【最終回】はじめての通訳~通訳と訓練方法に対する誤解「まとめ」

今回で14回にわたる「はじめての通訳」が最終回となります。そこで、今までの振り返りと総括をしてみたいと思います。いつもの形式で― 今回は自分自身への質問で―進めます。

なぜこのテーマで原稿を書こうと思ったのか?

このアイディア―なぜこんな質問が?とその回答―を思いついたのは私が『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー著、2013年、キングベアー出版社 )を読んでいるときでした。
この本では「パラダイムシフト」「インサイド・アウト」という言葉がよく出てきます。

「パラダイム」とは事象を自分が見たいように見ていることをいい、「インサイド・アウト」とはすべての問題は自分の中に有り自分が変わらなければ周囲も変わらない、ことを意味します。

「パラダイム」は人によって異なります。大きく分けるとコップに水が半分入っている状態のときに「半分も入っていると」捉えるか、「半分しか入っていない」と捉えるかだけでも意見が分かれます。そして、自分が多数派の考え、極端に言えば全員同じ考え方をしていると思う傾向があります。コヴィー氏も

誰しも、自分は物事をあるがままに、客観的に見ていると思いがちである。だが実際はそうではない。私たちは、世界をあるがままに見ているのではなく。私たちのあるがままの世界を見ているのであり、自分自身が条件づけされた状態で世界を見ているのである。何を見たか説明するとき、私たちが説明するのは、煎じ詰めれば自分自身のこと、自分のものの見方、自分のパラダイムなのである。(上述同書、p22より引用 )

と記しています。「インサイド・アウト」とは具体的に言うとうまくいかなかった原因を人のせいや環境のせいにした瞬間、そこで自分自身の成長が止まってしまうという発想から来ています。

私の場合に照らし合わせると(あえて極端に書きますが)
「なぜこんな質問が? →受講生の考えが甘い/ 変だ →受講生とうまくコミュニケーションがとれず受講生の通訳技術が伸びなかった」
だったのを

「なぜこんな質問が? →数年前は私も受講生であり「変な」質問をよくしていたっけ。 →通訳を実際にしないとわからないことも沢山あるなあ。 →もしかしたら通訳そのもの、業界のことが正しく伝わっていなかったのかも」
という発想に変えてみたのです(パラダイムシフト)。

実際に回答を書いてみてどうだったか。

1) 授業で何回か尋ねられていたこともあり、何らかの答えは伝えていたつもりでした。といっても一言、二言といったアドバイス程度に留まるもので今振り返ると正しく受講生に伝わっていたのか疑問です。

相手に向かって話していると相手の表情を見てある程度理解度を測ることはできますが、書面だとそうはいきませんので、原稿を書くにあたっては、読んだ方々が文章を読んだだけで内容を理解できるように、疑問を残さないようにすることを心がけました。

言葉の使い方ひとつでも、文章の並べ方/順番がひとつ違うだけでも伝わり方が大きく違うということを改めて実感できました。

2) 連載の回を重ねて10回以上経過しても未だに通訳/勉強方法に対する誤解がありました (もしかすると私の伝え方が足りなかったかもしれませんが、それはさておき)。

連載中もたびたび通訳の仕事で
安い料金にしたいので、「英語が話せればいいよ」
資料を要望したりブリーフィングを求めると「そんな面倒なこと」とやんわりと断られたり

教えている業務でも
「コツさえ教えてもらえればいい」
「つらい訓練はしたくない、楽しくやりたい」
などという声があり、試行錯誤/悩みの日々でした。

顧客との料金や契約内容については私一人の力では変えられませんが、少しでもいい仕事をして臨機応変に対応し「やっぱり通訳にお願いしてよかった」とお客様に思っていただけるような仕事をしていくしかないと改めて思いました。

また、教えることに関しても、「プロの通訳にならなくてもいいが、通訳に興味がある」という方々から上記のコメントが来ることはある程度理解できます。講師としても受講生を飽きさせないような工夫は今後も続けていくつもりです。

ただ、勉強や訓練の楽しさは「今までできなかった/わからなかったことができる/わかるようになった」ことであり、そのためにはある程度の訓練や基礎力が必要です。コツだけを教えても使いこなせず消化不良になるでしょうし、定着もしないと思います。
この点だけはご理解いただきたいです。

さいごに

今まで連載を読んでいただきありがとうございました。メールで感想をいただいたり「読んでいますよ」との声をかけていただいたりし、とても励みになりました。

まだまだ通訳も講師も道半ばですが、これからいただく仕事1つ1つに誠実に向きあいさらに経験を積んで、また皆様にお伝えできることがあれば嬉しく思います。


菊池葉子(きくち ようこ)

英語通訳者、英語講師、京都女子大学非常勤講師。2008年通訳デビュー。主な通訳分野は技術、IT, 建築、IR。2011年に通訳学校卒業後、同年通訳学校の講師として稼働開始。主に通訳初心者向けの授業を担当。また、2015年より大学講師として会議通訳演習を担当。受講生からは、最初から順を追って丁寧に指導してもらえる、飽きさせない授業をしてくれる、との評価を受けている。