【第5回】はじめての通訳~通訳と訓練方法に対する誤解「リスニングテストで使う音源なら訳せるんです」

答え

そうですか…リスニングテストというとTOEICや英検のような音源のことですよね。いったいどのような揚面での通訳を想定されているのですか?ゆっくり、明瞭に、しかも論理明確に話してくれる方なんてそもそもいるのでしょうか???

なぜこのような質問が?

この質問は通訳科に進級してきたばかりの受講生から発せられることが多いです。通訳科の前の「英語専修コース」「通訳翻訳基礎コース」「語学力強化コース」(通訳学校によって名称は異なります)に通っていて、通訳科に進級され、何回か授業を受講された後、授業後に表題のようなことをおっしゃいます。

通訳科に入る前のコースでは比較的聞きやすく、スピードの遅い音源(VOA: Voice of America、NPR: National Public Radio )を使用することが多いようです。また、通訳科に入るくらいのレベルになるとTOEICや英検のリスニングカも相当ついてきていると思われます。

なのに…通訳科に進級したとたん訳せなくなる。訳せないどころか聞き取りもままならない場合もあります。そこで、表題のセリフが出てくるのでしょう。

無理もないことです。通訳科で使用するのは実際に通訳者が現揚で通訳をした音源です。運転免許の取得にたとえると、通訳科の前は教習所での運転教習であり、その後一般道の訓練を経ずに、いきなり高速道路へ放り込まれて運転させられるようなものですから。

また、通訳学校を初めて受講された方からもこの質問をいただくことがあります。英語の音源を使用する、というと、英語のリスニングテストで使用する音源を想定されていたからかもしれません。

ではどうすればいいのか? 

ご自身が受講するクラスによって対策や心構えを考えてみます。

  •  短期コース、大学でのコース(プロ養成でない場合)

短期コースでは受講生に短期で「できた」「わかった」という満足を得てもらうため、またレベルチェックがないために少々使用音源をやさしめに設定していることが多いです。

特に初めて通訳学校を受講される方で「授業についていけないかも」と心配な方は学校の事務局に問い合わせてみたり要望を述べてみたりしてください。どういう音源を使用するのか、過去にどんな授業を行ったのか、ある程度自分の中でイメージしてから入学した方が授業にもなじみやすいです。

それでも、初回授業に出席して「難しい!ついていけない!」と思ってもあきらめずに2回目も出席してください。講師は1回目で受講生のレベルを把握して授業の内容やレベルの調整を行います。

そして、短期の授業は最後までしっかり受けてください。その後、もしくは大学での授業を受講されている方は慣れてきたら、少し難しい音源に挑戦してみでください。

例えば、VOAを授業で使用しているのならVOAのニュースやBBCのニュースを聞くなど、少し速い音源を聞いてみます。難しいと思っても我慢して2週間ほど聞き、そしてまた授業で使用した音源を聞き直してみてください。以前よりも聞こえる箇所が増えてきていると思います。この繰り返し(易しい⇒難しい⇒易しい)でリスニングカを鍛えられます。

(2) レギュラーの通訳コースを受講されている揚合

この揚合は、残念ながら短期のコースと違って崖から落とされたら自分で這い上がるしかありません。ただ、通訳コースに進級、入学できたということは「上のクラスの先生に指導を任せてもいい」「必死でやればついていける」と講師や学校側が判断したことになります。ですので、覚悟を決めてやるしかありません。

具体的に何をするかですが、復習を徹底的にすることをお勧めします。宿題をこなすだけで大変かもしれませんが、毎日15分でも週末1時間でも時間を見つける、もしくはタームの終了後次のターム開始までの期間を使って教材を「使い倒して」ください。

シャドーイング、リーディング、リプロダクション、記憶訳出、即訳など、教材を「使い倒す」には様々な方法があります。しっかり復習すると別の音源を聞いているときに同じようなフレーズが出てきます。同じような論理で話しているのがわかります。そうすると聞こえる、わかる、訳出できるというように勉強が楽しくなってきます。

 終わりに

 最初に表題のことを受講生から言われたときは、正直言ってこちらが戸惑ってしまいました。

でも、後で冷静になって考えてみると言いたくなる気持ちはわかります。転職や部署移動後に禁句である「前の職場は(よかった)…」と言ってしまう心境と似たものかも知れません。今まで、英語教材という音源に慣れてきたところ、段階的ではなくいきなり普通に通訳者が通訳した音源を通訳するように言われるわけですから「こんなはずでは‥」と思うのも無理もないことです。

「前の職場は…」が禁句なのは暗に「前の会社がよく、今の会社がよくない」とのニュアンスが感じられるからですが、「リスニングテストで使う音源なら訳せるんです」も禁句ですから言いたくなるのをこらえて飲み込んでください。通訳学校は自分の実力をアピールしなければならない場所なのにあえて弱点を露呈するようなセリフは避けるべきです。

「リスニングテストで使う音源なら訳せるんです」と言いたくなったら、一回深呼吸してください。そして、短期コースならしっかりと最後まで受講する、レギュラーなら復習に力を入れるとそれぞれの方針を決めて進んでいってください。

きっといい結果が出てくるでしょう。

次回は、通訳を身近で見たことがあるのか、少し通訳訓練をされた方なのかわかりませんが、いただいた質問を取り上げます。


菊池葉子(きくち ようこ)

英語通訳者、英語講師、京都女子大学非常勤講師。2008年通訳デビュー。主な通訳分野は技術、IT, 建築、IR。2011年に通訳学校卒業後、同年通訳学校の講師として稼働開始。主に通訳初心者向けの授業を担当。また、2015年より大学講師として会議通訳演習を担当。受講生からは、最初から順を追って丁寧に指導してもらえる、飽きさせない授業をしてくれる、との評価を受けている。