【第7回】今日も苦し紛れ!放送通訳のブースから「~a yearbook photo~」
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幼少期に私はオランダとイギリスに暮らしていました。アムステルダムで通っていたのはアメリカン・スクール。よってカリキュラムは米国準拠のものでした。当時はアメリカ人の師弟に次いで日本人の生徒数が多かったですね。日本の高度経済成長期で、海外駐在員が増えていた時期でした。
その後、転入したロンドン郊外の私立女子校は英国国教会を母体にした幼稚園から高校までの一貫校。アムス時代同様、9月に始まり6月に終わるという年度でしたが、大きな違いがありました。それは「学校アルバム」です。
アメリカン・スクールでは年度終わりになると、全校生徒をとらえた写真アルバムが毎年配布されました。クラス写真や授業の様子、発表会や社会科見学などのスナップもあり、一冊のアルバムになっていたのですね。クラス集合写真には名前も添えられていましたので、全校生徒の顔と名前が一致します。先生方の写真もありました。日本とは異なり、正面を向いたものではなく、何かの機会にパチリと撮影したような感じ。自然体でした。
一方、イギリスの学校ではいわゆるアルバムは存在せず。全校生徒を集めて全体写真をとったものだけで、しかも私が在籍していた4年間のうち一度しか撮影がありませんでした。一貫校でしたのでかなりの生徒数。前後4列ぐらいに並ぶのですが、端から端までの幅が半端ない!できあがった写真はまるで子どもの「せくらべポスター」のような長さで、それを筒状に丸めたものがポンと手渡されただけ。生徒の氏名は書かれていないので、今見直しても誰が誰かわかりません。こうした学校写真ひとつとっても米英の違いを感じました。
さて、今月の「苦し紛れ」でご紹介したいのは、a yearbook photoという単語。8月下旬に放映された”CNN Tonight”に出てきました。この日のトップニュースは、2020年の米大統領選の選挙結果について。「トランプ氏がジョージア州の集計結果に納得できず、集計手続きに不正に介入しようとしたとして起訴された」という話題でした。その際、トランプ氏を含む19名が起訴対象となったのです。
司会を務めるローラ・コーツは19人の顔写真を画面で映しながら、こう述べました:
“We’re looking at this and this is really a yearbook photo in many respects of what is going on.”
スクリーンにずらりと並ぶ被告19名の顔写真。なかなかインパクトのある光景です。ここで出てきたyearbook photoをどう訳すか?真っ先に私の頭の中に浮かんだのは、
「卒業写真」
でした。
yearbookを英和辞書で引くと「年鑑、年報」といった語義が先に出ており、辞書によっては、
「(米)イヤーブック(日本の『卒業アルバム』と似ているが、その年の情報のみを掲載)」(ジーニアス大英和辞典)
といった補足情報もあります。いずれにせよ、辞書の語義トップに「卒業アルバム・卒業写真」という掲載はないのです。
この日、a yearbook photoという語がヘッドホンから聞こえてきたとき、真っ先に思い出したのはオランダのアメリカン・スクール時代にもらった写真アルバム。それでとっさに「卒業写真」と意訳したのでした。
零コンマ数秒の世界で同時通訳をする中、はるか昔の幼少期を思い出させてもらえるこの仕事。私は懐かしさに浸りつつ、裁判関連用語に苦慮しつつ、放送通訳ブースで過ごしたのでした。
柴原早苗(しばはら さなえ)
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言、大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも担当。ツイッター(@Addington76)も日々更新中。