【第1回】薬事の通訳ー医療機器を中心に 「医療機器に対する法規制の概要」

第一部

1.医療機器に対する法規制の概要

● 薬機法とは

● 医療機器とは

● 規制の概要

はじめに

このたび、「薬事の通訳-医療機器を中心に」というタイトルで連載をもたせていただくことになりました、大島千晶と申します。普段は企業で医療機器薬事に関する仕事をしています。薬事の通訳というと医薬品を思い浮かべる方が多いと思いますが、私の連載では、同じ法律で規制される医療機器に主眼をあててお話しさせていただきます。

近年、医療機器はその使用場面が医療施設を飛び出し、実体をもたないソフトウェアを用いた製品もリリースされはじめました。また、日本はヘルスケア分野における投資先として世界からの注目度が高いですが、開発・非臨床試験・臨床試験を乗り越えて日本の医療機器市場に参入するとき、避けて通れないのは薬事申請(Regulatory application)、薬事承認取得(Regulatory Approval)と保険収載(Reimbursement Registration/Listing)です。

私もこれらの仕事の一環で通訳者の方のご協力をいただく場面があります。日本における参入障壁を突破するために規制当局の思考回路・企業側の思考回路を理解していただく一助となれることを目標に投稿したいです。

第一回目は、医療機器に対する法規制の概要です。

医療機器に対する法規制には様々なものがありますが、最も重要なのは、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(Act on Securing Quality, Efficacy and Safety of Products Including Pharmaceuticals and Medical Devices)(以下、薬機法といいます。)でしょう。

冒頭で述べたように、医療機器はイノベーションにより、既存の規制ではカバーしきれない新しい製品が絶えず開発されています。そのため、薬機法は新しい製品に追いつこうとする形で頻繁に改正されています。しかし、基本的な考え方を押さえていればこのような法改正についていくのは問題ないでしょう。

薬機法とは

薬機法の目的は薬機法第1条に定められています。少し長いですが引用すると、「医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器及び再生医療等製品の品質、有効性及び安全性の確保並びにこれらの使用による保健衛生上の危害の発生及び拡大の防止のために必要な規制を行うとともに、指定薬物の規制に関する措置を講ずるほか、医療上特にその必要性が高い医薬品、医療機器及び再生医療等製品の研究開発の促進のために必要な措置を講ずることにより、保健衛生の向上を図ること」が目的とされています。

重要な部分をまとめると、医療機器の①品質、②有効性及び③安全性を確保するために、医療機器を取り扱う企業に規制をしますという意味です。代表的な規制としては、企業はその業務の範囲に応じた業許可を取得する必要があり、販売する医療機器の許可も個別に取得する必要があります。(業許可の種類や役割の説明は別の回に譲ります。)

また、医療機器は販売後にも規制があります。不具合や不適当な使用による問題が生じた場合に、それを使い続けて健康被害等が広がらないようにするために広告規制や市販後の安全対策についてのルールも定められているなど、「医療機器」には様々な側面からのルールが適用されます。

医療機器とは何か

まず、「医療機器」と聞いたとき、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?

医薬品が内服薬、外用薬(貼り薬/塗り薬)、注射薬、座薬などがメインであり形態がある程度限られていることに比べて、「医療機器」には様々な形態のものが存在します。

パンデミック下で有名になった人工呼吸器(ventilator)や血中酸素飽和濃度(SpO2)モニタはもちろん、薬局で買えるばんそうこうやコンタクトレンズ、美容整形領域で使われるヒアルロン酸製剤(Hiarlonic Acid Injection)もすべて「医療機器」です。また、最近はウェアラブルウォッチのアプリも「医療機器」に分類されるものもあり、2014年からソフトウェア医療機器(Software as Medical Device; SaMD)として規制が始まりました。

どのような製品が薬機法の規制対象となる「医療機器」であるかは、その製品が薬機法2条4項が定める「医療機器」定義に該当するかによって判断されます。

医療機器とは、「人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること、又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具等(再生医療等製品を除く。)であつて、政令で定めるものをいう。」とされています。(この連載では動物用医療機器については取り扱いません。)

薬機法の規制の概要

リスク・ベネフィットバランス

医療機器の規制を考えるうえで重要なのは、リスク・ベネフィットバランスの概念を理解することです。例えば、身体に悪性腫瘍(がん)がある場合、外科手術や放射線治療等の医療行為は身体に侵襲(invation; 医療行為による身体への負担のこと)を及ぼします。

手術により身体に切り傷ができたり、放射線治療では放射線を浴びたりするために、治療のせいで新たに身体に負担がかかるリスクと、悪性腫瘍を放置して病状が悪化するリスクを比べて、それでもなお治療するメリットがあるかを判断します。

このリスク・ベネフィットバランスの考え方は、医療機関における使用時だけでなく、医療機器開発フェーズにも用いられますので、よく理解しておく必要があります。こちらは今後、他の観点と合わせて何度か登場しますので覚えておいていただきたい考え方です。

リスク・ベネフィットバランスに応じた薬機法の規制

薬機法では医療機器をそのリスクの程度に応じてある程度のグループ分けがなされていて、クラス分類(Classification)と呼ばれています。例えば、クラス分類によって、製造販売(Marketing authorization)に厚生労働大臣の「承認」が必要になる場合、民間の認証機関による「認証」が必要になる場合、または企業の自己認証による「届出」でよい場合に分かれます。クラス分類ごとに審査の厳しさが変わるため、当然の審査にかかる時間や費用も変わります。これもリスク・ベネフィットバランスの考え方が背景にあるように思います。

医療機器のクラス分類

薬機法上の医療機器のクラス分類は高度管理医療機器(Highly controlled medical device)、管理医療機器(Controlled medical device)、一般医療機器(General medical device)の3つで、この分類は国際ルールによるクラス分類(ClassⅠ~Ⅳの4つの分類)と対応しています。薬機法上の医療機器は「一般的名称」(Japan Medical Device Nomenclature; JMDN)ごとにクラス分類が行われています。

一般的名称は、2023年9月30日時点では4500種類[a]存在しています。

どのように薬事申請を行うかを考えるとき、まずはその製品がどの一般的名称に該当するかを検討し、どのクラス分類に該当するかを考えます。また、一般的名称は保険償還価格(Reimbursement price)や市販後安全管理 (Post market safety control) の要求事項など、販売や使用時の条件を左右する重要な概念です。なので、一般的名称の考え方は今後改めて扱う予定です。

ここまでの話をまとめると、医療機器は一般的名称ごとにクラス分類され、クラス分類に応じた規制を受けます。クラス分類の国内/国際分類の関係と、各カテゴリの定義と例を下表に整理しました。

薬機法上の分類手続きの種類国際分類定義;製品例
一般医療機器届出クラスI副作用又は機能の障害が生じた場合においても、人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどない医療機器経腸栄養注入セット、ネブライザ、X線フィルム、血液ガス分析装置、手術用不織布、など。
管理医療機器認証クラスII副作用又は機能の障害が生じた場合において人の生命及び健康に影響を与えるおそれがある医療機器X線撮影装置、心電計、超音波診断装置、注射針、採血針、真空採血管、輸液ポンプ用輸液セット、吸引カテーテル、補聴器、家庭用マッサージ器、コンドーム、プログラムなど。
高度管理医療機器認証/承認クラスIII副作用又は機能の障害が生じた場合において人の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある医療機器粒子線治療装置、人工透析器、硬膜外用カテーテル、輸液ポンプ、人工骨、人工心肺装置、多人数用透析液供給装置、成分採血装置、人工呼吸器、プログラムなど。
承認クラスIV副作用又は機能の障害が生じた場合において人の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある医療機器*体内埋植製品が中心ペースメーカ、冠動脈ステント、人工血管、PTCAカテーテル、中心静脈カテーテル、吸収性体内固定用ボルト、プログラムなど。

今回の内容は以上です。連載では、基本的な法規制の説明以外にも、案件を受注した際の勉強方法、企業が通訳者の方に求めること、新しい技術を利用した機器等の幅広い内容を取り扱う予定ですので、次回以降も読んでいただければ幸いです。ありがとうございました。

[a]https://www.std.pmda.go.jp/stdDB/index_jmdn.html


大島千晶

大学卒業後に都内企業に就職後、医療機器薬事を担当。好奇心と探究心が満たされる楽しさから現在まで10年にわたり新医療機器を含むクラスⅠ〜Ⅳの幅広い薬事手続きに従事。 海外から日本市場に参入するMedTech企業の戦略立案・実行支援の業務に携わる過程で通訳・翻訳を担当したことを機に、通訳者としても働けるようになるべく勉強中。趣味は観劇と編み物。