【第8回】はじめての通訳~通訳と訓練方法に対する誤解「私、新聞を読まないしテレビも見ないんです」

答え

このコメントは何を意図しているのでしょうか。勉強を一生懸命しているアピールなのでしょうか。私は周りのことには関心をもたず一心不乱に勉強しているということなのでしょうか。(心の声)

なぜこのような質問が?

受講生からこのようなコメントが出る場合とは以下のような状況に集約できます。

  • 時事問題が背景になっているとき
  • 事前に配布した資料に載っていないような一般的な話であるとき
  • 本題に入る前の導入部分
  • XXクラブ、XXセミナーなど当日のテーマに一定程度の知識や関心を有している聴衆を対象にした話のとき

どの程度知識の幅を広げる必要があるのか

専門知識以外を―雑学―種々雑多な方面にわたる、系統立っていない知識や学問(三省堂 大辞林)―と定義するとしてそもそも雑学を増やす必要があるのでしょうか。

私が「新聞を読まないしテレビも見ないんです」と受講生から言われたときに「せめて新聞くらいは読みましょう」と返答すると「宿題が多すぎて読む時間がありません」「今でさえ大変なのにもっとやらなければならないのですか??」と半ばムキになったように反論されることがあります。

雑学は通訳の業務上必要であると私は思います。社内会議でも、実際に会議が始まる前に雑談から入ることがあり、ここをうまく訳せると本題への導入もスムーズに進むことが多いです(落語の「つかみ(マクラ)」のようなものでしょうか)。そういう私も2月ごろに行われた会議前の雑談で「ブルゾンちえみ」が話題になったときは初めて聞く名前で「誰??」と思い一瞬冷や汗を流しましたが…

また、いろんなことを知っておくと、会議通訳の準備をしているときに、初めての案件でも「いつか聞いたあの話題に似ている」などとイメージが湧きやすく雑学が既存の知識との橋渡しとしての役割を果たしてくれることがあります。

ではどうすればいいのか?

ここで強調したいのは「業務上必要だから雑学を増やす」ではなく通訳者として「好奇心が大切」だということです。

会議通訳者の条件として関川富士子氏は以下の5つをあげています。

1.学ぶことが好きなこと。

2.好奇心が旺盛なこと。

3. 完璧主義者でないこと。

4.人並みの気力と体力があること。

5.普通の社会性があること。

今回のテーマは上記の2に関連します。

逆の見方をすれば新聞やテレビを見ない方は、周りに邪魔されることなく1つのことにストイックに集中して物事に取り組んでいる方だともいえます。

ただ、通訳に臨むに当たり「事前に準備した話題しか当日語られない」と思い込んで行くと現場で対応が難しくなることがあります。私の経験でも当初の議題から脱線せずに1つのテーマに留まった会議の方が少ないように思います。工場見学の途中から経営の話題へ移る、医療の話から教育の話題へ転換する、ITから環境、犯罪論へ話が発展したこともあります。

 

関川氏も

通訳業務と離れた日常生活においても常にアンテナを巡らし、いろいろなテーマに関心をもち、振って沸いた質問に自分で応えを探す努力をつづける人のほうが、そうでない人より通訳者に向いていると思いませんか

とおっしゃっています。

新聞をどう読めばいいか

ここでは新聞を読みなれていない方、読む習慣がない方向けに簡単に新聞の読み方を記載します。

(1)紙か電子版か

私が訓練を始めたころは講師から紙の新聞を勧められましたが、紙と類似のレイアウトで紙の新聞を読むのと同じ効果が得られるのであれば電子版もいいと思います(日経電子版など)。そもそも紙の新聞を読むように勧められたのは、

― ページをめくりながら/目次欄を見ながらまず見出しのみを拾い読みして気になった記事を読みこむことができるから

一 見出しの順番、大きさからニュースの重要性が判断できるから

ということでした。

かつてのWeb版、Webニュースだけですと興味ある記事だけを読む可能性が高く、情報の取得に偏りが生じてしまいます。こういったWebニュースの欠点を解消できるのであれば電子版でも可です。

(2)どんな新聞をどのように読めばいいのか

一般紙であれば何でもいいと思います。私は日本経済新聞を購読しているのですが、大抵の役員、経営者クラスの方々は日本経済新聞を購読し、会議中に「先日の日経によると…」と話される方もいらっしゃるのでそういうときは「日経を読んでいてよかった」と思います。

朝日新聞、読売新聞も家庭向けの話題を取り上げる、難しい用語の解説つきなどそれぞれ読者が読みやすくなるような工夫をしています。

読み方は、

― まず、1面またはページをめくりながら見出しのみを読む

― 次に目についた、気になった記事を読む

― わからないところは過去の記事を読む、本やインターネットなどで調べる

私か通訳学校に通っていたころはイスラム教、キリスト教など宗教をめぐる政治、紛争が授業のテーマとなることが多く新聞を見てもよくわかりませんでした。

そこで、イスラム教、宗教に関する話題を取り上げた中学、高校生向けの本を買ってきて読んだことがあります。

 テレビをどう活用するか

通訳に役立つ番組として、私が見ているのは

1.時論・公論:NHK月曜一金曜23:55 - 翌0:05

2.クローズアップ現代プラス:NHK月曜一木曜 午後10 : 00~10:25

3.和風総本家:テレビ東京系列 木曜日21:00 - 21:54 (54分)

4.ワールドビジネスサテライト:テレビ東京系列 月~金 23:00~23: 58

 

1と2は通訳訓練にも使っています。3は工場見学や技術系の仕事が多かったときにイメージをつかめず困っていたところ、この番組を見てイメージが明確になったことがあります(成形、射出、バリ取りなど)。4は番組表を見て新聞記事の内容をもう少し詳しく見たいと思うときに見ています。

終わりに

「私、新聞を読まないしテレビも見ないんです」⇒「せめて新聞くらいは読みましょう」⇒「宿題が多すぎて読む時間がありません」、ではなく「新たな知識を得る、自分の世界が広がるいい機会かもしれない」、と捉えて新聞を読み雑学を増やしてみてください。

次回は、通訳訓練に関係する質問を取り上げます。


菊池葉子(きくち ようこ)

英語通訳者、英語講師、京都女子大学非常勤講師。2008年通訳デビュー。主な通訳分野は技術、IT, 建築、IR。2011年に通訳学校卒業後、同年通訳学校の講師として稼働開始。主に通訳初心者向けの授業を担当。また、2015年より大学講師として会議通訳演習を担当。受講生からは、最初から順を追って丁寧に指導してもらえる、飽きさせない授業をしてくれる、との評価を受けている。