【第7回】インドネシア語通訳の世界へようこそ「同業者や関係者とのネットワークを築く」

今回のテーマは、「同業者や関係者とのネットワークを築く」です。

これに関して私の一番書きたかったポイントは、一足先に関根マイクさんが以下の記事で見事にまとめてくださっています。

❏アルク『翻訳・通訳のトビラ:通訳者・関根マイクの業界サバイバル・ガイド』

そこで、ここでは本連載の初回と同じく「このトピックの本論に当たる部分は上の記事でお読みいただくことにして……」という反則技を再び――しかも今度は人のふんどしで相撲を取る形で――使うことにし、以下余った字数でインドネシア語の場合を例に取りながら思うところを書き連ねてみます。

■業界コミュニティー ~現状と今後に向けた取り組み~

1.オンラインの輪

インドネシア語の通訳(・翻訳)に特化した例としては、次のようなものがあります(いずれもフェイスブックグループ)。

  • インドネシア語-日本語 通訳翻訳勉強会 * Grup Penerjemahan Lisan-Tulisan Bahasa Jepang
  • Forum Penerjemah Jepang (powered by Kijang)
  • APBJI (Asosiasi Penerjemah Bahasa Jepang Indonesia)
  • Penerjemah bahasa Jepang

これらはインドネシア人の通訳(・翻訳)者さんたちが中心となって運営されているもので、訳語を巡るディスカッションや仕事の悩み相談が多めのグループ、求人と応募のやりとりが大半のグループなど、色合いはさまざまです。

私自身も、前回触れた勉強会の話と絡めながら、フェイスブックやリンクトインで新たなグループの立ち上げを画策しているところです(リンクトインは転職サイトのように思われがちですが、より広い使い方のできるビジネス向けSNSとして通訳者のネットワーキング等にももっと活用されてよいと思います)。

オンラインの輪は、グループのように明確な形を備えたものばかりではありません。各種のSNS等で個別のつながりが連鎖することによって、自然発生的に形作られるネットワークもあり、その一部はコミュニティーに近い性格を帯びています。狭義のSNSに限らず、ツイッター上で「通訳クラスター」などと称されるものも、その例に含めていいでしょう。
それらは、グループのように人為的な枠を設けた形に比べて、よりオープンで緩やかなつながりならではの強みを発揮する場合が往々にしてあり、捨てたものではありません。

ところが、通訳者全体の数から見ると、そうしたオンラインのネットワークを生かしている人はまだほんの一部です。生かすどころか、そもそもオフラインや閉じられたオンラインの世界だけで活動し、公に開かれたオンラインの世界では存在しないも同然の状態にとどまっている通訳者が、いまだに過半を占めています。
「本人がそれで事足りているなら、放っておけばいいじゃないか」と考える向きもあるかもしれません。ただ、業界全体の活性化や健全化という観点からすると、個々の事情が許すかぎり一人でも多くの通訳者にパブリックなオンラインの世界に出てきてもらい、ネットワークに加わってほしいところです。

2.オフラインの輪

日本国内のインドネシア語通訳者に限って見た場合、現時点でコミュニティーと呼べるほど立派な規模のものはなく、気の合った同士で勉強会や食事会をする小さな輪がいくつか散在するにとどまるようです。
今後ミートアップ(Meetup)などのサービスも活用しながら、それらの点と点を結んで大きな輪に育てていければと考えています。

「インドネシア語通訳翻訳者協会」といった類いの組織を立ち上げる話も、過去に何度となく持ち上がっては立ち消えになりを繰り返してきました。実はここへ来てまた新たな動きがあり、つい先日もその相談と協力要請を受けたところです。今はまだ話の見極めが必要な段階で今後どちらへ転ぶか分かりませんが、もしこの連載期間中によい方向へ進んだ場合は改めて取り上げたいと思います。

3.オンラインとオフラインの組み合わせ

オンラインの輪とオフラインの輪は、それぞれを広げながらバランスよく組み合わせることが大事になってきます。
また、「特定の枠に縛られないオープンで緩やかなネットワーク」と「(協会のように)かちっとした形を備えた組織」も、ぶつからずに共存できるはずです。双方に属して、あるいは直接属さないまでも協力的な関係を保って、それぞれの利点や得意とする領域をうまく生かしていくのが理想だと言えるでしょう。
ではその理想をどう実現するかですが、私自身は現在まず前者(オープンで緩やかなネットワーク)を築き、そのハブ役の一端を至らないながら担おうと動いています。後者(かちっとした組織)の立ち上げや運営については自分の役どころでないとわきまえていますが、買って出てくれるふさわしい方が現れれば側面からの協力は惜しまないつもりです。

■境界を越えて

上では、主に日本国内のインドネシア語通訳という狭い部分に焦点を絞って見てきました。ここからは、もっと視野を広げて考えてみましょう。ネットワーキングは、一つの閉じた世界の中だけでなく、積極的に境界の外へ踏み出し、異なる世界に身を置く人たちとつながることでぐんと効果的なものになるからです。

ここでいう境界には、例えば次のようなものがあります。

1.拠点とする国の違いが生む溝 ~インドネシア在住の通訳者さんたちとの連携~

同じ言語ペア(日本語―インドネシア語)の通訳業といっても、日本とインドネシアとでは業界の成り立ちから商慣習、需給状況まで何かと違いが見られます。そのせいもあってか、それぞれの国を拠点とする通訳者間の交流は極めて希薄なのが現状です。まずは、上の「オンラインの輪」で触れたフェイスブックやリンクトインのグループを足掛かりにするなどして、両国の同業者間に横たわる溝を埋めていくことが望まれます。

私は日本を拠点としていますが、なじみのクライアントなどから「今度インドネシアへ行くので、現地在住の信頼できる通訳者を紹介してほしい」と頼まれたり、逆にインドネシア在住の通訳者から「今度うちのクライアントが日本へ行くので……」と紹介を受けたりすることがままあります。そうした紹介は、これまで専ら個人間のごく限られたつてに頼ってまかなわれてきました。今後両国の同業者間でより広くきめ細かなネットワークを築ければ、それに連れて国をまたいだ紹介の頻度も、最も適任な人に話をつなぐことができる確率も高まるでしょう。言い換えれば、両国をひっくるめたスケールで「全体最適」が実現しやすくなるということです。

また、どちらの国を拠点とするかによって、蓄積される知識やノウハウにもおのずと違いが出てきます。それらを交換して足りないところを補い合うことも有意義でしょうし、事前準備の段階における調べ物など、それぞれが持つ地の利を生かして助け合える部分は他にも多いはずです。

2.専門とする言語間の垣根 ~他言語の通訳者さんたちとの互恵的な関係~

国際的な会議やイベントで複数の言語が飛び交う場合は、集まった各言語の通訳者たちがリレー方式で連携して対応します。そうした案件の事前準備で、例えば中国なら中国の発表資料(日本語や英語に訳されたもの)に目を通していると、中国語の通訳者さんに尋ねて確認したい点があれこれ出てくるものです。さらに言うと、「担当言語の垣根を取り払ってお互いの準備している内容をシェアし合えれば、調べ物等の無駄な重複が省けて効率的だし、ひいては全体のパフォーマンス向上にもなるのに」という思いは毎回のように抱きます。
とはいえ、相手が全く見ず知らずの通訳者さんだと、そうしたコミュニケーションがなかなか取りづらいのもまた事実。たとえ緩くでも日頃からつながりを持ち、コミュニケーションのハードルを下げておけば、いざというときお互いにすっと手を差し伸べ合いやすくなるでしょう。

専門とする言語の垣根を越えて積極的に交流するメリットは、他にもあります。
自分たちの状況や課題をしっかり見据えるには、内輪の世界に閉じこもっていては駄目で、外からのふかん的・客観的な視座が必要です。専門言語が異なる通訳者さんたちとの交流を通じてお互いの共通点と相違点を意識することは、そうした視座を養う上でも役に立ちます(何より、新たな発見が多くて純粋に楽しいですし)。

他の言語の通訳者さんとつながる機会は、仕事の現場だけに限りません。
例えば、言語を問わない通訳者向けのフェイスブックグループに参加するのも手です(「通訳」で検索すると、「通訳(日本語)」、「通訳勉強グループ」、「医療通訳 -Medical Interpreters-」などが見つかると思います)。
あるいは、以下のような団体の会員になったり、これらが主催する公開セミナー等に参加したりするのもいいでしょう。

  • 日本会議通訳者協会(JACI=ジャシー)
  • 日本翻訳連盟(JTF)
  • 日本翻訳者協会(JAT=ジャット) 等々

この連載でお世話になっているから言うわけではありませんが、JACIは毎夏の「日本通訳フォーラム」をはじめとする各種イベント(セミナー、ワークショップ)、多彩なウェブコンテンツ、フェイスブックの会員限定グループを通じた交流など、活動が充実していてお勧めです。
JTFやJATは、団体名にこそうたっていないものの通訳も対象としています。JTFは法人会員中心、JATは英語通訳者向けというイメージが強いかもしれませんが、それぞれ個人会員や英語以外の通訳者にも門戸は開いてくれています。

3.業種間の壁 ~その他の関係者との交流~

専門言語間の垣根を取り払うと一気に視界が開けますが、それとてまだ通訳業という一つの世界の中での話です。ネットワーキングに当たっては、そこに安住せず業種間の境界も進んで越えていくことが望まれます。

ここで「その他の関係者」としたのは、例えば次のような人たちです。

  • 通訳者以外でインドネシア語を仕事にしている人(翻訳者、語学教師、言語学者など)
  • インドネシア語を使って働く日本人、日本語を使って働くインドネシア人
  • その他インドネシア関係者
  • 通訳サービスの利用者(通訳者を雇う立場の人、話し手や聞き手となる人)
  • 通訳サービスの間接的な提供者(仲介業者、各種オンラインプラットフォームの運営元など)
  • 通訳関連の業界団体や学会
  • 通訳に関する制度や仕組みをつくる人、運営する人(各種コミュニティー通訳の行政側担当者など)

これらの方たちとの交流は、視野をいっそう広げ見識を深めてくれると同時に、私たちの仕事を知ってもらう(ありがちな誤解や認識のずれを解消し、より良いサービスが提供できる環境を整える)ための地道な啓発活動になるという意味でも大切です。

4.世代間のギャップ ~年齢や経験年数の違いを超えた付き合い~

この話をすると、「上の世代はどうしても与えるばかりになって、あまり得るところがないからなぁ」と言う人もいます。そんなことはなく、若い人や駆け出しの人との交流から学んだり気付かされたりするところは大きいですし、仮に与えるほうが多くなったとしても、そこは恩送り(ペイフォワード)の精神でいけばよいのではないでしょうか(きれいごとに聞こえるかもしれませんが、実はそうやって全体がうまく回るようになってくれた方が、巡り巡って結局は自分のためにもなるという思惑――言ってしまえば打算――があって言っています)。

余談

相互紹介や情報交換というメリットももちろんですが、私がネットワーキングを進める裏には、もう一つ狙いがあります。それは、個別の案件に応じて最強の通訳チームをいつでもさっと組むための土壌づくりです。

複数の通訳者がペアやチームを組むことは少なくありません。その際には、分担決めから訳語の統一、現場での動き方まで、さまざまな部分でチームワークの良しあしが問われます。
ところが、クライアントや通訳会社はただ必要人数の通訳者をばらばらにアサインするだけで、誰と組むことになるのかすら尋ねないと教えてくれない場合が珍しくありません。通訳者の側も、自分からわざわざ尋ねるまではしないという人が結構いるようです。

組む相手が分からないと、各自の強みを生かした分担ができないばかりか、直前まで担当箇所がはっきりしないせいで無駄な準備に時間を奪われたり、一人がやってシェアすれば済む調べ物を全員それぞれに重複してやることになったり、同じ言葉の訳し方が通訳者によってまちまちで聞く人を混乱させたり、それらが原因で通訳者同士が現場でもめて険悪になったりといったばかげた事態になりかねません。……というより、周りを見渡すと実際にそうしたことが今も繰り返されているのです。

それではいけないということで、私は案件ごとにチームメンバーだけがアクセスできるプロジェクトサイトを立ち上げ、そこにあらゆる情報を集約し、チャット形式によるコミュニケーション、用語集その他ファイルの複数名による同時編集といった機能を活用しながら皆で効率よく準備ができるようにしています。これは、その分パフォーマンスを向上できるということであり、採算ラインが下がるため料金を抑えられる(第3回参照)ということでもあります。

まだ試行錯誤の段階とはいえ、そうした仕組みを導入した効果は絶大で、先ほど言った逆――つまり、各自の強みを生かした適材適所の分担決めに始まり、仲間の準備状況を必要に応じて参照しながら自分が受け持つ部分の準備に集中でき、共通の調べ物は皆で手分けして素早く行い、基本的な訳語はチャットなどで相談しながらしっかり統一し、その結果現場でもあうんの呼吸で動けるという理想のチームワークに近づきつつあると感じています。
ここで大事なのは仕組みよりもメンバーであり、頼れる顔触れを増やすためにも日頃からのネットワーキングが欠かせないというわけです。

■終わりに

私の思い描く「オープンで緩やかなつながり」は、余計なしがらみや同調圧力を極力排し、個々人の独立性と自主性、自律性を尊重したものです。普段はしなやかでいて、必要となればぎゅっと結束して強さを発揮する有機的ネットワークといったらいいでしょうか。

通訳者に限らずフリーランスの専門職には一匹おおかみ肌の人が多いように感じます。何を隠そう、私自身も本来は完全にそちらの口です。ただ、一匹おおかみは自分で気付かないうちに「井の中のかわず」や「お山の大将」と化しかねず、それでは早晩身を滅ぼすことになります。本当は一匹おおかみを決め込んでいたい人間が、ここまでネットワーキングの必要性を訴えるに至ったのは、今のインドネシア語通訳を取り巻く危機的状況ゆえでもあります(本連載の初回やそこで紹介した記事参照)。その切実な思いが少しでも伝わることを願いながら、今回はこの辺で。

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次回のテーマは、「どうやって仕事を得るか(その1)~直接取引の場合~」です。
どうぞお楽しみに。


土部 隆行(どべ たかゆき)

インドネシア語通訳者・翻訳者。1970年、東京都小金井市生まれ。大学時代に縁あってインドネシア語と出会う。現地への語学留学を経て、団体職員として駐在勤務も経験。その後日本に戻り、1999年には専業フリーランスの通訳者・翻訳者として独立開業。インドネシア語一筋で多岐多様な案件に携わり、現在に至る。

インドネシア語通訳翻訳業 土部隆行事務所