【第4回】柴原早苗の通訳ライフハックス!「体調管理」

「通訳者になるために必要なことは何ですか?」というお尋ねをよく受けます。おそらく「英文法」「語彙力」「日本語力」などといったお答えを期待されているのでしょう。もちろん、語学や知識に関する能力も大切です。けれども私は通訳者の必須項目として「体力」を挙げています。万全な体調があって初めて良きパフォーマンスができるのであり、それがお客様のご満足につながると考えているのです。

そこで今月は「体調管理」を具体的にどのようにしているのか、ポイントを10個に絞ってご説明していきます。

1.「体力づくりも仕事のうち」と言い聞かせる

通訳デビューして間もなかった若かりし頃、私は大量の資料を前に呆然としていました。どう頑張っても当日まで読みこなせないという焦りに見舞われていたのです。通訳の予習に終わりはありません。結局、当時私がとった手段は「徹夜」。ひたすら読み込む、語彙リストを作るなどして当日に臨んだのでした。体力のある若いうちはこれでも何とかなります。けれども年齢と共に踏ん張りはきかなくなります。よって、無茶な予習はせず日頃から「睡眠・運動・食事」を重視する生活に切り替えました。「普段の生活の中でスタミナある体力をつくる。それも仕事のうち」と私は言い聞かせています。

2.睡眠を大事にする

放送通訳業務で私は早朝シフトにあたることが多いため、起床は午前3時半です。私の場合、6時間は眠りたいところですので、21時には就寝するようにしています。質の良い眠りのためにもマットレスや枕にもこだわるようになりました。また、就寝直前にはデジタル機器画面を見ないことも大切です。それでも日中、どうしても眠いときはタイマーをかけて机に伏せて眠ります。私はこれを「気絶睡眠」と言っています。ヨガの先生いわく、たった5分の睡眠でも20分に相当する眠りを確保できるのだとか。眠りを我慢しないことが肝心です。

3.ジムのスケジュールも優先

フリーランス通訳者の場合、スケジュールは自分で管理できます。よって私はジムに行く日を最初から手帳に書き込み、シフト希望表もそれに応じて出しています。もちろん、繁忙期はどうしても仕事が優先になってしまうのですが、これもバランスが肝心です。欲張って仕事を入れ過ぎた結果、運動不足でストレスがたまり、体力低下となると悪循環になりますよね。私はもっぱらスタジオレッスンを受けており、「燃焼系」「筋トレ系」「リラックス系」のレッスンを入れることで、週3回はスポーツクラブに行くようにしています。ジムへ行けない日でも歩数計を付け、エスカレーターやエレベーターも極力使わないよう心掛けています。

4.食事への意識も大切

放送通訳の場合、オンエアのどれぐらい前に食べ終えているかで私の場合、パフォーマンスに影響が出ています。直前に食べてしまうと満腹感で頭がぼーっとするという苦い経験があるため、1時間前には食べ終えています。途中、どうしても空腹を覚えた場合はビターチョコやナッツなど、体に良いものを選びます。旬のものを取り入れ、三食きちんと食べるという基本ルールを守るだけでも、体調は良くなると思います。一方、「食べすぎたかな?」というときは食事を控えて体調を戻すようにもしています。私は小さなメモ帳を持ち歩いており、そこに食べたものや体重などを記入しているのですが、このおかげで自分の調子を把握しやすくなりました。

5.メンテナンスへの投資も

体の中で私が一番しんどさを覚えるのが、首の後ろから腰にかけての背中全般です。背筋を良くして座ろうと意識しており、また集中して通訳をしているため、知らぬ間に喉周りや首の後ろに負担がかかっているのですね。このため、私は最低でも月に1回、鍼マッサージを受けています。予約日を「月末の土曜日夕方」と決めているのは、1か月間仕事を頑張った自分へのご褒美という位置づけだからです。徹底的にほぐしてもらうことで疲労も大いに取り除けます。また、月半ばでも「辛いな」と思ったら我慢せず、仕事の合間の移動中に最寄りのマッサージ店へ駆け込むこともあります。自分と相性の良いスタッフさんが見つかると、色々と相談もできますので助かっています。

6.ストレスと付き合う

私は通訳業、とりわけ放送通訳が大好きですので、仕事におけるストレスを感じたことはほとんどありません。好奇心を満たすことができ、たくさんの勉強を通じてお客様のお役に立てる、さらに報酬をいただけるというこの仕事に人生で出会えたことは、自分にとって大きな恩恵だと思っています。ただ、ストレスがゼロということではありません。自分の能力不足を痛感したり、体力的に厳しい条件だったりというときには無意識ながらストレスを感じているようです。そのような時もなるべくストレスの「源」を直視するようにしています。たとえば勉強不足であったと自覚したならば、再発防止のためにどのような勉強をすべきか考える、構文を理解できず誤訳をしてしまった場合は英文法をおさらいするという具合です。ストレスの元凶とうまく付き合うことなのです。

7.ワーク・ライフ・バランスを意識する

仕事と家庭をどう両立させるか。これは共働き家庭であれば誰もが抱く課題です。以前の私は「自分さえ頑張れば」と自ら言い聞かせ、なるべく一人で切り抜けようとしていたことがありました。周囲にヘルプを頼むことが自分には敗北に思えてしまったのですね。けれどもその結果、体調を崩し、うつ状態になったことから考えを変えました。大変な時は助けを求めるのも立派な「勇気」なのですよね。誰かに頼ってみる、相談する、食事も外食やお総菜を取り入れる、家事の外注をするということを自分に許せるようになりました。そのおかげで仕事にも家族のことにも集中できるようになったと感じています。

8.商売道具の「声」を大切に

通訳者にとって最大の商売道具は「声」です。極端な話、骨折しても松葉づえで現地に向かえるのであれば通訳の仕事はできます。けれども声が不調な場合、通訳はできなくなります。よって自分の声を大切にすることは優先事項です。ずいぶん前のこと。午前中に通訳学校で授業をしていた私は喉の不調を感じました。午後には通訳業務が控えていたのですが、「多分大丈夫だろう」と見切り発車してしまったのです。その結果、現地入りしたころには声がしゃがれ始め、業務の途中で声が全く出なくなったのでした。関係者に多大な迷惑をかけて大いに反省した出来事でした。この時の教訓。それは日頃からとにかく喉をいたわること、そして不調の際には乗り切ろうとせず、早めにピンチヒッターを頼むということでした。喉のケアとしては、手洗い・うがいを実践する、喉に刺激のある食べ物や業務前日のスポーツ観戦やカラオケは控えるといったところです。

9.安全に気を付ける

いったん業務を請け負ったらば、よほどのことがない限りキャンセルすることはできません。十分な予習をして体調を整え、当日を迎える必要があります。そういう意味ではアスリートや芸術家に通じると私は感じています。身の安全を意識するのもその一環です。車や自転車の運転、歩行時など、危険な目に遭わないよう気を付けることも大切です。神経質と言われるかもしれませんが、私の場合、工事現場の足場下を通行する際も気を付けるようにしています。また、早朝夜間の歩行も明るい場所を歩く、画面を見ながら歩かないなど、工夫できることは実践するよう心掛けています。

10.体調管理こそ良き仕事のための第一歩

子どもの頃の私は大の運動オンチでした。高校時代にバドミントン部に入ったものの、活動は2年だけ。大学以降は文化部でしたので、もっぱらインドア派人間だったのです。けれどもこの仕事を始めてから体力こそ良き仕事につながると実感するようになり、現在に至っています。体調が良ければ気分も上がります。前向きになれます。些細なことで悩まなくなります。だからこそ、体と心を整えることがお客様のご満足につながると思うのですね。無理をせず、自分をいたわりつつ、前向きに歩み続けたいと思っています。

 

いかがでしたか?今回は体調管理について10個のポイントをご紹介しました。皆さんもぜひ体力と体調を維持され、実り多き毎日をお送りくださるよう心よりお祈りしています。

 


柴原早苗(しばはら さなえ)

放送通訳者。獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳業に従事。NHK「世界へ発信!ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。ESAC(イーザック)英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。

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