【第24回】冬季アジア大会 公式通訳の仕事を経験して

木島里奈さん

update:2017/07/01

こんにちは。
北海道札幌市在住の木島里奈と申します。私はこのたび、冬季アジア大会に公式通訳として参加しました。その体験談と、そこで得た学びについて書こうと思います。

冬季アジア大会は、アジアの45の国と地域が加盟するアジア・オリンピック評議会(OCA)が開催する総合国際スポーツ大会です。札幌大会は、札幌アジア冬季競技大会組織委員会によって運営され、2017年2月19(土)~26日(日)の期間に北海道札幌市と帯広市で競技が行われました。

今回の冬季アジア大会では、5競技11種別(アルペンスキー、クロスカントリースキー、スキージャンプ、フリースタイルスキー、スノーボード、スピードスケート、ショートトラックスピードスケート、フィギュアスケート、バイアスロン、アイスホッケー、カーリング)が開催され、過去最大規模の大会となりました。

この過去最大規模の冬季アジア札幌大会を様々な場面で支えたのが、公式通訳者です。

今回、公式通訳者は、通訳・翻訳業務のオフィシャルスポンサーである株式会社イー・シー・プロが募集、選考、派遣を行いました。イー・シー・プロは通訳養成学校の運営も行っており、通訳の仕事をすることを目標に訓練を続けている在校生の多くが、通訳業務開始の第一歩として経験を積みたいという希望を持ってこの公式通訳の仕事に応募しました。私もその中の一人です。

採用された公式通訳者は、今回が初めての通訳業務であるという人も少なくなかったため、大会前の5カ月間、イー・シー・プロ主催による研修会が月に一度行われました。研修では、シャドウイング、サイトトランスレーション、リプロダクションのような基礎的な通訳訓練のおさらいから、ウィンタースポーツでのインタビューの日英・英日逐次通訳演習のような通訳技術向上の訓練、また、通訳者としての心構えやマナーについての確認を行いました。

さて、皆さんは、「スポーツの国際大会での公式通訳のお仕事です」と聞いて、どのような場面での通訳業務を想像しますか?

大会前後の記者会見、試合後の選手やコーチへのインタビュー、といったところでしょうか? そのような場面での通訳を、華やかな表舞台で多くの人の目に触れる、いわゆる「花形」と呼ぶとしたら、今回私が携わったのは、その華やかな表舞台を支える、いわば「裏方」の場面での通訳だったと思っています。

われわれ公式通訳者に割り当てられた業務は、主に、VIP対応、競技会場付き、選手村付き、24時間コールセンターでの業務です。VIP対応は、各国から来札した大会関係者一人又は一組に対して公式通訳者1名ないし2名で対応し、滞在期間中のアシスタントとして、到着時の空港でのお迎えから、移動用の車の手配や訪問する先々へのアテンド、帰国時の空港へのお見送りまでが一連の業務だったそうです。競技の観戦に行かずにひたすら買い物や札幌市内の観光に付き合った、という人もいたので、通訳というよりは、秘書兼通訳ガイドのような役割のイメージです。

24時間コールセンターは大会関係者のみが使えるサービスで、主にチーム関係者から、大会期間中に何か困ったことが起きたときに問い合わせがあり、それに対応する、という業務だったそうです。対応言語は英語、中国語、韓国語、ロシア語で「スポーツ用品店はどこか?」「薬を買いたい、けがをしてしまった」など、多種多様な問い合わせがあり、特にロシア語は大忙しだったようです。

これらの業務の中から私に割り当てられたのは、「アイスホッケー競技の会場付・チーム付通訳」というものでした。現場での配属先は組織委員会の「選手係」という部署で、その名の通り、チームや選手に関わるいろいろな場面での通訳を経験しました。

選手係の担当者7人に、公式通訳者が私を含めて3人。私は午前中から夕方までのシフトを担当し、あとの二人がお昼過ぎから試合終了までのシフトを担当するという体制でした。

大会期間中の日々のスケジュールは、午前中に公式練習を行ってから午後から試合を行う、というものだったので、選手係の動きとしては、次の1~3がおおまかな流れで、午前、午後ともにほぼ同じです。

1.チーム会場入り時の出迎え

控室の鍵を開けて、仕上がってきたウェアのクリーニングを返却します。大会初日、またはチームが初めて会場に到着した時には、まずは英語を話す連絡係の役割をするチームスタッフを確認します。そしてクリーニングの出し方と仕上がりの予定を説明します。一度説明してしまえば、それ以降この時点ではほとんど通訳を必要としません。クリーニングは所定の回収場所にチーム自ら引き取りに行くことになっているので、回収場所の鍵を開けるだけです。ひたすら満面の笑みを浮かべて” Good morning ! ”と声をかけながら迎えます。

選手たちは、練習の1時間前または試合の2時間前に会場入りします。しかしチームスタッフ(特にドクターや用具係)はそれより早く会場入りして、選手が練習や試合に集中できるよう準備を整えます。チームスタッフが会場入りしたときには、次のような要望や質問が寄せられます。

  • 控室が狭い。搬入した荷物が入りきらないから、どこか別の場所に置いておけないか?
  • コーチのための打ち合わせ用控室はないか?
  • チームドクターの指導により、選手は試合前1時間からは食事をしないことになっている。ケータリングサービスの軽食は、試合の2時間前にセットしておいてほしい。
  • 選手用のドリンクを作りたいが、支給されるペットボトルの水では量が足りず、全チーム共用のウォーターサーバーを使うと時間がかかる。なんとかならないか?

そうこうしているうちに、選手たちが会場入りしてきます。

  • 控室の暖房が切れている。部屋が冷え切って寒い!
  • クリーニングに出したアンダーウェアとTシャツが見当たらない。見つけたら教えてほしい。
  • ウォーミングアップに割り当てられている場所が狭い。別の場所を使ってもよいか?

これらの対応をしているうちに練習または試合の時間が始まります。

2.練習または試合中

選手たちがリンクに上がってしまえば、選手係にとっては一息つく時間です。各ピリオドの終わり時間を気にしつつ、交代で食事をとったり休憩したりします。次に到着するチームの確認もしておきます。この時間にチームから何か要求などがあれば対応し、こちらからの連絡事項があればチームスタッフに声をかけに行きます。場合によっては、試合または練習前にやりとりして回答や対応を保留した件について、会場責任者や他の担当部署への確認で引き続きバタつくこともあります。

いろいろなことがありました。

「ちょっと外に買い物に出るから、このカメラ持っていて」と言われて、カメラを預けられて放置されたり。「今日だけ会場に来るチームスタッフがいる。その人の1デイADカードをもらってきてほしい」と言われて、ADセンターだけでなく関係各所に確認して、ようやくADカードをお渡しすることができたり…。

他にも、会場係からの依頼で、持っているチケットとは違う席種の座席で観戦している外国人の観客に、席を移動してもらうようお願いに行ったり、次の対戦に向けて研究するために他のチームの試合を見に来たというチームが、選手専用席ではない座席で観戦している場合に、席を移動するよう声をかけて専用席まで誘導したり、というようなこともありました。

練習または試合が終わると、選手たちはクールダウンを行い、シャワーを浴びて、ケータリングの軽食をつまみながら支度をしてホテルに戻ります。

この時間に起きた出来事としては、

  • ケータリングの食べ物を会場の外に持ち出してはいけないことを伝える。
  • 女子チームの練習が終わる時間と、試合のために会場入りする男子チームの時間が重なる。シャワー室は男子チーム控室に隣接しているため、準備を始めた男子選手がシャワー室の周りを囲むような恰好になってしまった。このことを伝えると、現場を見た女子選手がシャワーを使うのをあきらめてしまう事態に…。

この時間は割とリラックスした雰囲気なので、チームスタッフとざっくばらんに会話していて、次のような質問をされることもありました。

「会場付近に薬局やスポーツ用品店が入ったショッピングモールはないか?」
「3Dペンを購入したい。買える店はないか?」
「札幌駅周辺で、和食や北海道名物を食べられるレストランはないか?」
「駅から歩いて行ける観光スポットは?」

選手たちの支度が済んだら、チームはバスでホテルに戻ります。

3.チームが会場を出る時の確認

翌日の練習を行うかどうかを確認し、クリーニングを回収してから控室の鍵を返却してもらいます。ここでもチーム自らがクリーニングに出すものを回収場所に運びます。選手たちは疲れていてそそくさとバスに向かってしまうので、ほとんど通訳は必要ありません。今度はひたすら朝と同じ笑顔で” See you later ! “と声をかけて見送ります。

私は大会前にアイスホッケーのルールを勉強し、実況付きの試合の動画やインタビュー動画を使って日英・英日の訳出練習をしながら準備を進めました。ですが、実際の業務で通訳したのは、準備していたものとは全く別の場面や内容でした。難しい専門用語が出てくるようなものではありませんでしたが、毎日対応する内容が多岐にわたっていて、日常生活での英会話表現を使いこなせること、様々な物事についての基本知識を持つことがどれだけ大切なのかということを痛感しました。

冬季アジア大会に公式通訳として参加して学んだことが3つあります。

1.相手に安心感を与えることの大切さ

初めて来る札幌のアイスホッケー会場ですから、選手やスタッフは不安だったと思います。自分たちの国で当たり前にやっていることが札幌の会場でも同じようにできるかどうか。だからこそ、先に書いたようなさまざまな要望が出てきたのだと思います。選手係の方たちは、常に、チームからの要望をなんとかかなえてあげようと他の部署に掛け合ったり確認したりして真摯に対応しました。その一生懸命な姿勢がチームに伝わり、日々起きるさまざまな出来事を選手係とチームが一緒に解決して乗り越えていくことができました。そのことが、お互いの事情や、できることとできないことを理解することにもつながりました。

その影響で、チームの皆さんの表情は日を追うごとに穏やかになっていきました。大会後半になると、顔を合わせた時には自然に笑顔で挨拶するようになりました。「会場で何かあったら選手係の人たちに声をかければよい」と認識してもらえて、コミュニケーションも円滑になったのを感じました。

2.チームワークの大切さ

これは、一つめの「相手に安心感を与えること」につながりますが、まずは選手係の間で常に最新の情報を共有しておくことを心掛けました。特に公式通訳者はシフトで勤務していたので、お互いの勤務時間中に起きたこと、対応について確認中となっているもの、どういう出来事を選手係の誰がどこまで把握しているか、ということを毎回丁寧に引き継ぎました。選手係の方とはもちろんのこと、他の二人の通訳者の方とも細かくコミュニケーションを取るようにしたことで、チームへの対応もほとんど漏らすことなく行うことができたと思います。選手係内の雰囲気はいつも明るく、大会期間中に苦楽を共にした仲間という意識が生まれて、皆さんとの出会いは本当にかけがえのないものとなりました。

3.自分の言葉で通訳すること

大会期間中は本当にさまざまな内容を通訳したので、英語で何と言えばいいのかとっさに出てこない、わからない内容や表現がたくさんありました。例えば、ある日、用具係の人がスケートの研磨作業中に掃除機を使おうとして間違えてボルトの違うコンセントを使ってしまい、掃除機が使えなくなりました。結局その掃除機は使えるようになったのですが、「掃除機を使うときは100ボルトのコンセントを使ってください」と伝えることになりました。

ところが私は、100ボルトってそのままボルトと言えばいいの?何ていうの??とわからなくなり、とっさに、使ってほしいコンセントを指さして、「こちらのコンセントを使ってください。」と伝えるだけになってしまいました。また別の時には、ケータリングの軽食は最初に出した時間から一定時間を経過したら片付けなければいけない、という規則になっており、試合中であるにもかかわらず片付けることになりました。もちろんチームスタッフはそのことに納得するわけがなく、片付けないでほしいの一点張りでした。

事情を説明するのに長い時間を要したのですが、その話の最中にケータリングスタッフから出た言葉が「食品衛生法で決められているので…」というものでした。食品衛生法の対訳を知らなかった私は ” the law stipulates…” と言ってなんとか伝えました。単純に私の通訳者としての未熟さによる恥ずかしいことではありますが、そのものズバリの訳ができない場合は、今持っている知識を総動員して、ジェスチャーも交えながら、とにかく今伝えなければいけないことを相手に理解してもらわなければと必死でした。自分が持っている以上の言葉や言い回しは出てこないので、日頃からいろいろな言い回しを練習しておくことが必要です。

私が通訳した場面は決してテレビに映ることはなく、観客からも見えることもありません。私が見ていた景色は、リンクに通じる扉の後ろ側。テレビカメラが待ち構え観客が迎える、明るいライトで照らされたリンクに選手たちが入場していく後ろ姿です。

試合が放送されるときには、リンクに入場する選手たちを見て、「この時、みんなで気合入れてハイタッチしてから扉開けて入っていったんだよね~」とか、選手や監督がインタビューされているのを見て、「この時私、横通ったな」とか、その場にいた自分だけが経験した、試合当日の一日の出来事を振り返りながら観戦しました。こういった見方ができるのは、裏方に携わった人間ならではの楽しみだと思います。

大会最終日には私たちに、お菓子を差し入れしてくれたり、会場を出発する前にわざわざ挨拶に来てくれたりするチームスタッフの人たちがいました。これはまさに、選手係の私たちとチームの間に信頼関係が生まれたからこその結果だと信じています。

私にとって冬季アジア大会での経験は、とにかく「楽しかった!」の一言です。アイスホッケー競技選手係付通訳の業務を担当できたことに心から感謝しています。

そして何より、この業務に携わったことで、それまで全く興味がなかったアイスホッケーというスポーツが好きになりました。引き続き競技に対する知識を深めつつ、通訳技術の向上に努めて準備を進め、北海道でアイスホッケーの国際試合がある時には、また通訳者として携わりたい!というのが次の目標です。

木島里奈さん

Profile/

高校生の時に、通訳者になりたいという夢を持つ。26歳で通訳訓練学校に通い始めるものの、挫折を繰り返してばかりいる。

今年の5月まで1年間、建築設計事務所でリゾート開発プロジェクトの一員として海外クライアントとの間の通訳・翻訳業務を担当し、通訳デビューを果たす。冬季アジア大会をきっかけにこの春からロシア語を学び始め、あらためて外国語を学ぶ楽しさを実感している。