「国際会議デビュー!体験記~上妻つぐみ」

「コロナ世代」の通訳者見習いが国際会議デビューするまで

時は12月30日、2021年も残すところあとわずか。私の通訳の師匠と慕っている関根マイクさんから「2/5 グローバルグリーンズ世界大会(遠隔)」という件名のメールが届きました。「こんなのきてるけど、興味ある?」という同時通訳案件の打診でした。

会議内容を確認すると、何と学生時代にボランティア通訳で撃沈した会議のトピック。もちろん、関根さんに推薦していただいたということもありますが、現場経験を積みたい、リベンジしたいという思いも重なって二つ返事で引き受けました。そしてこれが、私の通訳デビューとなりました。

本稿では、コロナ世代の通訳者見習いがデビューするまでの経緯、準備方法、そして本番のレポートを、思い出が美化されてしまう前に書き綴ります。

【きっかけはある日突然Twitterで】

今回の通訳デビューに至るきっかけとなった出来事も今回のように突然やってきました。Twitterのタイムラインに「英語通訳塾、はじめます」というツイートが流れてきたのです。ご存知ない方のために簡潔に説明すると、この英語通訳塾とは関根マイクさんが期間限定で行なった「通訳者を志す人々に本気の指導を行う基本無料の講座」のことです。

当時、私の住むフランスでは新型コロナのロックダウン真っ只中。長い学生生活を終えてようやくフリーランスの翻訳者として稼働し始めたものの、社会人生活1か月目にしてまさかのパンデミック。本当に目指したいキャリアは何なのか、人生で何を成し遂げたいのかというという問いに真正面から向き合わざるを得なくなったのです。・・・とかっこつけましたが、これまで後先を考えずに生きてきたツケが回ってきたわけです。

そんなときにこのツイートを目にし、幼い時から抱いていた通訳者になりたいという夢を実現させるために、今こそ行動に移そうと決めました。私の通訳者になるための訓練は、こうしてパンデミックとともにスタートしたのでした。

英語通訳塾では、11人の仲間とともに通訳の基礎を3か月間駆け足で学びました。通訳技術のほかにも、リモート通訳環境設定をはじめとし、オンライン共有タイマーを使った通訳パートナーとの交代方法から受講生によるプレゼンの同通演習まで、あらゆる技術を学びました。

今回のような案件にも怖じけずに、技術面でのストレスも最小限で済んだのは、このように本番に近い環境で何度も訓練したおかげだと思います。さらなる授業の詳細についてはここでは割愛しますが、お時間があればぜひ一度ブログをご覧ください。

【準備方法について】

プロの通訳者として生計を立てていくためには、一案件にかける準備時間を計画的に管理しなければいけません。しかし、今回が私の通訳デビューだったということや案件内容が専門外だったこともあり、準備には惜しみなく時間をつぎ込みました。あくまで私個人の練習方法ですが、通訳デビューを控えた方に向けて詳しく書いていきます。

事前にパネリストの名前はわかっていたので、まずはYouTube、LinkedIn、Twitterなどあらゆるソーシャルネットワークを利用して、ネットストーカー並みにパネリストを調べあげました。これにより、過去パネリストが参加しているウェビナーの内容から当日のプレゼン内容を予測することが可能になりました。資料が届いてから「これ、あのビデオで話していたことだ」という箇所が何度もあったので、内容理解や資料読み込みに費やす時間も節約できたと思います。

さらに、本人が話す様子がわかるビデオや本人が執筆した記事を読むと、その人の話し方の癖や傾向がわかります。あるパネリストの方は日本史の出来事を例えに使うのがお好きなようで、私は相当悩みました。しかし、この情報を知っておくだけでも事前に対策を打つことができるわけです。結局当日は、通訳フレンドリーな発表をしてくださったので助かりました。

また、類似したトピックのビデオを何十回も見ていると、その業界で使われている用語、つまりより自然な「生きた表現」を学ぶことができます。訳の幅が増えるだけでなく、用語集作りもスムーズに行えます。

このようなリサーチを終えてから、ようやく用語集作りに入ります。私はいつもExcelに用語を入力した後、Quizletという学習アプリを使って取り込んで単語カードを作成しています。以前は、このアプリや印刷した用語集を見て隙間時間に暗記するのみだったのですが、今はこれに加えてタイムラグを使った練習も行っています。

タイムラグ演習とは会議通訳者であるグリーン裕美さん主宰のグリンズアカデミーで学んだものです。簡単に説明すると、聞こえてきた単語の訳語を1つずつずらしてリピートするものです。タイムラグ=時間をずらして練習し、一時的な記憶量を増やすトレーニングです。これでスラスラ訳語が出てくるようにならなければ同時通訳では通用しないというお話を聞いて以来、取り入れています。詳しくは、JITF2021「実践!通訳トレーニング」の41:00からご覧いただけます(JACI会員限定公開)。

次に行ったのはマインドマップです。これは一つの主題を中心に関連するアイデアや情報を線でつなげるものですが、紙に書き出すことで見落としていた情報や話題に出る可能性のあるトピックが可視化できて便利だと感じています。私は普段これをもとに、フリートーク形式で一人でずーっと話しています。こうすることで、どんな内容や表現でつまずく傾向にあるのかがわかり、同じトピックでも文の組み立てを変えて言い直したりと、幅広い練習ができます。

参考資料としてAmazonで購入していた関連書は、一字一句読むというよりは詳しく知りたい箇所にのみ集中して勉強しました。ちなみにこのAmazonのインターナショナルショッピング、購入1週間後にはフランスに届くなんて本当に便利ですよね。

本番1週間前は、事前資料の読み込みや同時通訳練習に集中しました。時に不安を感じることもありましたが、そんなときはあるセミナーで耳にした言葉を自分に言い聞かせました。難しい案件を目の前にしたときは「I cannot do it」ではなく「I cannot do it yet」と思うこと。今日の自分にはできなくても、しっかりと準備と訓練を重ねればいずれできるようになる、というものです。時に自分の力不足に打ちのめされることもありますが、このマインドセットを忘れずにいたいものです。

【リモート環境設定】

お見せするほどのものでもないのですが、駆け出しの通訳者の等身大・リモート環境設定としてご覧ください。

  1. 通信回線:パソコンは有線LANを使用。自宅の停電など最悪の事態では、理想的ではないもののスマートフォンのテザリングの使用を想定しています。
  2. ヘッドセット(左)と卓上マイク(右): JabraのCompliant SEとゼンハイザーSC 260。どちらもUSB接続。
  3. USBサウンドカード:ヘッドセットとマイクをここに繋げてパソコンに接続しています。
  4. 予備のタブレット(Surface)。
  5. パートナーとの裏回線用のiPhone(写真には写っていません)とイヤホン。通訳中はLINE電話の音声でパートナーと繋がっています。
  6. タイマー(予備):本番1週間前にクロノグラフとCockooにトラブルが生じたため、パートナーと相談し予備のタイマーを各自準備しました。私は古いiPhoneをタイマー代わりに使用しています。
  7. スクイズボトル:以前マグカップに別回線用のヘッドホンを水没させてしまったので、それからはふた付きの飲み物のみ置いています。
  8. 資料+ノート:絶対に間違えてはいけないパネリストのお名前や用語を付箋に書いて貼っています。用語集は印刷してもあまり見なかったり、無意識に頼り過ぎてしまったりすることがあるので。

リモート通訳ならではのエピソードとして、本番当日に少しハラハラさせられる出来事がありました。フランスでは日常茶飯事の騒音問題です。本番開始時刻は現地の午前4時(土)。週末になると街へ繰り出す人たちの賑やかな声が聞こえるのですが、この日も例外ではありません。

深夜2時になり聞こえ出した叫びながら走り回る人たちの声。お願いだから早く力尽きて寝てくれ・・・と思いながらも、苦肉の策として実行したのは洗濯物カゴ作戦です。これはJITF2021にも登壇されたナオミ・ボウマンさんのブログで紹介されていた防音対策で、カーテンやラグなどのインテリアには音を吸収してくれる効果があるというもの。特におすすめなのが「洗濯物がたっぷり溜まったカゴ」をデスク横に置くことだそうです。

幸い本番1時間前には静けさが戻ったため、この日のためだけに溜めておいた洗濯物が役に立ったかは定かではありませんが、静かな環境の確保は良い通訳をお届けする上で非常に大切です。

【本番を終えて】

実は今回の国際会議では、関根さんに加え英語通訳塾の塾生の一人である満元さん、ベテランの通訳者の熊野里砂さんも一緒でした。通訳パートナーと事前連絡を何度も取ることはほぼないと聞いていますが、今回は密に連絡を取り合い情報共有することができました。また、クライアントとのコミュニケーション方法、交渉力、通訳者としての立ち振る舞い方など通訳技術力以外のところでもたくさんサポートしていただき、多くのことを学ばせていただきました。通訳の初現場としてなんて恵まれた環境だったんだろうと改めて思います。

やれることはやったのだから大丈夫と自分に言い聞かせながら本番を迎えました。ベテランのパートナー熊野さんの落ち着いた美しい訳出を聞いて心を落ち着かせようとしながらも、交代の1分前になると自分の鼓動がマイクを通して聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい胸がドキドキしました。

裏回線とズームのミュート解除、そして共有タイマーをスタートさせて訳し始めますが、パネリストの話すスピードが異常に早い。焦る気持ちが自分の声に表れてしまっていることが訳しながらわかるのです。10分交代がまるで1時間のように感じ、時間が止まってしまったようでした。そんな私を見かねた熊野さんが、即座にチャット機能を使って、もう少しゆっくりと話してほしい旨をホストにメッセージしてくださいました。そのメッセージを目にしてハッと我に返り、メインメッセージにのみ集中して、何が何でも食らいついていく、いつもの調子を少しずつではありますが取り戻すことができました。

その後のセッションでは、良い緊張感を保ちながらも落ち着いた訳出ができ、楽しむ余裕も生まれました。また、一般的にはパートナーの訳は全て聞かずに耳を休めるのが主流だと思いますが、一流の通訳者の訳が聞けるチャンスは逃すまいとずっと耳を傾けていました。聞き惚れるとはまさにこういうことですね。現場での経験が何よりの勉強だということを実感しました。

完璧なパフォーマンスといえるものではありませんでしたが、今の自分の力は100%出し切りました。そして、クライアントやパートナーには迷惑をかけることなく仕事を終えられたと思います。通訳ってなんて楽しいんだ。これが今回の国際会議を終えてのシンプルな感想です。

【最後に】

実際に通訳の世界に一歩足を踏み入れてみてわかったのは、やる気さえあれば惜しみなく技術を指導・伝授してくれる人がたくさんいるということです。また、己と向き合い技術を磨いていく通訳の世界では、一緒に学ぶ仲間の存在が不可欠です。今回晴れて通訳デビューすることができたのは、こういった人たちのおかげです。ここで改めて、私たちを信じてこのような機会をくださった関根さん、常にサポートしてくださり激励してくださった熊野さん、そして切磋琢磨できる仲間である満元さん、ありがとうございました。真剣に言葉と向き合い続けることで恩返ししていき、この恩をバトンタッチしていけたらと思います。


上妻つぐみ(こうづまつぐみ)

英仏日通訳者・翻訳者。16歳で米国アラスカ州へ。アラスカ州立大学卒業後、フランス語を学ぶために単身渡仏。2019年、グルノーブル・アルプ大学で多言語翻訳科修士号を取得。現在フランス在住。コロナ禍により長年の夢であった通訳の道を目指す。趣味は観葉植物とブロカント(美しいガラクタ)集め。将来は通訳者とブロカンターの二足のわらじを履くことが夢。

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