【第11回】チャーリーの金融英語 「二つの『デカップリング』(後編)」

(執筆:2022年12月30日)

前編はこちらから

3.米中分離論としての「デカップリング」

2009年以降、幻想の「デカップリング論」が衰退するとともに、次のような「デカップリング論」が目立ち始めた。

記事10:(欧米の)中国からの「デカップリング」

The Western decoupling from China is accelerating across all dimensions of trade (goods, services, capital, labor, technology, data, and information). (欧米の中国からのデカップリングは、貿易のあらゆる次元(財、サービス、資本、労働、技術、データ、情報)において加速している)。Other strategic rivals to the West may soon add to the havoc.(他の戦略的競合国も間もなく大混乱に陥るかもしれない)。 Iran’s crossing the nuclear-weapons threshold would likely provoke military strikes by Israel or even the U.S., triggering a massive oil shock.(イランが核兵器の敷居を越えれば、イスラエルや米国による軍事攻撃を誘発し、大規模なオイルショックを引き起こす可能性がある)。 (”We’re Heading for a Stagflationary Crisis Unlike Anything We’ve Ever Seen(これまで経験したことのないようなスタグフレーションの危機に向かっている)”, Time, October 13, 2022) https://time.com/6221771/stagflation-crisis-debt-nouriel-roubini/ 

記事11:(中国の)米国からの「デカップリング」

If China and the United States went to war over Taiwan, Beijing could direct Chinese shipping companies to interfere with U.S.-bound products or resources.(もし中国と米国が台湾をめぐって戦争になれば、北京は中国の海運会社に対して米国行きの製品や資源を妨害するよう指示することができる)。 Beijing has shown its willingness to play hardball on other occasions, including blocking a range of imports from Australia after it called for an investigation into the source of the coronavirus.(北京はこれまでにも、オーストラリアがコロナウイルスの感染源に関する調査を求めると、オーストラリアからのさまざまな輸入を阻止するなど、強硬手段に出る姿勢を示してきた)。Trade disruptions would hurt China, too. But it’s easier for authoritarian regimes to suppress dissent over asking their citizens to endure economic pain, and Beijing is moving to insulate itself from such shocks through economic decoupling from the United States.(貿易の混乱は中国にとっても痛手となる。しかし、権威主義的な政権にとっては、国民に経済的苦痛を強いるよりも反対意見を弾圧する方が容易で、北京は米国から経済的に分離すること(=デカップリング)によって、このようなショックから自らを守ろうと動き出している)。
(” A U.S. ‘Ships Act’ Would Break China’s Control of the Seas”(米国は新たな船舶航行法を制定し、中国による海の支配を阻止せよ), The  New York Times, October 3, 2022) https://www.nytimes.com/2022/10/03/opinion/china-us-shipping-security.html?searchResultPosition=4   

前編の冒頭に示した5年ごとの”decoupling”検索結果からも推測できるように、「デカップリング(decoupling)」という言葉が「新冷戦」を連想させる、政治的・経済的分断を意味する言葉として使われるようになったのはそれほど昔ではない。

皆さんは、次の”事件”を憶えておられるだろうか。

記事12:ファーウェイ追放へ(2018年4月)

【ワシントン=鳳山太成】米連邦通信委員会(FCC)は17日、国内の通信会社に対し、安全保障上の懸念がある外国企業から通信機器を調達するのを禁じる方針を決めた。対象企業は今後詰めるが、華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)の中国大手2社を念頭に置く。中国政府のスパイ活動に使われることを警戒する。激しい貿易摩擦を抱える米中の新たな火種となりそうだ。 (「米、中国大手2社の通信機器 調達禁止へ」 日本経済新聞2018年4月18日)*日本経済新聞の記事は有料記事です。 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO29518200Y8A410C1000000/ 

そして、米中間で関税合戦が始まった。

記事13:米中関税合戦とは(2020年1月)

「米中関税合戦とは」 18年7月から1年超続く

きょうのことば  

▼米中関税合戦 米国は中国による知的財産権侵害に対する制裁措置で、2018年7月に産業機械など340億ドル(約3兆8千億円)相当の中国製品に25%の関税を上乗せした。中国も大豆などの米国製品に報復関税をかけた。この「第1弾」が1年以上にわたって続く米中関税合戦の始まりになった。

18年8月には第2弾として・・・ (2020年1月15日付日本経済新聞「きょうのことば」より) https://www.nikkei.com/article/DGXKZO54391900U0A110C2EA2000/ 

こうした流れの中で、ニューヨーク・タイムズ紙が米中分離の意味でdecouplingを最初に使ったのは、恐らく次の記事(2018年11月25日)ではないかと思われる。

記事14:Engagement(関与)からStrategic Competition(戦略的競争)の時代へ(2018年11月)

With his secret trip to Beijing in 1971, Mr. Kissinger kicked off an era of engagement marked by the stubborn belief that bringing China out of its isolation through trade and investment would make America safer — and perhaps make China more like America. (1971年、キッシンジャー氏は極秘裏に北京を訪れ、貿易と投資を通じて中国を孤立から脱出させれば、アメリカはより安全になり、おそらく中国はアメリカのような国になるだろうという頑固な信念に基づく「関与の時代」をスタートさせた)。That era now seems to be ending, giving way to a more hostile one, with a trade war encouraged by Mr. Bannon and the ascendancy of his view that the United States must confront China while it still can.(その時代は今、終わりを告げようとしているようだ。バノン氏が推進する貿易戦争や、米国は今のうちに中国と対決しなければならないという同氏の見解が台頭し、より敵対的な時代へと移行しようとしている)。

Strategic Competition(戦略的競争)

For all of Mr. Obama’s wariness on trade, he was as committed to engaging China as each of his predecessors going back to Nixon. オバマ氏は貿易に慎重だったが、ニクソン大統領以降の歴代大統領と同様、中国との関係を重視した)。He sought global issues, like climate change and nuclear nonproliferation, on which the United States and China could work together. (気候変動や核不拡散など、米中が協力し合えるグローバルな課題を模索した)。But his strategy, known as the “Asia pivot,” also called for a greater American diplomatic and military presence in the region, to try to manage China’s rise.(しかし、「アジア回帰政策」と呼ばれる彼の戦略は、中国の台頭に対処するため、この地域におけるアメリカの外交的・軍事的プレゼンスの拡大を求めたものでもある。

The Trump administration has rejected the Obama strategy, branding it naïve and inadequate. (トランプ政権は、オバマ政権の戦略を否定し、弱腰で不適切だと烙印を押した)。It has adopted a more combative approach, formally designating China a “strategic competitor” and “revisionist power,” one that is trying to rewrite the rules of the post-World War II order to match its own interests and ambitions. (中国を公式的に「戦略的競争相手」「修正主義国家」と位置づけ、自国の利益と野心に合わせて第二次世界大戦後の秩序のルールを書き換えようとしているとして、より戦闘的なアプローチを採用したのだ)。Mr. Trump’s aides say that China has gotten away with too much for too long, and that only a show of American strength can force it to change its behavior.(トランプ氏の側近は、中国はあまりにも長い間、あまりにも多くのことを持ち逃げしてきた。今やアメリカの力を示すことによってのみ、中国の行動を変えさせることができる、と言っている。)

The cornerstone of this policy has been the trade war, with new tariffs on $250 billion worth of Chinese exports in place and Mr. Trump threatening more. Yet the administration’s objective is uncertain.(この政策の要は貿易戦争であり、2500億ドル相当の中国の輸出品に対する新たな関税が導入され、さらに多くの関税をかけると脅している。しかし、政権の目的は不透明だ)。

Mr. Trump has floated various demands that would be difficult to enforce or require a wholesale overhaul of the Chinese economy, including a sharp reduction in the trade deficit and an end to coercive technology transfers. (トランプ大統領は、貿易赤字の大幅削減や強制的な技術移転(注:中国に進出している外国企業に技術移転を強制し、従わなければ中国市場への参入などを制限すること)の中止など、強制が困難な、あるいは中国経済に対する全面的な見直しを必要とする様々な要求を持ち出している)Some trade and security hawks have urged “decoupling” the United States entirely from the Chinese economy.(貿易・安全保障のタカ派からは、米国を中国経済から完全に切り離す「デカップリング」を求める声も出ている。)
(“The U.S. adopts a hard line against China, and an era of engagement recedes into the past.”(米国は対中強硬路線に舵を切り、互いに関与し合う時代が後退する)), The New York Times, November 25, 2018) https://www.nytimes.com/interactive/2018/11/25/world/asia/china-us-confrontation.html?searchResultPosition=8

  (注) キッシンジャー(Henry Kissinger)氏はニクソン政権下で国家安全保障担当の大統領補佐官(Assistant to the President for National Security Affairs)として1971年に中国を電撃訪問、その後ニクソン、フォード政権下で国務長官を務めた人物(現在99歳)。バノン(Stephen Kevin Bannon)氏は、対中強硬派の政治戦略家としてトランプ大統領の任期の最初の7カ月間、ホワイトハウスの首席戦略官(White House Chief Strategist and Senior Counselor to the President)を務めた人物で、昨年6月の米議会襲撃の調査委員会への償還に応じずに有罪判決を受けた。

これはニューヨーク・タイムズ紙が “China Rules: They didn’t like the West’s playbook. So they wrote their own.”(中国のルール:彼らは欧米のプレーブックが気に入らなかったので自前のものを書いた)”というタイトルで5回に分けて行った大特集の一部。引用はその第5部The Road to Confrontation(対立への道)からの引用だ。

冒頭で「decoupling」1語での検索結果をご紹介したが、今度はdecoupling」「China」でAND検索(記事の中でどちらの語も入っている記事を検索)し、それを年ごとに示す(余談だが、Google検索では複数の言葉を並列して入れると自動的にAND検索になるのに対し、ニューヨーク・タイムズ紙の場合、ただ並べただけではOR検索になってしまうので注意されたい)。

ニューヨーク・タイムズ紙から「decoupling」「China」でAND検索した記事数

2015年 1件(10)

2016年 3件(13)

2017年 1件(11)

2018年 1(8)

2019年 25件(32

2020年 30件(41

2021年 17件(30)

2022年 25件(44)(12月28日まで)

*( )内は、それぞれの年の「decoupling」1語で検索した記事数。

2015~2018年の記事を1件ずつチェックしたところ、2015年の「1件」は環境問題、2016年の「3件」は環境問題、中国とは無関係の国際問題と人種問題、2017年の「1件」は米欧関係。そして、2018年の「1件」が上に紹介した記事だ。以上から、米中分離のdecouplingは2018年以降に使われ始め、その後コロナ危機の勃発も重なってブーム化したとの仮説はたてられそうだ。日本語の記事を1件紹介しておく。

記事15:「新冷戦」への動き(2021年4月)

中国台頭に直面する米トランプ政権は米国第一主義を掲げ、前政権の融和的姿勢と決別、中国との対立姿勢を明確化。安全保障に直結する先端技術分野での競争は非妥協的となり「新冷戦」やデカップリング論が台頭。

米国が各国の5Gのインフラ構築に中国製品を使用しないよう働きかけていることを受け、同盟国を中心に追随する動きがみられ、今後、ハイテク技術分野では米中のデカップリングが進む公算。(2021年4月6日) (「今後の米中関係の方向性とそれに伴う地政学リスクの見通し及び主要各国の対応」公益財団法人 国際通貨研究所定跡研究員 梅原直樹 福地亜希) https://www.iima.or.jp/docs/newsletter/2021/nl2021.04.pdf 

この後、2020年の年末からコロナ危機が勃発して両国の対立が先鋭化。2022年にロシアのウクライナ侵攻で中ロ接近・・・と緊張状態が続いている。

今後、米中デカップリングはどう進むのか?を考える際にヒントになりそうな記事がみつかった。2022年12月14日、公益社団法人 日本経済研究センターが「中国 GDP、米国超え困難に」とのレポートを発表し、その5日後にウォール・ストリート・ジャーナル紙がこれを報じたのである。

記事16:China’s Economy Won’t Be Number One by Wall Street Journal(2022年12月)(記事下のカーソルを左から右にスクロールしてお読みください)

China’s ruling Communists believe the U.S. is in decline while they are the vanguard of history, but perhaps they’re getting ahead of themselves. That’s the latest judgment of the Japan Center for Economic Research (JCER), which now assesses that China’s economy won’t surpass America’s in size by 2035 after all.(中国共産党は、米国が衰退し、その間に自分たちは歴史の先端を走っていると信じているが、それは先走りかもしれない。日本経済研究センター(JCER)は、2035年までに中国の経済規模が米国を上回ることはないとみている)。

JCER issues a periodic assessment of trends in Asia-Pacific economies, and as recently as 2021 it forecast that China’s nominal GDP would exceed America’s by 2029. No longer. The Japanese think tank now estimates that the U.S. will maintain a healthy lead over the People’s Republic, with U.S. GDP exceeding $41 trillion in 2035. China’s will be closer to $36 trillion.(JCERはアジア太平洋地域の経済動向について定期的に評価を発表しており、直近の2021年の調査では、中国の名目GDPが2029年にアメリカを追い越すと予測していた。しかし、現在の見立ては違う。米国が中国に対中で健全なリードを維持し、2035年には米国のGDPが41兆ドルを超えるのに対し、中国のGDPは36兆ドル近くになるとみているのだ)。

The reason? President Xi Jinping’s policies and the global reaction to them. “The Xi Jinping regime in its unprecedented third term, the zero-COVID policy, and the U.S.-China decoupling that prevents access to advanced technologies become a heavy burden on the Chinese economy,” JCER economists write in a report issued last week. (その理由は、習近平国家主席の政策とそれに対する世界の反応だ。「前例のない3期目の習近平政権、ゼロコロナ政策、先端技術へのアクセスを妨げる米中デカップリングは、中国経済にとって大きな負担となる」と、JCERのエコノミストたちは先週発表した報告書に記している)  
・・・

The JCER report is no cause for U.S. complacency. But it is a reminder that America retains important strengths rooted in private innovation and free-market competition. Imitating Chinese industrial policy and protectionism isn’t the path to remaining number one. Staying true to ourselves is.(JCERの報告書は、米国が自己満足に陥る原因にはならないが、米国には民間の技術革新と自由市場競争に根ざした重要な強みが残っていることを思い出させてくれる。中国の産業政策や保護主義を真似ることは、ナンバーワンであり続けるための道ではない。その道は、自分たちに忠実であり続けることだ)。
(” China’s Economy Won’t Be Number One – A Japanese report says China’s GDP won’t soon exceed America’s.” By The Editorial Board Dec. 19, 2022) https://www.wsj.com/articles/china-wont-be-number-one-japan-center-for-economic-research-report-economy-xi-jinping-11671464293?mod=Searchresults_pos1&page=1

*なお、この記事の出所となった「中国 GDP、米国超え困難に―標準シナリオ、習氏3期目で逆風―2030 年代、1%台成長定着の可能性」というタイトルのレポート(日本語です)は以下に公開されている。ご関心のある方はどうぞ。   https://www.jcer.or.jp/jcer_download_log.php?f=eyJwb3N0X2lkIjo5OTQyNCwiZmlsZV9wb3N0X2lkIjo5OTQyMX0=&post_id=99424&file_post_id=99421   

さて、中国はこの記事の直前(12月7日)にゼロコロナ政策を唐突に緩和(テレビ東京の「モーニングサテライト」は「ゼロコロナ政策の破綻」と繰り返し言っている)した。日本経済新聞には「中国の衛生健康委、感染者数の公表停止 傘下組織に移管」(2022年12月25日)「中国コロナ感染急増 浙江省で1日100万人超え」(2022年12月25日)の見出しが並んでいる。米中デカップリングが今後どう展開し、我々の社会や生活にどのような影響が及ぶのだろう?

最後に、次の解説記事を読んでみてほしい。私が今朝(2022年12月30日)に検索したものである。某大手金融機関のページだが、敢えて出所は明示しない。

記事17:某社の用語集より(2022年12月に検索)

デカップリング|証券用語解説集
読み:でかっぷりんぐ
分類:経済
主に先進国経済と新興国経済の非連動を指す。米国での信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題が深刻化した際、先進国と新興国の経済のデカップリング論が盛んになって言葉も広まった。当時はサブプライムローン問題で落ち込んだ先進国の景気を内需が好調な新興国の高成長でカバーし、結果的に世界経済は成長が続くという考えが台頭した。新興国の景気が足踏み状態になり、先進国の景気が下支える場合を「逆デカップリング」ということもある。

本稿をここまでお読みになった方は、この記事が「古い」、あるいは少なくともミスリーディングであることにすぐに気づくはずだ。「当時は・・・」と書いているのだから、だったら今の評価はどうか、を書かないと読者は誤解する。しかもこのページには更新日時が書かれていない(少なくとも私は見つけられなかった)。インターネット情報が爆発的に拡大する時代、内容を峻別する責任は主に読者側にあると私も思うが、各社は、せめて自社で発信する情報管理くらいはきちんとやってほしいと切に願う次第である。

*なお、本稿では触れなかったが、「デカップリング」については非常に重要なもう一つの概念として、経済成長を推し進めながら天然資源や環境の保護を目指す環境分野の「デカップリング」がある。これについては別の機会に譲る。


鈴木立哉(すずきたつや)

金融翻訳者。あだ名は「チャーリー」。一橋大学社会学部卒。米コロンビア大学ビジネススクール修了(MBA:専攻は会計とファイナンス)。野村證券勤務などを経て、2002年、42歳の時に翻訳者として独立。現在は主にマクロ経済や金融分野のレポート、契約書などの英日翻訳を手がける。訳書に『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版)、『Q思考――シンプルな問いで本質をつかむ思考法』(ダイヤモンド社)、『世界でいちばん大切にしたい会社 コンシャス・カンパニー』(翔泳社)、『ブレイクアウト・ネーションズ』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)など。著書に『金融英語の基礎と応用 すぐに役立つ表現・文例1300』(講談社)。