【第3回】東洋と西洋をつなぐヨーガの通訳「通訳者視点からみた研修現場」

前回は、「母性のヨーガ」の研修がどのように運営されており、通訳者として私がどのように関わっているかをご紹介しましたが、今回は、純粋に通訳者としての視点から、この研修についてお伝えします。

バースライトの通訳現場では、それまで私が通訳者として心がけてきた常識以上のものが求められました。それは一言で言えば、この研修通訳では、とことん「自分を出す」ことが必要だったという点です。

それまで私が経験した現場は、アテンド通訳、ビジネス通訳、公的機関の会議、法廷通訳などでしたが、どれも「男性社会の仕事の場」での通訳でした。そこでは通訳者は黒子に徹するのがふさわしく、物事はビジネスのルールにのっとって可能な限り効率的に進めるのが是とされています。つまり、通訳者にはパーソナリティよりもプロフェッショナルであることが求められているのです。

しかし、この研修通訳は、やり始めてすぐ、そうした一般的な通訳者の立ち位置ではうまくいかないことに気づきました。それは、この研修の参加者と内容に深い関係があります。

この研修は「母性のヨーガ」という周産期に特化した内容ですので、講師はもとより受講者も圧倒的に女性が多くなっています。(産科医など男性の参加もゼロではありませんが)また、その内容は、「出産」という体験に「ヨーガ」という手法を掛け合わせるもので、「パーソナル」かつ「エモーショナル」な内容です。出産という、時には命がけともなる個人的な体験と、ヨーガという精神的な内省を伴う手法の出会いゆえ、ほとんどの受講者は自分の体験を投影しながら研修を学んでいきます。そして、5日間毎日同じメンバーで学ぶため、最後は参加者同士の間に強い精神的なつながりが生まれていきました。自然と、通訳者である私にも、最初から「パーソナル」で「エモーショナル」であることが求められました。

つまりこの研修は、通訳者である私にとっても、そして受講者にとっても、仕事の一環であることに変わりはありませんが、男性社会で求められるような「ビジネスライク」な進め方とは少し違った、母性に根差したパーソナリティが必要だったのです。

このことについて、私は当初、とてもやりづらく感じました。それまで通訳学校で教わってきたことや、現場の中で学んできた通訳としての立ち位置、そうした経験から得た知識や自分の通訳としてのスタイルを崩す必要があったからです。しかし、いわゆる「黒子としてのプロフェッショナルな通訳」をしようとすると、黒子になるどころか、逆に通訳者としての私が浮いてしまいます。講師が受講者との一体感を醸成するために、体験や感情をどんどんシェアするように求める中で、私がビジネスライクな立ち位置からの通訳をすると、その空気が壊れてしまうのです。

そこで、私も自分の感情を出すようにし、求められれば自分の体験を話し、講師の発言を通訳する際にも、時には2人の娘の母としての「私自身」がまず驚いたり、感動を表すようになっていきました。講師とも受講者とも違う第三の立場で、参加者の一人になったのです。すると、場の空気が壊れずに自然に流れていくのを感じるようになりました。

これは、常識的な通訳者の姿勢としては、ふさわしくないものかもしれません。私も、他の場所でこのような自分を前面に押し出す通訳は怖くてできませんが、この研修に関しては、テキストの翻訳段階から関わり、訳語の選択など話し合いを重ねる中で、バースライトのヨーガ哲学をよく理解していたので、思い切ってこのスタイルに切り換えることができたと思っています。

さて話は変わりますが、最近、Netflixで話題の「KONMARI~人生がときめく片付けの魔法~」という番組をご存知でしょうか? この番組は、片付けで有名な「こんまり」こと近藤麻理恵さんがアメリカのさまざまな家庭の片付けを手伝う様子を映したリアリティ番組で、出演者が片付けを通して自分の人生を見つめなおす「パーソナル」で「エモーショナル」な場面があちこちで見られます。

この番組では、通訳の素晴らしさも話題になっていますが、その通訳ぶりは「黒子」というよりはむしろ、近藤さんの「相棒」のような感じです。もちろん、バースライトの通訳ほど「自分を出す」ことはありませんが、この番組を見ていて、私は自分がやっているバースライトの通訳も、発言する講師や受講者の「相棒」になるような仕事だな、と思いました。

 

以上が、「母性のヨーガ」研修の現場としての様子です。次回は、この研修通訳は「案件としてどうなのか?」をお伝えしたいと思います。


中井 智恵美(なかい ちえみ)

通訳・翻訳者。早稲田大学第一文学部日本文学専修卒業。メーカー 総合職、地方自治体勤務の後、東京の通訳学校を経て、沖縄で通訳 デビュー。テキサス大学エルパソ校大学院にて哲学を履修。 翻訳書「お母さんと赤ちゃんが楽しむベビーヨーガ」(GAIA BOOKS、2012年)
通訳・翻訳のかたわら、バイリンガル育児普及のためのブログ「英語という贈り物」を公開中。福岡在住。