【第1回】東洋と西洋をつなぐヨーガの通訳「仕事の始まり」

1.はじめに

皆さん、初めまして。通訳界の自称スピ哲学者、中井智恵美と申します。今回より、私のライフワークの一環でもある「母性のヨーガ」の通訳について、コラムを書かせていただくことになりました。

東洋で生まれ、西洋に伝わり、今や世界中に広がるヨーガですが、皆さんはヨーガに対してどんなイメージをお持ちでしょうか?
今回の連載を始めるにあたり、夫(50代ガテン系公務員)に「ヨーガってどんなイメージ?」と聞いてみたところ、「怪しい。オウム真理教」と言われてしまいました。その答えに「えっ!今どき?」と、のけぞって驚いたのですが、ヨーガと言えば、今でも座禅を組んだ行者が空中に浮かんでいるイメージを持つ人もいるのかもしれません。

しかし、最近のヨーガは、Apple や Google が企業研修に取り入れたことなどから、女性だけでなく、エリートビジネスマンをはじめとする男性の間にも広まっているようです。
知的レベルが高く世界の流行に敏感な通訳者の中にも、ヨーガを実践している方はたくさんいらっしゃるのではないでしょうか? 私も、最初は自分の趣味としてヨーガのレッスンに通うヨーガ愛好者でした。

そんな風に世界中で流行しているヨーガには、さまざまな種類や流派があります。そして、私が通訳として仕事をしているのは、「女性のためのヨーガ」に特化している、イギリスに本部を置く「Birthlight」の日本支部「バースライト・ジャパン」の「母性のヨーガ」です。この団体が毎年イギリスから講師を招いて行う「認定インストラクター養成コース」の研修通訳を務めています。

通訳の仕事とは基本的には「受注産業」で、現場が発生して初めて仕事が生まれ、その仕事の依頼が来るのを待ちます。しかし、この「バースライト・ジャパン」の通訳に関しては、何もない所から現場を生み出していく、その最初の段階から関わることになりました。まず第一回目は、どうして私がその通訳をやるようになったのか、その経緯に触れたいと思います。

2011年、私は、麹町に拠点を構えていたアメリカの法律事務所でインハウス通訳者として働いていました。毎日、都下の自宅から1時間以上かけて通勤していたのですが、そこで東日本大震災に遭遇し、子供の安否が知れない中、いわゆる「帰宅難民」になるというトラウマティックな経験をしました。その結果、まだ幼い子供達を預けて長時間通勤を要する仕事が(心理的に)できなくなり、都心での案件を受けられなくなってしまいました。

そんな折、知り合いのヨーガインストラクターの女性から「『母性のヨーガ』を普及しているイギリスの団体(Birthlight)の日本支部に、通訳・翻訳として協力してほしい」と頼まれました。ちょうど震災で「母親の本能」が目覚めたところに「母性のヨーガ」というコンセプトが神の啓示のように聞こえ、ためらうことなく引き受けました。

ところが、よくよく話を聞いてみると、その日本支部「バースライト・ジャパン」というのは、その時点では彼女の熱意の中にだけ存在していて、実態としては影も形もなく、その実現に向けた現実的な見通しもまったくない状況でした。それを聞いて「これは、これから大変なことになりそうだ」というかすかな不安が頭をよぎったのですが、それ以上に「母になる女性の『母性』を育てる」というその哲学に魅かれ、衝動に突き動かされるようにプロジェクトは動き始めました。

手始めにやったのは、ベビーヨーガの翻訳書の出版でした。著者や出版社との交渉をしたり、独自の用語にぴったりの日本語訳を創り出したり、また、本部のイギリス人インストラクターや知り合いの小児科医の協力も仰ぎました。こうして完成させた「お母さんと赤ちゃんが楽しむベビーヨーガ(2012年)」が、「母性のヨーガ」を日本に紹介する最初のステップとなりました。

その後、私は通訳・翻訳者として、彼女はヨーガ・インストラクターとして、経験を積みながら準備を重ね、この団体の日本初の研修を開催したのは2017年のことでした。始動から最初の研修まで6年もかかりましたが、そこからは順調に受講者も増え、今後も毎年研修を行なっていく予定です。

というわけで、私のライフワークともなったヨーガ通訳ですが、次回以降は、この研修は誰がどのように進めているのか、受講者はどんな人達なのか、研修の内容はどのようなもので、通訳の現場としてはどんな苦労があるのか、など、実際の現場について詳しく紹介して行きたいと思います。


中井 智恵美(なかい ちえみ)

通訳・翻訳者。早稲田大学第一文学部日本文学専修卒業。メーカー総合職、地方自治体勤務の後、東京の通訳学校を経て、沖縄で通訳デビュー。テキサス大学エルパソ校大学院にて哲学を履修。翻訳書「お母さんと赤ちゃんが楽しむベビーヨーガ」(GAIA BOOKS、2012年)
通訳・翻訳のかたわら、バイリンガル育児普及のためのブログ「英語という贈り物」を公開中。福岡在住。