【第2回】東洋と西洋をつなぐヨーガの通訳「研修における私の役割」

前回は、私が通訳として「母性のヨーガ」に携わることになった経緯についてお伝えしました。通訳の仕事としては少し特殊なケースかもしれませんが、友人がゼロから立ち上げた「現場」の成長を内側からつぶさに見ることになった経験が、フリーランスの多い通訳者の皆様への何かの参考になればと思い、今回は、この研修がどんなもので、私はどんな風に携わっているのかをお伝えしたいと思います。

ヨーガには、いくつもの流派や種類があり、純粋なヨーガの枠組みを超えてさまざまなスタイルのヨーガが広がっています。バースライト*が提唱している「周産期ヨーガ」は「健康ヨーガ」の一種で、古典ヨーガの哲学と実技を周産期(妊娠、出産、産後、子育て)の女性のために応用しているものです。日本では既に、マタニティヨーガ、産後の骨盤矯正ヨーガ、ベビーヨーガなどは市民権を得ています。しかし普通はそれらが独立してバラバラに提供されているのに対し、バースライトでは、それらすべてを一貫した包括的な流れの中で扱っています。さらに最近では、不妊対策を含む「良い妊娠のためのヨーガ」、そして一般的な産後にとどまらない「更年期のためのヨーガ」まで、大人の女性のライフステージを網羅的にカバーしています。普通のヨーガインストラクターだった友人が、自分自身が受講してそのポリシーに惚れこみ、「何としても日本で広めたい」と準備を始めたのが、このバースライトの「母性のヨーガ」でした。
*バースライト:イギリス・ケンブリッジに拠点を置くティーチャートレーニングを提供する非営利団体。公式 Webサイト:https://www.birthlight.com/

このバースライトの「認定インストラクター養成コース」ですが、イギリス本部から日本に進出しようとするものではなく、日本での研修を希望する人(有志)が「現地コーディネーター」として名乗りを上げ、本部に要請して研修を開催してもらう、いわば草の根で広がる形になっています。ですから日本での研修も、友人が現地コーディネーターとして「バースライト・ジャパン」を立ち上げ、本部に研修の開催を要請するところから始まりました。本部で日本開催の許可が下りると、研修で使うテキストが渡され、その翻訳が始まります。私は、テキストを渡された時点では、日本で本当に開催できるのか半信半疑でしたが、かなりボリュームのあるテキストだったので、2015年の秋に少しずつ翻訳を始めました。

一方、現地コーディネーターとなった友人は、会場の手配から広告宣伝、参加者の募集や物品の準備まで、研修開催に必要な一切を取り仕切りました。また、本部側からバルセロナ在住のアメリカ人が「研修コーディネーター」として携わり、講師の日程調整や本部側のパブリシティ、旅行の手配、経理全般を担当します。最初の研修の講師はイギリスのケンブリッジから来ることが決まりました。本来、講師(イギリス人)、研修コーディネーター(アメリカ人)、現地コーディネーター(私の友人)が研修スタッフということになるのですが、事の成り行きから、通訳の私も、日本側のスタッフとして事前準備のかなりの部分に関わることになりました。

受講者については、「母性のヨーガ」認定インストラクターの研修ですから、ヨーガの女性インストラクターが多いのかと予想していたのですが、これまでの参加者は、ヨーガ関係者半分、看護師や助産師など医療関係者が半分という感じです。また、バースライト本部のパブリシティを見た海外からの申し込みもあり、これまで東南アジアから産婦人科医(中には男性医師も)が参加したり、在日米軍基地からドゥーラ**が参加したりしました。妊娠、出産、産後という、病気ではないけれど医療的な内容を扱うため、一般的なヨーガ以上に医学・解剖学的な内容が多く、私は、翻訳段階から解剖学のテキストなどで準備して、誤訳のないように務めています。また、医療関係者の中には、ヨーガの予備知識がなく参加する人もいるため、ヨーガに馴染みのない人にもその哲学が伝わるような表現を心がけています。
**ドゥーラ:もともとはギリシア語で「他の女性を助ける経験ある女性」の意で、出産前後の女性を支援する専門家。主に北アメリカで一般的。(産前から妊婦に寄り添い、出産に立ち会うこともある。産後は母親の精神面でのケアや授乳サポート、育児指導などを行う。)

この研修を会計面から見ると、収入の全ては受講者からの受講費でまかなわれています。支出については、講師への謝礼と本部に支払う一定のフィーについては金額が決まっていますが、残りは研修コーディネーターと現地コーディネーターの自由裁量となっており、ここに私が受け取る翻訳料・通訳料も含まれます。受講料も現地で決定して良いことになっていますが、定員は(そう厳密ではないものの)決まっています。日本での研修開催地は現地コーディネーターの友人が決めていますが、毎回、イギリスやスペイン、そして私の福岡からの航空券、それにスタッフ全員分の宿泊費も考えると、定員いっぱいまで受講者が集まらないと採算割れしかねない状況のようで、毎回、最後まで宣伝活動を行い、人を集めています。

以上が研修の全体像です。次回は、もう少し詳しく、研修の内容や通訳としての仕事についてお伝えしたいと思います。


中井 智恵美(なかい ちえみ)

通訳・翻訳者。早稲田大学第一文学部日本文学専修卒業。メーカー 総合職、地方自治体勤務の後、東京の通訳学校を経て、沖縄で通訳 デビュー。テキサス大学エルパソ校大学院にて哲学を履修。 翻訳書「お母さんと赤ちゃんが楽しむベビーヨーガ」(GAIA BOOKS、2012年)
通訳・翻訳のかたわら、バイリンガル育児普及のためのブログ「英語という贈り物」を公開中。福岡在住。