【第12回】柴原早苗の通訳ライフハックス!「紙新聞の活用法」

今や電子版の方が紙版より購読者数が多いとさえ思える「新聞業界」。私が通訳者デビューしたころはネットすらない時代ゆえ、情報源は紙新聞でした。「新聞ダイジェスト」なる切り抜き集大成のような雑誌もありましたね。昔は紙新聞・紙雑誌、そして図書館の縮刷版を重宝しましたので、隔世の感があります。ではなぜ通訳者として紙新聞を重宝できるのでしょうか?今回は紙新聞の活用法をご紹介いたします。

1.視認性の良さ

 たとえば日経新聞電子版の有料会員になれば、紙新聞と同じレイアウトで紙面を見ることができます。けれども、大きさはパソコンまたはスマホ画面ですよね。一方、紙の新聞を見開きにした場合、サイズは横が81.2センチ、縦は54.5センチになります。つまり見開きにすると横幅は1メートル近くにもなるのです。これを机の上に広げて上から見た場合、一瞬にして多くの情報を把握することができます。この「視認性の良さ」こそ、紙新聞の強みなのですよね。いちいちスクロールしなくても、画面を拡大したりしなくても、パッと視覚的に入れられます。これが最大のメリットです。

2.切り抜ける・書き込める

 「この記事、おもしろい!」と思った場合、電子版であればスクリーンショットを撮るなどして保存することになります。けれどもスマートフォンやPCのアルバムの中に放り込んでしまうと、埋もれてしまう恐れもあります。しかもすぐに書き込んだりすることはできません。一方、紙版であれば、その場で手持ちの筆記道具でハイライトしたり、書き込んだりすることができます。定規が無くてもビリビリと切り抜けばOK。スクラップするもよし、デスク前の壁にマスキングテープで仮止めするもよし。要らなくなれば捨てるだけです。スマホやPCのメモリを気にする必要もありません。

3.思いがけない出会い

 見開きにして斜め読みをするだけでも、思いがけない出会いがあります。たとえば紙面下の新刊案内や週刊誌の広告を見るだけでも、世の中の流行が見えてきます。日経新聞であれば、紙面中ほどの「マーケット商品」ページを見れば物価の動きがわかります。たとえば「サンマ不漁」とあれば、スーパーでの店頭価格が上がることが予想できます。思いがけない出会いも積み重ねていけば立派な知識になっていくのです。広範囲にわたる知識量こそ、通訳現場で役に立ちます。

4.音読グッズとして

 通訳者というのは、単に言語変換能力が良いだけでは不十分です。聴き手にとってわかりやすい話し方、活舌の良さ、抑揚や言葉の選び方など、「コミュニケーションのスペシャリスト」として多くの「学習課題」があります。私は電子レンジで食材を温めている間、手元の新聞を手にして音読練習をすることがあります。記事は何でもOK。日本語・英字新聞どちらも立派な練習教材になります。ちなみに日本語新聞の場合は、記事の「である調」を初見で「ですます調」にしながら音読していきます。「米国」ならば「アメリカ」、「EU」と書かれていれば「EU=ヨーロッパ連合」という具合に直すのですね。こうすることで「耳から聴いてくださるお客様」の立場を考えながら練習できます。

5.見出しの大きさがカギ

 電子版の有料会員であれば、紙面と同じレイアウトで見られますが、無料ニュース記事の場合、スクリーン上に横長に書かれているだけです。フォントも同じ、見出しのサイズも一緒ですよね。けれども紙新聞の場合、その記事がどのページに掲載されているのか、見出しの大きさはどれぐらいかを視覚的に知ることによって、そのニュースの持つ重みが見えてきます。たとえば過日、安倍総理が辞任を発表した際の紙新聞では1面に非常に大きな見出しとなっていました。私が記憶する限り、あのサイズの見出しは昭和天皇崩御や大震災のときに準ずるものでしたね。見出しサイズからニュースの社会的影響度合いを知ることができるのです。

6.あなどれない付録

 日経新聞の場合、土曜日には別刷りがついてきます。また、雑誌形式の冊子や不定期で地域情報満載のタブロイド版も付録として折り込まれています。一見「チラシ広告」と思えなくもない薄さではあるのですが、実はこちらも情報の宝庫!「ネットであればあえてクリックしない」という情報に触れられるのもメリットです。

7.比較からの気づき

 私が定期的に仕事をしているテレビ局には、複数の紙新聞が置かれています。並べてみるとそれぞれの新聞社の違いが分かり、興味深いのですね。1面に載せる記事も記事の書き方も異なります。こうした「違い」を比較することで、世論にも色々あることに気づかされます。スポーツ面を比較すると、スポンサーチームの扱いが大きいというのもその一例ですよね。

8.地方紙の魅力

 出張の際、私が欠かさないことの一つが「地元新聞の購入」です。ローカルの話題が満載の地方紙は、その地域を深く知る上でとても重宝します。全国紙ではとうていあり得ない(?)年齢や住所、写真掲載などを見るにつけ、まだまだ地方は安全なのだろうなあと思わされます。「赤ちゃん誕生コーナー」では写真にフルネームまで出ています。こうした紙面から和むのも事実です。

9.投書欄は文章修行

 読者投書欄は文章の訓練をする上でとても役に立つと私は考えています。文字制限があり、テーマ別投稿もありますので、そのお題に沿って自分の考えをまとめるのは、「ことば」を生業にする者にとって絶好のチャンスです。かつて私は授業で英字新聞への投書を宿題に出したことがあります。すると、教え子の文章が掲載されたのですね。以来、その方はそのコーナーの常連さんになり、頻繁に名前をお見掛けするようになりました。ご本人いわく「編集者に選ばれて名前が紙面に載るのは本当に励みになる。謝礼の図書カードも重宝している」とのことでした!

10.題字・年号から思いを馳せる

 最後に新聞名の「題字」についてひとこと。紙新聞の1面には、その新聞名が出ていますよね。よーく見てみると、縦書き・横書き・毛筆風・ブロック体など様々です。有名なのは「朝日新聞」の「新」の字。「木」ではなく「未」になっています。一方、「新潟日報」の題字は新潟出身の書家・歌人の会津八一が作ったものです。

 ところでどの新聞も、紙面の上端に「第三種郵便物認可」という文字を小さく掲載しています。これは定期刊行物として安価に郵送できるという制度です。その認可年を見てみると、新聞社の歴史がわかります。日経新聞の場合は、「明治25年3月29日」に認可されているのですね。日経新聞の創刊時の紙名は「中外物価新報」、創刊は1876年(明治9年)のことでした。「日本経済新聞」になったのは1946年、戦後です。つまりその間の明治25年(1892年)に認可が下りたということになります。そのころ、日本や世界はどのような時代だったのかに思いを馳せてみるのも、歴史を学ぶ上で大切なことだと私は感じています。

 以上、今回の「ライフハックス」では紙新聞を取り上げてみました。今や電車内で紙新聞を手にする人をめっきり見かけなくなってしまってはいるのですが、それでもなお、紙には紙ならではの魅力があります。少しでもそれが伝われば幸いです。


柴原早苗(しばはら さなえ)

放送通訳者。獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳業に従事。NHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。ESAC(イーザック)英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。