【第20回】柴原早苗の通訳ライフハックス!「実務家教員は工夫がすべて」

通訳学校や大学などで教え始めてずいぶん年月が経ちました。私は大学時代に社会科と英語の教員免許をとるも、実習は社会科だけ。学生時代は様々なアルバイトをしたものの、塾講師経験は皆無でした。よって、いざ英語や通訳の指導を始めても、最初のうちは大いに戸惑いましたね。

現在は文科省の方針で、大学の正教員になるには原則として博士号が必要です。一方、実務家教員の採用は増えています。そこで今回は通訳業という実務経験から教壇に立つ者として、どのような工夫をしているのかご紹介いたします。少しでも参考になればうれしいです。

1.「楽しい」と思ってもらうのが一番

 私自身がジムのスタジオレッスンや外部セミナーなどを受ける際、一番重視するのが「楽しさ」です。講師の話が面白い、わかり辛いトピックもかみ砕いて説明して下さる、出席者同士の間でちょっとしたワークがある、などです。また、長時間セミナーの場合は飽きさせないような工夫があると嬉しくなります。教室の雰囲気がダレてきたころに、立ってグループワークをする、音読をするなども同様です。

 逆に苦痛なのが「時間の経過が遅く感じられる授業」。受講生が時計を見てばかりというのは、内容が難しいかつまらないか、あるいは受講生本人の体調不良等でしょう。飽きさせず、楽しく進めることを指導者は心がけるべきと感じます。

2.憧れにつなげる

若い頃に私が受けた授業で特に大きかった要素の一つに、「講師があこがれとなる」ことが挙げられます。先生の話が楽しくてその分野に引き込まれる、講師のお人柄が素晴らしい、先生から元気をもらえる、などです。私は大学時代に授業で通訳を履修したのですが、その時の女性の先生がいつも颯爽としており、多忙にも関わらず覇気があったことに影響を受け、憧れるようになりました。内面からにじみ出るものはもちろん、先生の立ち居ぶるまい(姿勢やアイコンタクト)、清潔感のある服装などにも魅了されました。

3.主役は受講生

 日ごろ「他者のコトバ」を通訳する私にとって、「自分のコトバ」で話せる授業は楽しいひとときです。ただ、注意せねばならないのが、「シバハラ独演会」になりかねないこと。ついつい気持ちが良くなって話し過ぎないように意識しています(自戒の念を込めて書いていますが)。特に通訳の授業は演習型ですので、パレートの法則の「80:20」を当てはめるなら、「受講生のトレーニング(発話)8割、講師の説明2割」に抑えたいところです。

4.テキストの採用

 大学での指導を始めて久しいですが、これまで教材については試行錯誤してきました。最初は自分で作成した教材を用いるも、「音声・英文・和訳」の3点(ちなみに通訳演習ではこの3つが揃っていると最強です)を一人で準備するには膨大な時間がかかりました。そこで市販のテキストを使うも、うまく駆使できず撃沈。翌年度からまた自主製作を始めました。が、とにかく「大変!」の一言に尽きましたね。

 そこで今年度から、大学英語教科書出版会社のテキストを使うことにしました。前年度の秋からリサーチを始め、通訳授業に使えそうなものを選び、見本を取り寄せて決めたのです。教科書ですので、ちょうど授業14回分に章立てされており、音声・動画はもちろん、英文や和訳、問題演習や解説も充実しています。あとは私なりに授業内で取捨選択しながら、通訳演習で用いています。もっと早くこの方法に気づけばよかったです。

5.授業時間の配分について

 最近は「ドラマや映画を2倍速で観る」と言われる時代です。私も動画サイトは時短を目指してスピードを上げて観ていますし、ハウツー関連のものを観る場合、検索の時点で10分以内のものに絞り込みがち。ちなみにマーケティング分野では「WEBコンテンツの動画は短いものが好まれる」と言われます。つまり、世の中全体が忙しくなり、長編が敬遠される時代になっているのです。

 となると、100分の授業もメリハリがあった方が良いですよね。そこで私は授業を「20分・60分・20分」に分けて構成しています。途中休憩はとりませんが、学生たちには「お手洗い・水飲み退室はいつでもOK」と伝えています。立って少し歩くだけでも集中力は戻るもの。このように伝えるとむしろ安心してくれるのか、逆に途中退席はめったにありません。

6.時事問題クイズの実施

 通訳で必要なのは英語と日本語の知識だけではありません。幅広い知識を有することも大きなカギを握ります。そこで受講生には時事問題クイズを毎回実施しています。形式は10問・口頭。7割はとれるような設問にしています。あまりにも難しくて得点が低いとやる気がそがれるからです。最新のニュースや中学高校で学んだ基礎知識も出題します。クイズの目的は「ふるい落とし」ではなく、「度忘れしたことを思い出すきっかけ」です。出題例としては、「SDGsのSを英単語で書く」(答え:Sustainable)や「自民党のトップは『総裁』『議長』『代表』のどれ?」(答え:『総裁』)などなど。英単語や三択、〇×形式で出しています。学生たちには国内外に関心を持ち、基礎知識を意識して過ごしてほしいと思っています。

7.「新書祭り」の実施

 「新書祭り」とは、明治大学・齋藤孝先生の造語です。齋藤先生は授業内で学生たちに新書を読ませる活動を取り入れています。私のクラスでは、新書に限らず、写真集、画集、マンガ、受験参考書、企業広報誌など、「紙で出版されたものなら何でも何言語でもOK」としています。ポイントは「全読不要・斜め読み大歓迎」ということ。翌授業でグループになり、本の実物を持って感想を30秒でスピーチしてもらいます。この活動の狙いは、学生の間に大学図書館に親しむこと、仲間が読むテーマにも興味を抱くことで関心を広めることです。

8.雑誌・新聞を使った活動

 こちらも「図書館に親しもう」狙いの活動。せっかく学費・設備費を払って通学しているわけですので、図書館をたくさん活用してほしいというのが私の願いです。お題としては、「『お金を払ってもゼッタイに買わない雑誌』を借りて読んでくる」「新聞閲覧エリアにある紙版英字新聞から気になる記事を一つ選び、コピーして持参」など。いずれも30秒日本語スピーチでの発表というオマケ付きです。雑誌に関してはマニアックな「月刊住職」などを選ぶ学生もいます。雑誌も新聞も「目を通してみたら、意外と親しみやすかった」という声が多く、嬉しくなります。

9.レベルを意識する

 授業内容、とりわけ通訳演習で用いる教材のレベルをどうするかは悩むところです。私自身、大学や通訳スクールで学んでいた際、あまりにも難易度が高く、不完全燃焼のことが多かったのです。だからこそもっと勉強すべきなのはわかっていました。が、他の授業や課題、サークルやアルバイトなど忙しかったのも事実(←言い訳!)。私にとって「とりあえず授業は受けたけれど、難しすぎてちんぷんかんぷん」という授業はあまり記憶に残りませんでした(自分の不出来に敗北感でいっぱい、というのはありましたが)。

 今年度は教科書を使っていますので、難しい箇所に関しては、容易な部分だけを抽出したり、易しめであれば音声を2倍速にしたり同時通訳に挑戦させたりなど、臨機応変にしています。大事なのは、受講生を委縮させないこと、満足感を抱いて授業を終えてもらうことです。これはジムのスタジオプログラムを例にすればわかりやすいでしょう。エアロビクスでフットワークがあまりにも複雑すぎると、モヤモヤしたままレッスンが終わってしまいますよね。

10. 長所ウォッチング

 かつて私が学んでいた頃は、「厳しさの中に愛のムチ」が良しとされる時代。先生が学生を褒めることはめったになく、通訳学校ではとにかく先生が怖くて怖くて、いつも「指名されませんように」と下を向いて授業を受けていました。でも、これでは委縮するばかりで、能力は伸びません。中には反骨精神で立ち向かえる人もいますが、私など「ああコワイ、早く授業が終わってほしい」と思っていたほど。

 今は時代も変わり、褒めて育てる方針が見られます。やみくもに讃えるのも表面的なので避けたいところですが、「受講生本人が気づいていない長所」を見つけるのが講師の仕事だと思っています。私から見て純粋に「わあ、素敵だな」と思えるときは指摘するようにしているのですね。訳文のみならず、発声、目ヂカラ、姿勢を始め、グループワークで披露したイラスト(芸術センス満載)など、どの受講生にも良いところは必ずあります。通訳の授業ではありますが、「自分の秘めた長所」に気づき、自信を持って社会に羽ばたいてくれればと思っています。

以上、今月は実務家教員として試行錯誤してきたことをあれこれお伝えいたしました。私自身、さらに工夫を重ねていきたいと思っています。


柴原早苗(しばはら さなえ)

放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言、大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも担当。「放送通訳者・柴原早苗のnote」(https://note.com/sanaeinterpreter/) も日々更新中。