【第22回】柴原早苗の通訳ライフハックス!「海外ニュース、斜め上の楽しみ方」

あっという間に新年度となりましたね。ということは、2023年の残りは4分の3!ちなみに「年度」は英語でfiscal yearですが、私は通訳者デビュー当時、「年」と「年度」を混同していました。他にも「4分の3」(three quarters)などの分数が同時通訳現場で出てくると今でも緊張します。この仕事はとにかく勉強が永遠に続くのだとしみじみ思います。

さて、今回のライフハックスでは、日ごろ私が携わるCNNニュースをメインに「海外ニュースの斜め上の楽しみ方」と題してお届けします。放送通訳現場ではニュースをひたすら同時通訳しているのですが、耳から聞こえる英語にとどまらず、少し視野を広げて見ると意外な発見があるのです。早速見てみましょう。

1.「外見」から考えるアメリカのテレビ業界

 CNNを始めBBCやABCなど、英語圏のテレビニュースを観ていて注目することがあります。それは「キャスターの服装」です。特に私がチェックしているのは女性アンカーの装い。原色の赤、青、黄色、ピンクなどの鮮やかなトップスやワンピースが目立ちます。胸元も大きく開いており、同性の私でさえ目のやり場に困ることも(笑)。しかも着席しているキャスターの多くがデスクの下で脚を組んでいます。しかもピンヒールで!日本のテレビ業界では足を組んで座るのはNGですので、それだけでも大きな違い。服も日本の女性キャスターの場合、最近の流行ファッションという印象。日本ですと髪や装いが「かわいくて清楚な雰囲気」ですが、海外の場合、女性でもパワフルさとセクシーさが前面に出ていると感じます。こうしたことを画面から学べるのも楽しいですよね。

2.手の動きから言語の特徴を考える

日本のニュースでは、キャスターが起立状態の場合、手を組んで(腕ではなく、手です)右手の上に左手を添えます。これは日本の伝統的な組み方で、いわゆる「左手が上」という作法。刀を持っていた時代には、「刀を抜く意志はない=あなたに対して敵意はありません」という意味があり、その名残となっているのですね。こうして手を添えて立っていても、あまり激しく手を動かしたり眉間にしわを寄せたりはしません。

一方、CNNを観ていると、手の動きはかなり激しく思われます。立っていても座っていても、です。表情の動きも大きく、眉間にしわが寄っているケースも少なくありません。ちなみに私がいつも「手の動きが華やか!」と思うのがCNNのErin BurnettとWolf Blitzer。二人ともベテランアンカーです。ウォルフ・ブリッツァーの場合、英単語やフレーズの強弱に合わせてペンを持った右手を動かしていることが多いですね。一方、エリン・バーネットは話しながら両手をかなり激しく上下左右に動かします。ことばの強弱だけでなく、文脈の中で強調したい部分において体ごと動くのでしょう。

日本語は「高低」で話す言語ですので、文頭で高い音で入り、文末で低い声になります。一方、英語は「強弱」の言語。ボディランゲージを見ていると、そのことに気づかされます。

3. 番組内ゲストの背景にも意味が 

 CNNには番組ゲストが頻繁に登場します。スタジオ内のこともあれば、ゲストの自宅やオフィスと回線をつないでリモートで出演というケースもあります。特徴的なのは、CNNの場合、そのゲストの近著をインタビュー冒頭で紹介していること。インタビュー内容と関連する書籍であることが多く、タイムリーに感じます。一方、リモート出演の場合、そのゲストの背景に映し出される光景もなかなか意味深です。書斎の本棚の前にPCを置いてカメラに向かっているパターンが多いのですが、その背後にある書棚に自著がさりげなく置かれていたりするのですね。しかも背表紙ではなく、オモテ表紙が目立つようカメラ側に向けられていることもあります。このようにバックグラウンドで映る光景から、そのゲストの読書嗜好や趣味、PR心理(?)を垣間見ることもできます。

4.合間のCMから考える

 CNNでは番組の途中でCMが流れます。通販の商品説明が比較的目立ちますが、各国の観光局が流す自国PR動画が放映されることもあります。最近よく見かけるのは日本政府による観光プロモーション。日本の魅力が映像に込められています。一方、過去にはフィリピンやトルコ、中東ドバイなどのツーリズムPRが頻繁に流れたこともありました。今、どの国がどういった促進活動をしているのかを考えると、それぞれの国の経済成長や観光分野にかける思いが想像できそうです。

5.ホテルでニュースチャンネルをチェック

 最後は営業社員風な「職業病」の観点から一つ。私は国内外のホテルに泊まる際、テレビチャンネルをチェックするのですね。日本の宿泊施設の場合、たいていBBCやCNNは入っており、部屋で確認ができると嬉しくなります。一方、近年は中国や韓国のチャンネルが増えていることがわかり、インバウンドの旅行者がどこの出身者なのかを反映しているなと感じます。

ちなみに数年前に宿泊した都内のビジネスホテルにはCNNがありませんでした。代わりにBBCが観られたのですが、室内備え付けパンフレットをよ―く読むと、You Tubeにアップされた過去のBBCニュースだけでした。つまり、リアルタイムのBBCでは無かったのです。そこで改めてその理由を考えてみました。そしてわかったこと。それは、少しずつ人々が「室内のテレビ」よりも、好きな時間に自分の端末で観るという方法がメインになっている、というものでした。時代の変遷を感じましたね。こうしてチャンネルの種類や放映形態を知るだけでも、今の日本の状況、インバウンドや経済事情などについて考えさせられます。

 以上、今回のライフハックスでは、ニュースチャンネルを「単なるニュース」に終わらせず、ひと捻り加えた見方をお伝えしました。人間というのは面白いもので、目の前に人がいると、それが対面であれ画面越しであれ、相手の「目」に焦点を当てがちです。でも、実はその背景にもたくさんの情報が詰まっているのですよね。先にご紹介したボディランゲージやファッション、背景の本棚しかりです。そうした気づきから言語、習慣、はたまた国の経済レベルまで思いを馳せることもできます。ぜひみなさんも楽しみながら視聴してみて下さいね。


柴原早苗(しばはら さなえ)

放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言、大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも担当。ツイッター(@Addington76)も日々更新中。