【第5回】今日も苦し紛れ!放送通訳のブースから「~debunk~」
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「通訳の仕事をしていて、『業界あるある』ってありますか?」
先日、学生から出た質問です。うーん、色々思いつきますよねえ。たとえば、
「つい何でも調べたくなってしまう。気になるとすぐ検索」
「不明単語が出ると宝物を掘り当てた気分になり、意味調べに勤しむ」
「日ごろ『他者』のことばを通訳しているので、プライベートになると『自分語り』で饒舌になる」
と言ったところでしょうか。もちろん個人差もありますが、上記3つは私のケースです。そして何よりももう一つ:
「1秒前に訳したことを忘れてしまう」
も挙げられます。
CNNではおよそ10分おきにCMが入るのですが、CM直前に後半の予告があります。日本語訳では「お知らせの後、○○△△についてお伝えします」という具合。そこで通訳者としては、この部分を記憶してCM中に調べたいのですね。
ところが、零コンマ数秒前に自分の口から出た訳文を忘れてしまうのです。CMに入った途端、「あれ?この後、何の話題が来るんだっけ?ああ、せっかくCMの間に検索しようと思ってたのに」となってしまう。聞くと他の通訳者も同一体験をしています。特有のものなのでしょうね。
というわけで、この「苦し紛れ」コラム執筆においても同時通訳しながら、「おっ!この訳語はJACIに書ける。よしよし・・・」と思うのもつかの間、すぐに忘却の彼方に。幸い録画をしているので後から掘り起こしてせっせとこの文章を書いている次第です。
そのような境遇下で「苦し紛れ出産(?)」したのは、6月1日(木)、CNNで午前11時から放映された”CNN Tonight”。アンカーはベテランのAlison Camerotaです。取り上げられていたのはトランプ氏による機密文書。氏が所有するゴルフクラブ・ベッドミンスターにおいて、トランプ氏が知人を相手にイラン攻撃の機密文書を手にしていたというものでした。トランプ氏が彼らに対して「(この文書を)見せたいけれど見せられない。機密だから」という趣旨を述べた様子が音声に残っていたのです。これについて解説した司法アナリストのジェニファー・ロジャース氏は、トランプ発言の数々の矛盾を指摘。そしてこう続けます:
” He is debunking his own defenses”
debunkとは「(主張などの)誤りを暴く」という意味。つまり、トランプ氏は機密文書であるということを自ら暴露したというわけです。
さあ、この6単語からなる英文、どのようにして同時通訳で乗り切ろうかと考える間もないまま、私はとっさに、
「つまり(これはトランプ氏による)自滅行為だと思いますよ」
と訳しました。私の解釈としては、「トランプ氏はここで墓穴を掘ってしまった。自業自得に相当」であったのです。ゆえに「自滅する」というニュアンスでとらえて「自滅行為」と訳したのでした。
ところでもう一つ。7月13日の別番組では「トランプ氏の起訴の背後にバイデン大統領がいるのでは?」との話題が出てきました。それについてCNNのDaniel Dale記者は”This claim has become gospel among Trump allies”と解説しています。このgospelを私はとっさに「決まり文句」と訳してみました。gospelは「キリスト教の教義」「福音書」などを表しますが、「トランプ起訴=バイデン氏によるもの」というロジックがアメリカの一部では定説となっています。それで「決まり文句」という語が頭から出てきたのでした。
ニュースには聖書やシェイクスピアの言葉など色々と出てきます。その都度、新たな勉強となるのが楽しくもあるのですね。さあ、夏休みの課題図書は聖書とシェイクスピアと行きましょうか・・・(遠い目)。
柴原早苗(しばはら さなえ)
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言、大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも担当。ツイッター(@Addington76)も日々更新中。