【第1回】フリーランス通訳者への転身

大竹純子さん

私が最初にフリーランスという仕事を身近に意識したのは、この“翻訳・通訳のトビラ”でも紹介している、日本翻訳者協会(JAT: Japan Association of Translators)主催プロジェクトの運営委員になった時です。最初の顔合わせで会った他の委員は、ほぼ全員がフリーの通訳者・翻訳者の方々ばかり。会社員人生を送ってきた私には、会社員の知り合いしかおらず、フリーランスとはどんな方々なのか、想像すらしていませんでした。でも、ご一緒に活動をして彼らの人となりを知っていくと、私は感動を覚えました。

組織に属さず、自らの才覚と努力だけで自分の道を切り開いて成功している仲間達は、責任感が強く、思いやりが深く、洞察力に優れていました。特に、全委員とも当事者意識が強いため、全員が率先して仕事を引き受けるという、会社内ではあまり見られないプロジェクト進行でした。フリーランスで働く事は、全ての結果に自分が責任を持つという事に他なりません。委員の仲間達は、そういう独立独歩のメンタリティーに溢れていました。その時の経験は、私のフリー転向への大きなきっかけとなりました。

それでも、最初は分からない事だらけ、不安ばかりでした。

  • 仕事はあるのか。現場で失敗して、突然エージェントから連絡が途絶えたりしないのか。
  • どんなエージェントに、何社登録したらよいのか。
  • クライアントからのフィードバックは貰えるのか。
  • クレームが来たら、もう2度と仕事は来ないのか。
  • すべての人を満足させる事など不可能なのに、どんなことに気を付けて仕事をすれば良いのか。
  • 通訳者は個性派ぞろい、が通説。パートナーを組んだ相手に嫌われたり、迷惑をかけたらどうしよう。。。
  • 何より、生計を立てることが出来るのか。

などなど、これは、自分に対する自信のなさの表れですが、全く明日に対する保証のないフリーという不安定さに対する恐れでした。私は通訳という仕事が大好きなのに、フリーになって仕事がなくなっては、まさに本末転倒になる、という恐怖心が一杯でした。当時は失敗しないこと、ばかり考えていました。そんな私も今では、フリーランスの素晴らしさを感じられるようになりました。今回は、そんなフリーランスの醍醐味について、会社員時代との比較をしながら、述べてみたいと思います。

フリーランスのメンタリティー

私は大学卒業後、金融業界に入り、15年以上も日本株の運用でキャリアを積んできました。日本株の運用は、パフォーマンス、しかも数字で評価が決まるので、自分は成果第一主義の人間だと思っていました。けれど長年、会社員生活をしていたせいか、やはり真の“成果主義”が理解できていなかった事を、フリーになって痛感しています。金融界にいた頃は、もちろん、自宅でも仕事をしていましたし、常に株式市場の事を考えていました。

それでも拘束時間があり、有給休暇があることに変わりはなく、会社に拘束されている事実から逃れることは出来ませんでした。外回りから直帰するときは、必ずオフィスに連絡を入れなければなりません。でも、フリーになってその考えが綺麗に頭から消えました。仕事は、成果でするものです。特に通訳は、どれ程膨大な時間をかけて準備をしても、現場できちんとパフォーマンスを出さなければ、仕事を成就したことになりません。かけた時間ではなく、成果で報酬を受け取るのが、真のフリーランスのメンタリティーなのだと理解しました。

自分でブランド価値を作る

会社員であった頃、私のブランドを決めるのは所属している会社でした。“XXX会社の大竹です。”と言うと、XXX会社に入れるくらいだから、優秀な人材だと認めてもらえるようなものでした。世界的には、こうしたグローバルな巨大企業や、トップレベルの大学のブランド力がますます強大化しています。全く同じ仕事をし、同じ能力を持っていても、世界的多国籍企業の社員と、その下請け会社の社員では、給与に大きな差が出ており、しかもその差が拡大し続けています。労働市場の競争は10年前とは比べ物にならない位、厳しくなっています。以前は、MBAを取得すればキャリアが約束されていたのに、今はMBAとCPAが必要になっています。そのような潮流を考えると、フリーランスはノー・ブランド、というか究極のプライベート・ブランドなので、どうやって自分の市場価値を高めていくかを真剣に考えるようになりました。

市場の声を聞く

金融業界ではヘッドハンティングが盛んです。私自身も、当時の同僚・業界の友人達も、会社やポジションが変わるごとにキャリア・アップしていくのが普通であり、“AAさんは、BB社に移った。”と言う話題が、挨拶代わりに常に語られていました。転職が頻繁なので、自分の年収、つまり市場価値をいつも意識はしていました。

フリー通訳者になって、エージェントやクライアントから、レートを聞かれるようになりました。それはつまり、自分の価格を自分で決められるという事なのですが、金融業界にいた頃と違って、最初は通訳としての自分の市場価値など全く分かっていませんでした。会社員として転職する場合は、前の会社の年収がベースに交渉できます。またその年収を受け入れてくれるのは、先方の会社一社です。ところが、フリー通訳者の価格を受け入れるのは、漠然として、不特定多数の顧客が構成している“市場”です。どんな価格を付ければ、市場が受け入れてくれるのか全く分かりませんでした。

最初、私が考えたのは、たぶん単価と案件量は反比例の関係だろうという事です。そこで、まずは経験を積む意味で、出来るだけ多くの案件をこなした方が良いと思い、安いレートでスタートしてみました。また、安いレートでも将来の仕事に繋がったり、勉強になったり、通訳者としての幅を広げるような案件を経験できれば、おカネには変えられない、とも考えました。自分のような駆け出し通訳者が、重要な会議通訳の末席に入れて頂くには、レートを抑えなければと考えた訳です。ある意味そのアプローチは正しくて、沢山の案件をご紹介頂けました。

ところが、単価が安くても沢山案件をこなせば、トータルの収入はある程度見込める、と計算していたのですが、このアプローチは途中で破たんしました。人間の一日は24時間しかなく、お受け出来る案件の数には限りがあります。通訳案件は、製造業のように大量生産できないので、量によって収入を増やすのには限界があるからです。また最近は、少し考え方が変わってきました。単価を変えれば、ターゲットとなる案件やクライアントの期待値が変わります。例えば10万円の通訳を提供するなら、それだけの価値を、10万円支払う意思のあるクライアントに対して適切に提供するのが、私達の仕事です。市場のニーズに対して価値が低すぎても、成功しませんし、自分がターゲットとする市場とはずれたクライアントに価値を提供しても、認識してもらえません。常にクライアントのニーズを図り、自分の市場での価値を計る事は、とても重要だと感じます。具体的には、自分の力量がクライアントの期待値に達していたのか、を自分で確かめて行くことなのです。

プロフェッショナルとして自分を磨く

会社員時代、私は“自分らしく”ありたいと努力してきましたが、フリーになって“プロの通訳らしく”ありたいと努力するようになりました。企業内通訳者時代も、勿論、通訳者としてスキルを磨くための練習はしていましたが、フリーになって真剣度に変化が現れました。クライアントが社内からマーケットに移行したことで、自分のどの部分を磨いていくのかという尺度も進化してきました。

社内通訳者時代は、社内の人に評価される事だけを考えていましたが、その一方で“通訳業務を知らない、この人たちに私の通訳が評価できるのか?”と、社内での評価に不信感も持っていました。その不信感を言い訳にして、自分の能力を厳しく見つめ、磨くことに甘えがあったように思います。でも現在、評価は市場になりました。株式市場と同様、不特定多数からなるこのマーケットの評価は、絶対的に正しいのです。そして、市場の絶対性を信じられることで、私は謙虚に自分を見つめ、ひたむきに自分の能力を磨く事が出来るようになりました。

大竹純子さん

Profile/フリーランス会議通訳者。日系証券会社に就職した後、米国ペンシルベニア大学ウオートン校にてMBAを取得。帰国後は、米国の投資運用会社でアナリスト・ファンドマネジャー、調査部部長として、日本株に関わった後、通訳者に転身。米国の金融機関及びコンサルティング会社で社内通訳を経験し、2014年7月からフリーランス通訳となる。得意分野は金融、IR、経済、エネルギーなど。