【第30回】現役通訳者のリレー・コラム「通訳学校を使いこなす・後編」

5)知的好奇心を満たせる

改めて考えてみると、通訳が必要になるのはその人の人格識見が優れているから、またその経験が貴重であるから、言葉が違っても通訳という手間をかけても聞きたい、という場合が殆どであると思います。

そういう、優れた人々の見識に、しかも最先端のものにオリジナル言語で接し、他言語に訳すために深く学ぶ。非常に知的好奇心を刺激される活動だと思います。

また、受講生にも専門知識を持つ方々が多く、情報交換することで目を開かされる思いをすることもしばしばです。知的な学びの場としても、通訳学校を活用していただけたらと思います。

6)英語力や日本語の運用力そのものを伸ばせる

通訳訓練法は英語学習の一方法です。一つの方法に過ぎない、と言ってもいいかもしれません。母語を介在させることに関する問題点が指摘されますが、日本語母語者が国内で英語能力を向上させる上で、確実な方法の一つであると私は考えています。

通訳学校ではネイティブ・スピーカーによる授業もあり、日本語を介在させない手法による外国語能力向上も可能です。

日本語表現についても、様々なバリエーションを学べます。通訳で重要なことは、「聞いて分かる」ということ。日本語は同音異義語が多く、「ジョウシに相談しますね」と言われたので「上司に相談」と思っていたら「情シ(情報システム部門の略)に相談」だったなどというエピソードに事欠きません。また、漢語を交えると語数を節約でき文章を引き締めることができますが、「耳で聞いて分かりやすい」ということとの兼ね合いで、またオーディエンスを考えて、どれくらい「やまとことば」や一般用語(非専門用語)を使うか、ということも経験を重ねて学んでいきます。

通訳学校を大いに活用してください

通訳学校を活用するには、次のようなことが必要ではないかと思っています。

1)自分の人生計画の中で有効利用する

2)能動的に取り組む

3)大局を見失わない

1)についてですが、通訳学校の門戸は、一定の英語力(外国語力)があれば、誰にでも開かれています。通訳学校として求める受講生像はあるかもしれませんが、プロ通訳者になりたいという人も、英語能力を高めたいという人も歓迎している場合が殆どと思います。

通訳学校が提供する機会を、大いに活用してください。設備投資が必要なこともあり、機材の導入に時間がかかったり、著作権や作成にかかるコストの関係で扱える教材に制約があったりなど、限界もあります。そういう限界を踏まえた上で、ご自分にとって役に立つように、「有効利用」していただけたらと思います。

2)について。茂木健一郎氏の言葉に、「今日のように、情報空間が広がって、教養といっても、さまざまな分野にわたる時代には、自分でカリキュラムをつくれる人、カリキュラム自立の人が一番強い。カリキュラムは自分で作るという意識を持つことが、最強の学習者の条件だろう。」という言葉があります(オフィシャルブログより)。私もそう思います。学習において、どこに力点を置くべきかということも、学習の段階によって、人によって、時期によって、本人の志向によって異なります。講師のアドバイスは、自分を客観視するための一つの材料として受け止めていただければ、と思います。

また、通訳学校の授業は一定の自習時間を前提にしており、ただ授業を受けさえすれば能力が向上するというものではありません。目的を明確に、進歩や成果を確認しつつ、工夫してある程度の自習時間を確保することが成功の道ではないかと思っています(とは言うものの、「宿題ができなかった、予習ができなかったからと言って、授業を休むことがないように」ともお話ししています。通訳学校の受講料が決して安くはないことも、受講生それぞれに事情があり、通学や予習復習が大変であることも、講師は経験から理解しています。最大の効果が見込めないとしても、授業の時間だけでも頑張ってみることに意義がある、そういう時期もあるだろうというのが私のスタンスです。このあたりは、講師によって違いがあるかもしれませんが・・・。授業についていけないと思う時は、早めに講師か事務局に相談してみてください)。

3)について。1)とも重なりますが、学習に熱心になるあまり、はたから見れば「そんなに悩まなくてもいいのに」と思うことで悩んでおられる例も時々拝見します。そういう時は、学期と学期の合間などの時間のある時に、「なぜなぜ分析(英語ではFive Why Analysis)」を行うことをお勧めしています。

「なぜなぜ分析」とは、主に生産/品質管理において、不具合があった場合の根本原因分析に使われる手法です(解説)

これを応用して、「大局を思い出す」という目的に使います。

例えば:

・進級したい→ なぜ進級したいの? →プロ通訳者になりたいから → なぜプロ通訳者になりたいの? → なぜなら・・・

と遡っていく。自分の本音に向き合うことはなかなか大変な作業ですが、誰に言う必要もありません。多くの場合、「英語(外国語)を使って自分が幸せになり、また他者の幸福に貢献できたら嬉しい」ということに行きつくのではないかと思います。自分の根本的な目的を思い出したら、それまで自分を押しつぶしそうだった悩みがふさわしい大きさに戻っていく。そうなってからこそ、よい解決方法も見つかるのではないかと思います。語学学習、そして通訳者になるという道は長く続く道です。永遠に未完の道であるともいえます。道を歩むこと自体を楽しみたい、そのために工夫をしたいといつも思っています。

終わりに

ここまで読んでくださってありがとうございます。通訳学校で学びたい方、学んでいる方の参考に少しでもなれば幸いです。

これからの私の夢は、自分自身の通訳能力・講師としての能力を更に磨き、多くの方に通訳訓練法を伝えるということも勿論ですが、ボイス・トレーニングやメンタル・トレーニングを取り入れたり理論面を強化したりすることの重要性を伝えて、通訳学校のカリキュラムの充実に貢献すること。

ボイス・トレーニング、メンタル・トレーニングについては講師の間でも意見が分かれており、「通訳能力が育ってから気をつければいいのではないか」という意見もあります。私は、時間がかかることなので、声が小さい、緊張しやすい等自覚がある場合は早くから取り組んだほうがいい、という意見です。

また、昨今では、受講生の中に、現在あるいは将来、通訳業務を発注する側に立つ方も増えてきました。現場に出ると、「物理的に音が聞こえなければ通訳はできない」という大前提が十分浸透していないと感じることが度々あります。声の大きさ、通訳者の配置/位置取り、マイクの使い方についてもお伝えし、発注者もオーディエンスも通訳者もハッピーになれる、そういう現場を作れたらと思っています。

2018年が皆さんにとって有意義な学びの一年になりますように。

■参考書籍

アンジェラ・ダックワース著、神崎朗子訳『やりぬく力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』(ダイヤモンド社、2016年)

加藤洋平著『成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法』(日本能率協会マネジメントセンター、2017年)

国井信一・橋本敬子著『究極の英語学習法 はじめてのK/Hシステム』(アルク、2015年)


千葉絵里

特許事務所、自動車会社勤務等を経てフリーランス会議通訳者。得意分野は自動車、機械、経営、IR、人材&組織開発。力試しに受験した通訳学校のプレースメントテストをきっかけに通訳訓練を開始、二つの言語世界を行き来する面白さに魅了され現在に至る。元々は内向的な性格であり、昔の友人に「翻訳ではなく通訳をしている」と言うと驚かれる。緊張しやすく動揺しやすい性格を自覚していたため、早くからメンタル・トレーニングに取り組み、その重要性を伝えたいと思っている。通訳学校講師も務め、自分自身と受講生のために、日々効果的な学習方法を探究している。

※第1回~第29回は株式会社アルクの「翻訳・通訳のトビラ」サイトにて公開中!