【第3回】チャーリーの金融英語「『スラック』から考える失業率 (その2)」

金融翻訳者のチャーリーこと鈴木立哉さんが、様々な金融用語の背景を紹介し、翻訳者としてどのような思考過程で訳語を考えたのかを解説する連載(不定期)の第3回です。プロの思考法をお楽しみください!


前回はイエレン前FRB議長のスピーチを取り上げたが、「スラック」に入らない「失業者」や「失業者」に入らない「スラック」など、直感に訴えやすい事例が並列的に紹介されているものの、それぞれの段落で語っている内容の次元が異なるので、何となくわかったようなわからないような気になったのではないか。

そこで、基本に立ち返り、そもそも失業率とは何か、その構成要素である失業者、就業者とは何か。次に現在の(米政府の発表している公式の)失業率にはどういう問題があり、それを補う指標として何があるのか、等について2回に分けて掘り下げたい。もちろん、あくまでも翻訳あるいは通訳をする際の参考にするというのがこの連載の目的なので、あまり深く突っ込み過ぎないよう留意しつつ、出典を極力明示しておくので、本稿をお読みになって深く勉強したい方はそちらを直接ご参照いただきたい。

失業者や失業率については国際労働機関(ILO)の基準があり、加盟国は(細かい基準等はともかく)概ね似たような指標を定めている。本稿では米国労働省(United States Department of Labor)、労働統計局(Bureau of Labor Statistics「BLS」)の定義に従って説明していく[注1]

スラック1―基本中の基本:「U3失業率」

ILOが定める全世界共通の失業率指標であり、我々(つまり米国でも日本でも中央銀行をはじめとする各国の行政府、新聞雑誌、メディア等)が「失業率」と呼んでいる失業率がこれ。米国ではBLSが発表しているU1からU6まで6つの「失業率」のうちの1つで、注目度も最も高い[注2]

U3失業率=失業者/労働力人口

Total unemployed, as a percent of the civilian labor force (official unemployment rate)
*「労働力人口」に占める「失業者」の割合ということ。
以下、それぞれの言葉の意味を説明する。

失業者(Unemployed)(「失業率」の分子、かつ「失業率」の分母「労働力人口」の一部)

BLS(労働統計局)による「失業者(Unemployed)」の定義

米国労働省の国勢調査局(The U.S. Census Bureau )が毎月実施している人口動態調査(the Current Population Surveyの結果[注3]、次の3条件すべてに該当する者が「失業者」(unemployed)と分類される。

  • They were not employed during the survey reference week.
  • They were available for work during the survey reference week, except for temporary illness.
  • They made at least one specific, active effort to find a job during the 4-week period ending with the survey reference week (see active job search methods) OR they were temporarily laid off and expecting to be recalled to their job.

要するに、失業者とは、(ⅰ)現在は就業していないが、(ⅱ)直近4週間で1度は求職活動をしている、(ⅲ)就業可能な者のこと。

*辞書で「失業」と引くと(a) 職を失うこと。失職。会社が倒産して-する。(b)社会の労働力の一部が雇用されていない状態。「失業者」は失業した人。定職を失った人。失職者(いずれも『大辞林』)とある。「失業」というと上の(a)のイメージが一般的だが、新聞等で報道される「失業率」という時の「失業」の定義とは異なることに注意(巻末の補説でもこの点に少し触れている)。

就業者(Employed)(「失業率」の分母「労働力人口」の一部)
BLSの定義:In the Current Population Survey (CPS), people are classified as employed if, during the survey reference week, they meet any of the following criteria:
(次のいずれかに該当する者が「就業者」)

  • worked at least 1 hour as a paid employee (see wage and salary workers)
  • worked at least 1 hour in their own business, profession, trade, or farm (see self-employed)
  • were temporarily absent from their job, business, or farm, whether or not they were paid for the time off (see with a job, not at work)
  • worked without pay for a minimum of 15 hours in a business or farm owned by a member of their family (see unpaid family workers)

要するに「現在、有給で(自営を除く)働いている人々」ということ。上の定義にあるように(週に少なくとも1時間働いていれば)主婦のパートや学生バイトも就業者だ、という点を抑えておく。

労働力人口(civilian labor force, or labor force)(「失業率」の分母)とは
BLSの定義:The labor force includes all people age 16 and older who are classified as either employed and unemployed, as defined below.
Conceptually, the labor force level is the number of people who are either working or actively looking for work.

労働力人口とは、①16歳以上の②就業者(employed)と失業者(unemployed)のこと。
考え方としては、現在働いている人々(employed)か、積極的に仕事を探している16歳以上の人々(unemployed)の合計。

スラック2:「働いていないが失業者ではない人々」と、「働いているから失業者ではないのだが、やむを得ずフルタイムでは働けない人々」を含める:U6失業率(広義の失業率)

BLSの定義:U-6 is the broadest measure of labor underutilization. In addition to the total number of unemployed and all people marginally attached to the labor force, U-6 includes people at work part time for economic reasons (also called involuntary part-time workers) and is expressed as a percentage of the civilian labor force plus the marginally attached.
U6失業率は米労働省が発表する6種類の失業率のうち最も広義のもの[注4]

U6:(失業者+縁辺労働者+経済的理由によるパートタイム労働者)/(労働力人口+縁辺労働者)
BLSの定義:U-6 is calculated as: ( (Total Unemployed + Marginally Attached to the Labor Force + People at Work Part Time for Economic Reasons) ÷ (Labor Force + Marginally Attached to the Labor Force) ) x 100

(a) 縁辺労働者(Marginally Attached to the Labor Force)
BLSの定義:In response to survey questions, people marginally attached to the labor force indicate that they have searched for work during the prior 12 months (or since their last job if it ended within the last 12 months), but not in the most recent 4 weeks. Because they did not actively search for work in the last 4 weeks, they are not classified as unemployed. In other words, the marginally attached are people who say they want a job, but who have recently stopped looking for work.
①働く意欲があり、②過去12カ月間で求職活動を1度は行ったものの、③過去4週間では求職活動を行っていない(したがって「失業者」にならない)非就業者(non-employed)は、労働市場にギリギリ近い人々、という意味で「縁辺労働者」(marginally attached to the labor force)と分類されている。

(b)経済的理由によるパートタイム労働者(people at work part-time for economic reasons)
BLSの定義:This category includes people who gave an economic reason when asked why they worked 1 to 34 hours during the reference week
パートタイム労働者(週35時間未満の労働者)はそもそも「就業者」((1)②の定義を参照)なので、失業者ではない。このうち、フルタイム就業を希望し、就労可能であるにもかかわらず、経済的理由によってそれがかなわずにパートタイムで働いている人たちだ。上の定義ではalso called involuntary part-time worker、つまり、「非自発的な」パートタイム労働者と説明を付け加えている。したがってこの層も労働市場のスラックに入るだろうというわけ。

経済的理由としては、労働時間の削減(slack work)、事業環境の悪化(unfavorable business condition)、フルタイム労働が見つからない(inability to find full-time work)、季節的な需要減少(seasonal declines in demand)などが挙げられている。

以上のように、労働市場には定義上「失業率(U3失業率)」に含まれないが働く意欲のある非就業者(縁辺労働者)と、(週に最低1時間は)働いているので定義上「就業者」に分類されている(つまり失業者ではない)が、フルタイム労働をしたくてもできない人々が「スラック」として存在している。中道右派のシンクタンク、ニスカネン・センター(Niskanen Center)[注5]のシニア・フェローで経済学者のEd Dolanは、2013年の記事「『広義の失業率』が本当に語っているのは何か?」(“What Does the U-6 ‘Broad Unemployment Rate” Really Tell Us?”)(Dolan ①)の中で、特に2007年に世界金融危機が勃発して一気に不景気になり、その後の景気回復が遅いことを受け、従来のU3失業率には本当に苦しい人々(労働市場からはじき出されているスラック)が反映されていないとして、経済学者や政策担当者の間でU6失業率への注目度が高まっていると指摘した[注6]

さらにDolanは図表1を用いて、U6とU3の差(青)に最も大きな影響を与えているのが、非自発的な(経済的理由による)パートタイム労働者であることを示し(赤)、経済的苦境の大きい時こそU6にも注目すべきだ、と主張した。

(図表1)出所: “What Does the U-6 “Broad Unemployment Rate” Really Tell Us?”, Ed Dolan’s Eco Blog, September 16th, 2013 

2008年にノーベル経済学賞を受賞したPaul Krugmanも、2014年にニューヨークタイムズ紙に寄せたコラムで、「ここに来て失業率が下がってきているのは、雇用が伸びているからではなく、積極的に求職している人々の割合が下がっているからだ(Unemployment has fallen a lot recently, but for a peculiar reason: not so much rising employment as a falling share of the population actively looking for work.)」として、「最低限、U3とU6の2つを分析すべきだ(My take on this is that at the very least you should look at both measures)。すると、現状では労働市場にはまだまだスラックが多いことがわかるだろう。インフレ率の低さにもそれは反映されている」と分析し、景気刺激策をもっと講じるべきだと主張している[注7]

以上、ここまでBLSのU3失業率、それを補うU6失業率を紹介してきたが、実はU6失業率にも大きな問題が二つある、Dolanは2019年5月にも「労働市場のスラックについて失業率からはわからないこと」(What the Unemployment Rate Doesn’t Tell Us About Labor Market Slack)という記事を発表しそれを指摘し、U6よりも優れた失業率としてリッチモンド連銀のHornstein-Kudlyak-Lange非雇用指数NEI(Non-Employment Index:NEI)を紹介している。長くなったので今回はここまで。以下次号に続く(乞うご期待、なんちゃって)。

【注釈】

注1.以下、「BSLの定義」の英文の出典はすべて、https://www.bls.gov/cps/definitions.htm#refweekから(「BLS定義」)

注2.失業者や失業率、労働力人口など、労働力調査に基づく日本における用語については、総務省統計局の次のページを参照のこと。各用語の基本的な捉え方はILOに準拠、つまり米国と同様だが細かい点が異なっている。たとえば労働力人口をみると「15歳以上の人口のうち,『就業者」と『完全失業者』を合わせたもの」と定義されている。なお本稿では米国の例をとりあげて説明していく。

注3.人口動態調査詳しい調査方法等は
https://www.census.gov/programs-surveys/cps/technical-documentation/methodology.htmlを参照。なお、日本の労働力調査については、
https://www.stat.go.jp/data/roudou/pdf/hndbk.pdf を参照のこと。

注4.6つの失業率については、補説で説明する。

注5. http://www2.jiia.or.jp/pdf/research/H30_US/08_miyata.pdf

注6. Ed Dolan, “What Does the U-6 ‘Broad Unemployment Rate” Really Tell Us?, ” September 16th, 2013, Ed Dolan’s Econ Blog ( Dolan①) 

注7.Paul Krugman “The Case for a Better U”, the New York Times January 17, 2014 


鈴木立哉(すずきたつや)

金融翻訳者。あだ名は「チャーリー」。一橋大学社会学部卒。米コロンビア大学ビジネススクール修了(MBA:専攻は会計とファイナンス)。野村證券勤務などを経て、2002年、42歳の時に翻訳者として独立。現在は主にマクロ経済や金融分野のレポート、契約書などの英日翻訳を手がける。訳書に『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版)、『Q思考――シンプルな問いで本質をつかむ思考法』(ダイヤモンド社)、『世界でいちばん大切にしたい会社 コンシャス・カンパニー』(翔泳社)、『ブレイクアウト・ネーションズ』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)など。著書に『金融英語の基礎と応用 すぐに役立つ表現・文例1300』(講談社)。