【第1回】通訳ブースは宝の山「大統領はby the wayがお好き―前編」

アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長による第二回米朝首脳会談が2月27-28日にハノイで開かれた。だが、会談は思いがけず不調に終わった。民放テレビ局の同時通訳ブースに張り付いていた筆者にも、合意不成立との情報が早くから伝わってきた。前倒しになった記者会見の場にトランプ大統領が現れたのは、午後4時少し前(日本時間)だった。

物別れというまさかの結果に、トランプ大統領の表情は硬く、いつもの気迫は感じられなかった。それでも記者に不機嫌で失礼な態度を取ることもなく、第一回米朝首脳会談後(2018年6月)の記者会見と同様、なかなかの記者裁きで次々と質問に答えていった。

アメリカ側によると、北朝鮮側はニョンビョンの核施設の廃棄と引き換えに、すべての制裁解除を求めたが、アメリカ側はそれでは取引できないと交渉の席を立った。一方、北朝鮮側は、制裁解除は一部しか求めなかったと主張。食い違いはあるが、双方とも交渉継続の意思は示している。会談については専門家がすでに分析し尽しているので、ここでは少し違った角度から私見を述べたい。

人は、今までの文脈とは違った話を持ち出したり、急な思いつきを口にしたりするときに、「ところで」という言葉を使う。日本人の多くは、学校教育の成果により、英語ではby the wayというと記憶している。だが、筆者の個人的感触では、英語ネイティブは、英語を話す日本人ほど使わないような気がしていた。正確な統計は取るべくもないが、通常の会話や通訳をしていて、by the wayに遭遇することはほとんどなかったからだ。

あるアメリカ大手企業のCEOの通訳をしていた時のこと。パーティの席上で、ふと間が空いたときに、CEOが急にこちらを見て、”By the way, you have beautiful teeth!”(ところで、歯がキレイだね)と言った。“あ、ありがとうございます”、“え、歯だけ?”、“お、by the way を使った”と、様々な思いが交錯した。あまり聞かれないと思っていたby the wayを使ってそんな事を言われたので、とても印象に残っている。

ところが、第二回米朝首脳会談後の記者会見では、筆者のこうした認識をくつがえすかのようにトランプ氏は何度もby the wayを使った。ホワイトハウスのトランスクリプト1)とYouTube2)で確認すると、38分の会見中に6回もby the wayを使っていた。なお、第一回米朝首脳会談後の記者会見(この時も同じテレビ局で同通を担当した)でも、65分の会見中2回使っていた。

では、今回、それぞれのby the wayはどのように使われたのだろうか。

  1. トランプ氏はニョンビョンの核施設の廃棄だけでは制裁の全面解除には応じられないと述べ、 And I want to tell you, by the way- (17’ 48)(ところで、ちょっと言っておくけど)、「北朝鮮は成長の可能性を秘めているので、自分も制裁解除をしたいんだが、、、」と続けた。合意せずとの自らの決断を擁護しつつ、北朝鮮の潜在力に言及して北朝鮮をつなぎとめようとしている。そのためのby the wayだった。
  2. 米韓共同軍事演習はカネがかかりすぎるので止めたが、他の豊かな国にもアメリカはカネを使って守っていると言い、And those countries – by the way, and those countries know that it’s not right, but nobody has ever asked them before. (27’ 23) (こうした国々も―ところで、それがよくないことだと分かっているのだが、これまで誰も言わなかった)と言った。安全保障費の問題は、アメリカが問題視しているだけではない、防衛支援を受けている国も認識しているのだと強調するため、by the wayを使った。
  3. アメリカ人青年のオットー・ウォームビアさんが北朝鮮を旅行中に当局に拘束され、2017年に脳損傷を受けてこん睡状態で帰国し、死亡したことについて、キム氏に問いただしたかと記者が質問。トランプ氏はAnd when they had to send him home-by the way, I got the prisoners back. I got hostages back. (28’ 34)(北朝鮮が彼を帰国させなくてはならなくなったときに、、、ところで私は捕虜を帰国させたし、人質も帰国させた)と答えた。オットーさんの悲劇は北朝鮮の人権侵害の顕著な例とみなされているので、話を続けることはキム批判につながる。今やキム氏を友人と呼ぶトランプ氏としては、それを避け、自身が誇れる戦争捕虜(遺骨)や人質の返還に話を持っていった。そのためのby the way だった。

* 紙面の関係で、続きは次回に譲ります。お楽しみに!

  1. https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-press-conference-hanoi-vietnam/ (ホワイトハウスのトランスクリプト)
  2. https://www.youtube.com/watch?v=4aQ79BJuDtc

袖川裕美(そでかわ ひろみ)

東京外国語大学フランス語学科卒。ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ)修士課程修了。1994年から4年間、BBCワールドサービス(ロンドン)で放送通訳。帰国後、フリーで放送通訳(NHK・BS、BBC、CNNなど)や会議通訳に従事する。2015年から愛知県立大学外国語学部英米学科准教授。著書の『同時通訳はやめられない』(平凡社新書・2016年)は、朝日新聞・天声人語(2017.1.10)をはじめ主要紙の書評で取り上げられた。『通訳者・翻訳者になる本2018』(イカロス出版)では、プロの通訳者として巻頭記事で紹介される。テレビ東京『たけしのニッポンのミカタ』(2018年4月)に出演。同時通訳者として密着取材を受けた。