【第23回】柴原早苗の通訳ライフハックス!「自分の思いを育む~書くことを通じて~」

通訳の仕事をしていると、さまざまなトピックに触れられますよね。私自身、この業務がなければおそらく出会わなかったであろう分野がたくさんあります。医学、最先端技術、国際政治、ノーベル賞、大統領選挙などなど数知れず。仕事のたびに猛予習をして臨む、そしてその世界の著名な方々のお話を訳させていただく。本当にありがたい職業だと思っています。

こうして多様な考えや価値観に触れられるのは恩恵です。でも、私自身の価値観はどうなのでしょう?たとえるなら、ビュッフェでありとあらゆる料理を食するものの、自分が本当に食べたいものは何なのかわからなくなってしまうような心境に私は陥ることがあります。同時通訳者・鳥飼玖美子先生は、國弘正雄先生から「君もいつかは自分の歌が歌いたくなるよ」と言われ、その後、鳥飼先生は大学院に入り直して博士号を取得されました。先生は同時通訳を学術的に研究され、ご自身の「ことば」で専門分野を確立されていったのです。

今回のライフハックスでは、私自身がどのようにして「自分の思い」を育む作業をしているかをお伝えしていきます。具体的には「書く」という行為を通じてです。

1.あえて「手で」書くこと

デジタル全盛期の今、保存やコピペ、検索の良さはやはりデジタルに軍配が上がります。でも、あえて手で書くことは、自分の手で自分の筆跡を紙の上に残すことになります。つまり、その時の心境によって自分の筆跡が丁寧だったり荒れていたりとなりうるのです。心を鎮めたいならばあえてゆっくり書く、気持ちがささくれだっていてとにかく感情を吐き出したいなら殴り書きにするなど、それを許されるのが紙だと思うのですね。自分の手を通じて心の中を吐露できるのが、手書きのメリットだと考えます。

2.達成感を味わえる

ノートにひたすら書き続け、最終ページに到達した時、私は大いなる達成感を味わっています。小中高大学時代は紙のノートを仕上げるのが普通でしたが、昨今のデジタル時代になると、数十ページのノートが埋まる事は日々の生活で体験できないかもしれませんよね。だからこそ、ささやかな到達感は幸せにもつながると思います。

3.好みを駆使できる

書くためのノートや筆記用具。今はいろいろなものが売られています。私はリング状のB5ノートと決めていますが、これはバッグに入るサイズを重視しているから。厚地の表紙なので立ったままでも書けますし、リング状なのでめくれば場所を取らずに使えるのですね。一方、筆記用具は4色の多機能ペンです。私はこのペンを仕事でもプライベートでも愛用しています。通訳業務の場合、メモ取りでインクが切れてもバックアップがあるので安心です。グッズをお気に入りのデザインやキャラクターで揃えるのも童心に帰るようで楽しいですよね。遊び心、大事です。

4.視認性の良さ

デジタルで保存した文章は検索のしやすさが特徴です。では紙媒体でそれができないかと言うと、そうとは限りません。紙新聞・雑誌や紙のノートというのは、自分のペースで、そして自分の手指の直感を信じながらめくることが出来ます。元外交官で著述家の佐藤優氏は、日々の記録や学習・読書ノートなどをすべて一冊のノートにまとめていますが、過去の情報を振り返る際、「何となくあの辺りに書いた」ということが記憶にあるため、探すことは容易だと述べています。

5.「写経読書」のススメ

私は近年、図書館の本を借りることがもっぱらです。理由は書棚の保管の問題および、気楽に返却ができるから。借りたけれどイマイチだったら返すだけで済みます。一方、買った場合、もったいなくて最後まで読まねばという思いにかられるのですね(これは人によりけりですが)。ただ、借りた本の場合は書き込みができません。そこでおこなうのが書き写し。私はこれを「写経読書」と呼んでいます。気に入った文章をそのまま書き写すだけ。著者の名言を集めることで「マイ・人生訓」が出来上がります。私は黒インクで筆写し、その後自分の考えを赤で添え書きしています。著者へのツッコミや自分の考えなどを改めて確立する上でとても役立っています。

6.何よりも「ノートはプライベートなもの」

私は過去にブログに勤しんでいた時期がありました。書くこと自体は好きなので、今でもたまに「書こうかな」と思うことがあります。ただ、ブログだとどうしても読者を意識してしまうのですね。それに対してノートは極めてプライベートなもの。どれほど良い自分であろうが「悪いコ」に成り下がって書き連ねようが、他者が読むことは想定していません。だからこそ、本音を書き出せるのです。日々の生活では何かと気くばりをする時代だからこそ、自分のホンネをガンガン安心して書けるノートは貴重な存在です。

いかがでしたか?今回は「書くこと」をテーマにお伝えしました。ちなみにサッカーの中村俊輔選手の「サッカーノート」は有名ですよね。日本代表の森保一監督もマメにノートをとる様子がテレビ中継を観ているとわかります。岸田首相のノートも話題になりましたし、故・安倍首相は下野したあとノートを毎日つけていたそうです。

自分を支え、自分の価値観確立に寄り添ってくれるノート、そして「書く」という行為。みなさんも良かったら取り入れてみてくださいね。


柴原早苗(しばはら さなえ)

放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言、大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも担当。ツイッター(@Addington76)も日々更新中。