【第2回】薬事の通訳ー医療機器を中心に 「規制の基本的考え方を理解する」

第一回で取り上げた内容のなかで、リスク・ベネフィットバランスという考え方がありました。リスク・ベネフィットバランスとは、医療行為にかかわらず、ある行為をすることで生じるリスクとベネフィット(便益という場合もあります)のバランスを比較し、その行為の正当性を検討することです。

連載第二回では、このリスク・ベネフィットバランスが、実際の規制にどのように用いられるか考えます。

・審査の考え方

医療機器の製造販売承認(以下、承認といいます。)を得るうえで、審査の考え方を理解することは非常に重要です。審査側の要求を理解したうえで情報を提出する(医療機器製造販売承認申請;Submission for Medical Device approval)必要があります。

製造販売承認審査(以下、審査と言います)にかかわるのは、審査者の独立行政法人医薬品医療機器総合機構(Pharaceuticals and Medical Devices Agency; PMDA 以下PMDAといいます。)または第三者認証機関(Third Party Certification Agency)[a]と申請者側(ApplicantまたはSponsor)の医療機器開発企業です。

申請資料(Application)は作成のための細かいルールに加えて形式的なルールのほかに、どうしても製品独自の評価項目の検証を行う必要があります。この評価項目をもれなく準備するために使われる考え方を「概念的要求事項」といいます。

・概念的要求事項とリスク・ベネフィットバランス

概念的要求事項

まず、医療機器を販売するためには、製品ごとに薬事承認を受けなければなりません(法第二十三条の二の五)。第一回で、医療機器の特色を多種多様な形態があることにふれましたが、この特徴により、承認を受けるための準備段階や審査における検討事項もまた多種多様です。

申請段階・審査段階で重要な考え方として、「概念的要求事項」があります。この言葉は医療機器の審査のために厚労省が使う独特の語のようです。定訳はなさそうですが、定義を考えるとconceptual requirementがよいでしょう。

「概念的要求事項」は薬機法上に定義はありませんが、明文化されているものでは、プログラム医療機器(いわゆるスマートフォンのアプリ等のソフトウェア・アプリケーションのうち、医療機器とみなされるもの)のガイダンスに記載があり、下記のように定義されています。

「概念的要求事項」とは、開発中のプログラム医療機器の臨床的な有効性・安全性を評価する上で必要な評価項目をいう。[b]

これはプログラム医療機器以外にもあてはまることなので、今回はこの定義を使います。ある医療機器をヒトに使用してよいと判断するためにチェックするべき項目は何かを検討することです。製品の新規性によっては、既存の規制に関するルール等があてはまらないこともあるので、前提の範囲外のことも検討が必要です。

概念的要求事項は大きく分けて有効性と安全性の観点から考えます。実際には、既に市場で販売されている製品の特徴と申請したい製品の比較検討をしたり、類似製品の安全性に関する情報(リコール等)を参考にしたりします。

二つの異なる種類の製品(ばんそうこうと人工膝関節)を例に考えてみましょう。(この連載のために筆者が仮想的に検討した内容であり、これらが申請時の検討に使えるリストでないことをご留意ください。)

ばんそうこう人工膝関節
有効性・傷を覆うことができること・貼り付けた場所からばんそうこうが一定期間外れないこと・様々な傷の大きさに対応するバリエーションがあること…・患者の大腿骨側と脛骨側のサイズに対応するバリエーションがあること・本品にかかる荷重がXXkgのとき、安全に関節が稼働する回数は1000万回以上であること・骨セメントとの適合性を確認し、併用する製品を特定すること…
安全性・使うときに清潔な状態であること・滅菌方法が体に害を及ぼしにくいものであること・原材料は傷のある皮膚に貼り付けても問題がないこと・重篤な病気である場合を見逃さないために、継続的に使用し続けるときの注意事項を適切に提供すること…・体内に埋め込まれても害のない原材料を使用すること・MRI撮影に干渉しにくい原材料であること・適用患者の選定を適切に行った上で使用すること(患者の生活強度、糖尿病等の病歴等)…

このように、一口に医療機器と言っても製品により特色により概念的要求事項が大きく異なります。検討した要求事項に対して、それぞれをどのように検証・評価するかを考えます。

安全性に関する一般的な評価項目は下記のとおりです:

  • 生物学的安全性(Biocompatibility)
    • 医療機器に使用される原材料の生体への安全性
  • 電気的安全性(Electromagnetic safety)
    • 医療機器が生体及び周囲の設備に対する電気的安全性・電磁的両立性
  • MR適合性(Magnetic Resonanse Compatibility; MR Combatibility)
    • 医療機器を装着(埋植)した状態でMRIを撮影する時の生体・画像への影響
  • 滅菌残留物(Sterilization residual)
    • 特定の方法で滅菌した時に残留する成分の量の検証
  • エンドトキシン(Endotoxin evaluation)
    • 滅菌された後の細菌の死骸量の測定

有効性については品目に個別の部分が大きいため、ここでは具体的内容には触れません。

リスク・ベネフィットバランスとの関係

医療行為は基本的に侵襲があるので、医療機器の承認審査も機器を使用することのベネフィットとそれに伴うリスクの検証の積み重ねにより行われます。ベネフィットがリスクを上回る場合に医療機器を患者に使用することができます。どの機能を搭載するかも同様です。

申請準備・審査までの過程で、申請者側(Applicant, Sponsor; 医療機器開発企業)と審査側(PMDA)で概念的要求事項とそれに対する対応を協議する場合があります。ある概念的要求事項に対して申請者側は必要な検証を踏まえて開発を行いますが、審査を迅速に進めるために対面助言[c]という制度を利用しPMDAと申請者側が申請前に用意した内容に対してアドバイスを求めることがあります。

概念的要求事項にどう対応すれば十分といえるかは品目により異なるので、リスク・ベネフィットバランスの考え方を用いて充足性を検討します。

各項目について様々な検証試験を実施するのが基本ですが、試験を実施するには金額と時間がかかるため、既存の文献(Literature)やリリース済みの医療機器(既承認医療機器;Predicate device)の情報を利用して各項目の要求事項への充足性を論述し試験に代替します。既存の情報の蓄積がある場合は、ある評価項目に対する予見可能性が高いので、リスクは低いと判断し、実際の申請する製品で試験を行わなくても安全性を担保できるという考え方です。

既存の情報がなく、ある評価項目のリスクの程度が予見できないときは、実際に試験を実施し、結果を評価して、医療機器の機能として搭載する妥当性があるかを判断します。

今回はここまでです。次回は医療機器の開発過程についてお話させていただく予定です。

最後までお読みいただきありがとうございました。

<出典>

[a] 登録認証機関制度についてhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/touroku/index.html

[b] プログラム医療機器の特性を踏まえた適切かつ迅速な承認及び開発のためのガイダンスの公表について(令和5年5月29日事務連絡)p.8, 2.2, 2.2.1, ア,④概念的要求事項の検討

https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T230530I0080.pdf

[c] 医療機器・体外診断用医薬品の相談業務についてhttps://www.pmda.go.jp/review-services/f2f-pre/consultations/0003.html

<おことわり>

本連載に記載する情報は、筆者ができる限りのリサーチを行い最新の内容を掲載するよう努めていますが、法令等とその運用は改正やトレンドにより移り変わるものであるため、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご自身の通訳業務の参考になさる場合は十分ご留意ください。


大島千晶

大学卒業後に都内企業に就職後、医療機器薬事を担当。好奇心と探究心が満たされる楽しさから現在まで10年にわたり新医療機器を含むクラスⅠ〜Ⅳの幅広い薬事手続きに従事。 海外から日本市場に参入するMedTech企業の戦略立案・実行支援の業務に携わる過程で通訳・翻訳を担当したことを機に、通訳者としても働けるようになるべく勉強中。趣味は観劇と編み物。