通訳のブースにおいて、自分をパートナーに記録目的で撮影してもらうこと自体は、業務終了後であれば、大きな問題にはなりません。ただし、写真に会議資料やメモなど機密情報が写り込まないよう厳重に注意しなければなりません。通訳者には厳格な守秘義務が課せられており、会議の内部情報が外部に漏れることは絶対に避けるべきです。ネットの時代では、個人の記録用の写真であっても、クラウドへの自動的にアップされたりして、そこから不正アクセスやデータの漏洩もありえます。そのため、プロとして情報管理のリスクを十分認識して慎重に行動する責任があります。

さらに、エージェント経由の案件の場合、通訳者登録時にデータ管理や情報漏洩防止に関する規約に同意しているはずです。個人取引の場合でも、依頼主によっては同様の制限を設けているケースがあります。倫理観・業務マナーの問題というよりもリスク管理の観点から特にエージェント経由の案件ではサインや写真撮影を控えた方が無難です。

まとめますと、サインや写真撮影については、状況や相手によって許容される場合もありますが、「プロ」と「ファン」の立場を明確に分けて、通訳者としてのプロ意識と社会的常識を常に念頭に置いて慎重にご判断ください。

石井悠太の回答

A. 私の経歴がテック企業と音楽レーベルでの社内通訳のため、フリーランスの方の視点と違う部分もあるかもしれませんが、少しでもお役に立てば幸いです。

① 現職では、来日したアーティストとのご挨拶で通訳に入ることがあります。ただ、私からサインや写真をお願いしたことは一度もありません。むしろ、社長や担当者が写真撮影する際には、カメラマン役を買って出ることがほとんどです。

通訳者という立場もそうですが、レーベルの社員である以上、個人的なお願いでアーティストの時間を割くべきではないと考えているためです。

スタッフ目線では、アーティストに気持ちよくお仕事に取り組んでいただくことが最優先なので、通訳者から個人的すぎる相談が来てしまうと、「優先順位を考えてほしい」と思われてしまうかもしれません。

そのため、どうしてもサインや写真をお願いしたい場合でも、(アーティスト本人ではなく)依頼者との挨拶の際などに、「昔からのファンなので、通訳を担当できて嬉しい」と伝える程度にとどめておくのはいかがでしょうか。そのうえで、休憩時間などに「通訳者の方も写真いかがですか」と先方から聞かれた場合には、お言葉に甘えれば良いと思います。

② ご自身が同時通訳をしている様子を撮影してほしいということは、会議やイベントが進行中のことでしょうか。その場合、パートナーの方も休憩や通訳準備をされているはずなので、相手のご負担にならないタイミングを見てのご相談になると思います。

ただ、そもそも撮影にあたっては、依頼者/主催者から(エージェント経由で)利用目的も含めて事前に承諾を得ることが必要です。通訳音声を含めて撮影する場合、守秘義務も気になるところです。

なお、撮影の可否はイベントや会議の性質にもよってくると考えられます。例えば、一般公開を前提として、参加者にも拡散を呼びかけるタイプのイベント(テックカンファレンスなど)であれば、主催者からも承諾が得やすいと思います。逆にクライアントのオフィスや施設内での撮影は、社員にすら厳格な条件や制限を設けていることがありますので、相談をするかどうかは慎重にご判断ください。

③ エージェント経由と直取引のいずれであっても、個人的には同じスタンスです。相談をする相手がエージェントなのか、依頼者になるかどうかの違いだと考えます。

匿名コーディネーターの回答

A. ①この頃、イベントや企業のプロモーションの招待制イベントではシークレットゲストで有名人を呼ぶことも多いですね。

エージェントとしては、Noです。

イベントにて招待されているお客様のサイン、撮影タイムなど設けられているとしても「通訳者はダメ」とクレームを頂いたこともあります。

ましてや、隠し撮りもダメです。(実際ありました。誰が見ているかわかりません)

最近の傾向として、直前までどなたがいらっしゃるのかわからず、有名人がシークレットゲストとして登場、通訳をする機会も多いでしょう。通訳さんアサイン後、資料やアジェンダを送付した際有名人の方がいらっしゃることがわかり、通訳さん側から是非懇親会のアテンドは自分にさせて欲しいとご連絡いただくこともあります。(2名外国人がいて、1名が有名人の場合、担当は自分にさせてと交渉をしてくる)自分自身が個人的にファンだったりする方にお会いできる機会もあるかもしれませんが、いつものようにプロフェッショナルに、クライアント企業の社員側なのだということを忘れず行動して欲しいです。

通訳の場で仲良しになり、有名人ご本人はOKを出してもクライアントはNGでしたので、それもご注意ください。

また、通訳者が有名で、セレブリティの方が知っていて、共通のセレブリティがいるなどというパターン。通訳者が一緒に写真を撮らないか誘われる場合、これはクライアントもOKでした。ただし、撮影後、報告をするというのが必要でしょう。

②何のイベントか会議かがわからなければOKでしょう。ただし、クライアント名を出してクライアント企業の会議室でなどとコメント付きでSNSに載せるのはNGだと思います。

世間で告知されているイベントならばよいのではと思います。

③エージェント経由であれば、まずはエージェントに連絡がきて、事実確認をする、注意、写真を撮ったのであれば、削除願い、SNSには載せないことなどを約束し、クライアントに報告という流れでした。(写真、撮ってませんと言い張ってましたが・・)

個人取引の場合は、その場で注意、事後注意、その方の判断によれば以後、依頼がこないこともあるかもしれませんね。


小川カミーユ

日仏英会議通訳者・翻訳家。パリ通訳翻訳高等学院(ISIT)会議通訳基礎課終了後来日、サイマルアカデミー本科研修を経て業務開始。以来30年以上に渡って、国際会議、ビジネス交渉、スタディーツアー、学術会議、多言語イベントなど多種多様な場面において日仏・英仏の通訳を手がける。

石井悠太

日系広告代理店での勤務を経て、オーストラリアのクイーンズランド大学院で通訳・翻訳を学ぶ。帰国後に入社したテック企業では、全社対応の通訳チームに所属。現在は外資系の音楽レーベルにて社長付通訳。

匿名コーディネーター

現役コーディネーター。JACI公式サイトで「翻訳・通訳会社のクレーム処理」を連載中。