【第13回】はじめての通訳~通訳と訓練方法に対する誤解「日本語訳にカタカナ語を混ぜてもいいのですか? 的確な日本語って何ですか?」

*カタカナ語とは「片仮名で表記される語。主に外来語を指すが、和製英語についてもいう。」(デジタル大辞泉より)がここでは前者の場合を指します。
また、外国語と外来語は異なるものであり、外来語は日本語の一部とします。もともとは英語(外国語)から来ているものであったとしても、日本語式に発音されていれば、それは「外来語」であると言って差し支えないとされています(NHK 放送文化研究所より)。

答え

この質問を2つに分けて答えてみます。
(1) カタカナ語:これについては状況によって答えが違ってきます。テーマとなっている話題の知識が豊富な人が聞いているのであればカタカナ語でも構わない、むしろその方がわかりやすいでしょうし、一般の方が聞かれるのであれば日本語にした方がわかりやすいと思います。
(2) 的確な日本語:ある特定の業界向けの話題であればその業界で使われている用語、それ以外の話題では新聞などで使われている用語、というのが一般的な答えかと思われます。

なぜこのような質問が?

おそらく、他人の通訳または他人の話を聞いたときにカタカナ語が多くてわかりづらかった。そこでカタカナになっている部分を日本語に訳そうとしたがうまく訳せなかった。それでカタカナ語のままにしてよかったのか、と疑問が湧いたのだと思います。上記では質問を2つに分けましたが、質問者の頭の中では「ワンセット」として捉えられていたのでしょう。

カタカナ語を多用するとどうなるのか

(1)特に目的もなくカタカナ語を多用しているだけの場合
2013年にある男性がNHKを相手に慰謝料を求める訴えを起こしました。(産経新聞より)

この男性は、番組内で外来語が乱用されたため 、精神的苦痛を受けたとしてNHKに対し141万円の慰謝料を求めました。NHKは公共放送なので、誰に対してもわかりやすく伝えなければいけない、NHKはその義務を怠っている、ということです。

また、訴状の中には、「リスク」や「ケア」など、外来語を使わなくても表現できる言葉を多用していると今回のテーマに関連する内容が含まれていました。
特に新語の外来語は増えていますよね。慰謝料を求めたこの 男性は70代とのことですが年配でなくとも意味がわからないカタカナ語はたくさんあります。

例えば以前、私が勤めていた小売店に本社からの通達、として以下のような内容の文章が掲示されていました。

「競争が激しくなるこれからの時代を見据えてわが社はコンペチターに打ち勝つべく、一人ひとりのアセットにフィーチャリングした取り組みを行う。また、ノベルティグッツを利用してそれぞれが積極的にマーケティングを行って欲しい。それぞれのモチベーションにコミットできているか、マネージャーがモニタリングを行う。」

掲示板の前で「固まる」人、首をかしげる人が続出していました。特にパート従業員の女性たちは「私英語わかんな~い」と言って理解しようともしませんでした。
残念ながらこれを書いた人が言いたかったことは従業員に伝わっていなかったようです。

単なる「かっこつけ」のため「出来る人」と見せたいためにカタカナ語を多用する人は一定数いるようです。もっとも通訳を目指している方で「かっこつけるため」にカタカナ語を使う人はいらっしゃらないと思いますが。
上記の文章もカタカナ語を日本語に訳せば十分伝わります。

「競争が激しくなるこれからの時代を見据えてわが社は競合他社に打ち勝つべく、一人ひとりの資産に焦点を当てた取り組みを行う。また、販促品を利用してそれぞれが積極的に市場調査を行って欲しい。それぞれのやる気が維持できているか、上司監督する。」

(2)的確な日本語訳がないためにやむを得ずカタカナ語を使っている場合
国立国語研究所は「インフォームドコンセント」を「納得診療」、「ノーマライゼーション」を「等生化」などとする案をまとめたが定着していない。言い換えると、逆に意味不明になることもある。(2013年7月22日 日本経済新聞)

確かに「納得診療」よりは「インフォームドコンセント」の方がわかりやすいですし、この記事が書かれてから5年近く経過しましたので当時よりも「インフォームドコンセント」の方が定着しているかもしれません。

思えば明治時代にも文明化に伴い日本にはない西洋の文化や概念が多数流入してきました。現在では当たり前になっている「 society=社会」、「individual=個人」も日本語に訳された後様々な訳語が登場し、ようやく定着するに至ったものです。従って、最近の新語も日本語訳が定着するにはまだまだ時間がかかりそうです。ただ、日本語訳の定着まで待っていられませんので、しっくりこない訳だと思ったときは主語と述語を明確にして「漢字+やまと言葉」にするのをおすすめします。

例えば、先ほどの「納得診療」
(患者が処置や治療方法を)納得(してから)診療(すること)
と言い換えられますし
「等生化」は
(障がい者と健常者が)等(しく)生(きられる)こと
と言いかえが可能です。

(参照:http://koguretaichi.com/blog/2015/07/wakaridurai02

的確な日本語訳とは

せっかく冒頭で質問を2つに分けましたので、ここで簡単に「的確な日本語訳」― 適切な日本語表現―に触れたいと思います。

受講生の中には「的確な日本語」を訳出することにとらわれすぎて全体像が見えなくなっている方がいらっしゃいます。ただ、「的確な日本語」という概念自体があいまいですし、本来は一生かけて追求するくらいの内容です。

そこで、優先付けとして以下の3点のみ取り組んでいただくことをお勧めします。
(1) 新聞やニュースで使用される用語を使う
(2) 俗語(「ら」抜き言葉など)、略語(「コンビニ」)、仲間言葉(「やばい」)を避ける
(3) 名詞と形容詞、など修飾語の組み合わせが適切かを確認する
(例:「イベントが大きい」→「一大イベント」か「大きなイベント」か意味を確認する「大きく加速」「期間が増える」など不適切な修飾語の組み合わせを使わないようにする)

終わりに

この質問は簡単には答えられない奥の深い問題でして、私もいつも通訳の準備のときや終わった後によく悩んでいます。今回は簡単に一般論を書いてみましたが、ご自身の勉強の優先順位に配慮しつつ楽しみながらこの問題を考えていただけると嬉しいです。その際には是非聞き手の視点も忘れずに考えてみてください。
次回は、最終回ですのでこれまでの内容を振り返り、まとめてみたいと思います。


菊池葉子(きくち ようこ)

英語通訳者、英語講師、京都女子大学非常勤講師。2008年通訳デビュー。主な通訳分野は技術、IT, 建築、IR。2011年に通訳学校卒業後、同年通訳学校の講師として稼働開始。主に通訳初心者向けの授業を担当。また、2015年より大学講師として会議通訳演習を担当。受講生からは、最初から順を追って丁寧に指導してもらえる、飽きさせない授業をしてくれる、との評価を受けている。