【第6回】今日も苦し紛れ!放送通訳のブースから「~the last person to…~」

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CNNの同通スタジオには広めのデスクとオフィスチェア、そして目の前には現地から放映されるテレビ画面があり、私たちはマイク付きヘッドホンを着用し、自分でスイッチをオン・オフします。また、調べ物用のパソコンもあります。2名で30分ずつ交代をしながら同時通訳をするのですね。

30分の間には2~3回のCMが入ります。CM時間はおよそ数分。お知らせの前にプレゼンターが”Coming up”や”After the break”などの枕詞を付け、予告を伝えます。「お知らせのあとは、アメリカ大統領選最新情報です」という具合。1つのトピックかと思えば、3つぐらい挙がることもあります。放送通訳者はこのCMの間に、大急ぎで目の前のPCで調べるのですね。とてもスリリングな(?)時間となります。

ところでこのPC画面、私はGoogle Chromeを使っているのですが、検索をするたびに画面右上の表示が気になっていました。「このページを翻訳しますか?」というもの。これまで煩雑に思えており、その都度消していました。が、先日ふと気になり、翻訳をさせてみたのです。すると画面の英語ページが瞬く間に日本語になったのでした。発見、遅すぎですよね(笑)。

「CMの間に必死になって斜め読みした、あの私の今までの努力は何?」と思えるほどの瞬間ワザ。「なーんだ、こんなに速いのなら使えばよかった」と痛感しました。そこでせっせと活用することに。

ところが、やはりどこかぎこちないのです。たとえば、”Was he very warm?” を速攻翻訳させたところ、「彼はとても暖かかったですか?」と表示。いえ、確かに「耳から聞こえる日本語訳」ならば、「あたたかかった」もアリです。でも、漢字表記でこれを見てしまうと、私など焚火に手をかざす光景を想像してしまうのですね。

となると、まだまだヒト通訳者も生き延びられるかなと感じます。

さて、今回ご紹介する「苦し紛れ」同通は2023年6月15日放送の”CNN Tonight”から。司会はAbbey Phillip記者で、ゲストは共和党のストラテジストShermichael Singleton氏でした。話題は、学歴・経歴詐称で何かとお騒がせのジョージ・サントス議員。政治家として氏の誠実さを問題視する会話が続いた後、シングルトン氏は次のように述べました:

“George Santos is the last person to talk about integrity.”

ここに出てくる”the last person to …”は受験英語で出てきますよね。「最も~しそうにない人」と訳せます。上記を文字通り訳すなら、

「ジョージ・サントス氏は、最も誠実について語りそうにない人です」

となります。この英文を聞いたとき、私の中では「~するとは思えない人」という意味は頭の中に浮かんでいました。でも、「するとは思えない人」という11文字を唱えるよりも、とっさに

「サントス氏が誠実について語るなんて、『誰が言ってるんだ』と思いますよ」

と訳したのですね。the last person to …を「誰が言ってるんだ」と、かなり厳しめの表現を用いたのでした。

同時通訳をしていると、「正しい訳文」をわかってはいても、あえて脳内で別の表現がポッと浮かんでくることがあります。今回もまさにそのような状況でした。先の自動翻訳とは異なり、多少の飛躍もありうるのがヒト通訳。そのギリギリの差というのは、スポーツ界で言うなら「VAR判定」に近いかもしれません。

でも、そのきわどさを狙うのも、この仕事の醍醐味なのでしょうね。


柴原早苗(しばはら さなえ)

放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言、大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも担当。ツイッター(@Addington76)も日々更新中。