【第5回】通訳なんでも質問箱「エージェントのパナガイドの手配について」

「通訳なんでも質問箱」は、日本会議通訳者協会に届いた質問に対して、対照的な背景を持つ協会理事の千葉絵里と関根マイク(プラスたまに特別ゲスト)が不定期で、回答内容を事前共有せずに答えるという企画です。通訳関係の質問/お悩みがある方はぜひこちらからメールを。匿名で構いません。

では、今回の質問です。

Q. あるエージェントから同通の依頼を受けました。依頼のメールに、パナガイドをバイク便で私宛に発送するのでクライアント先で受け取ってほしい、と注意書きがありました。クライアントの何処の場所で受け取るのかは、書いてありません。なのでクライアント先に到着してからエージェントに確認すると、クライアント先の建物のロビーか何処か、と言われました。が、間も無くバイク便の担当者から私の携帯に電話が入り、話をして受け取る場所を決めました。こういうパナガイドの受け取り方は何処のエージェントでも普通あるのでしょうか。あまりこういうパナガイドの受け取りの経験はありません。


千葉絵里の回答

私も、こういう事例は殆ど経験がありません。お仕事自体が急に決まったのでしょうか? パナガイドは高価な精密機器ですし、バイク便よりも、「精密機器扱い」の配送の経験が多い宅配便業者さんに頼んだほうがいいと思うのですが、それでは機材到着が間に合わなかったのかもしれませんね。

大手のエージェントさんには余り見られない事例と思いますが、知人・友人に聞くと、小さくて人手が足りないエージェントさん、あるいは契約を取ったばかりでまだクライアントさんと十分な関係構築ができておらず、ビジネスライクなやりとりが進めにくい状態のエージェントさんからはたまに依頼されることがあるようです。

今回のご質問を受けて、エージェントさんとの契約書を確認してみました。私の手持ちの契約書の中で、什器(パナガイドはこれに入ると思います)の取り扱いについて定めている会社は大手の中でも一社しか確認できませんでした。しかし、その中でも、通訳者の義務としては、「(エージェントから)貸与された什器を善良な管理者の注意をもって管理し」とあるのみで、「什器の輸送を依頼することがある」事を示唆する文言はないのです。すなわち、第三者(運送業者)と通訳者が什器をやりとりをすることは想定されていない。しかし、この契約書においても「本契約および個別契約に定めのない事項またはその解釈に疑義を生じた場合は、両者(エージェントと通訳者)は誠実に協議をしてその解決にあたるものとする」とされており、「急ぎの場合、通訳者にパナガイドの輸送を頼む」ということも、この契約書の範囲内でも可能とは思います。しかし、通訳者の本来業務ではありませんし、「クライアントさんから記念に写真を撮りたいのでと頼まれて撮ってあげる」程度のこととは責任の重さが違います(それくらいでしたら、私も喜んでやっております!)。

なので、基本的には「パナガイドの輸送はエージェントさんとクライアントさんとの間で行なって下さい」とお願いしたほうがよいのではないかと思います。もし万一引き受ける場合は、どこからどこまでの範囲で引き受けるか、受取場所・返却場所・またその方法をどうするか、十分に気をつけて取り扱うつもりだが、万万が一機材の紛失や破損がのちに発見された場合誰が責任を負うのか(=通訳者が賠償責任を負うべきなのか)を確認されていたほうがいいのではないかと思います。ちなみに、私が経験した唯一の例は、逆に「使用後のパナガイドを、宅配便でレンタル業者に送り返すためコンビニで発送手続きしてください」というもので、通訳者の本来業務ではないので、ということで数千円手数料を払ってくださいました。でも、とても緊張しましたね。というのは、会場近くのコンビニでは新人店員さんが多かったのか、バーコードにエラーが出た時点で次に何をしたらよいのか分かる方がおらず発送できず、持ち帰り、自宅近くのコンビニから発送しましたので。自分の責任で持ち歩かなければならない時間が長くなってしまったわけです。しばらく時間が経って、エージェントさんから何も苦情がなかったのを確認して、ほっとした覚えがあります。最近では、通訳者に限らずフリーランス業者が業務中に物品を破損してしまった場合の賠償保険も出ているようです。字数の関係で詳しく触れられませんが、「フリーランス 賠償責任保険」などで調べてみてください。

関根マイクの回答

簡易通訳機(パナガイド以外の製品もあるため、ここでは簡易通訳機と呼びます)を現地で受け取る、または通訳者の自宅で受け取ることは、通常はないと思いますが、そのような手配で合意したのであれば問題はないと思います。私自身もそのような合意をしたことがありますが、必ず①機材が現場で機能しなくなった場合、通訳者は責任を負わない、そして複数日にわたる案件の場合は、②通訳機のバッテリー交換はエージェントまたはクライアントが行う、ことを条件にしています。

①は通訳者が現場に機材を持ってくると、クライアントが「機材の責任は通訳者にある」と誤解してしまう恐れがあるからです。このような誤解があると、機材に不具合があった際にクライアントと通訳者の信頼関係に影響を及ぼすので(クライアントは会議の円滑進行を最優先で考えているので、機材を手にしている通訳者に「早くなんとかしろ」と促す)、通訳者の責任を事前に明確化することが大事だと私は考えています。

②は些細な問題なように思えますが、バッテリーは予想外のタイミングで突然切れるものです。送信機や受信機のバッテリーが切れると会議もストップしてしまうため、結局は上記の「早くなんとかしろ」パターンになってしまい、通訳者の評価が落ちます。特に充電式バッテリーは要注意で、使い倒されてパフォーマンスが低下していると、いきなり落ちることがあります(経験済み)。そもそも通訳者としてはこんなことを気にしたくないですし、仕事が終わった夜は疲れているのにバッテリー交換なんかしたくないですよね。「予備のバッテリーが少ないけど、今のバッテリー、明日も大丈夫かなあ」なんて余計な心配をしたくないというか。

結局の話、私は自分の通訳者としての価値を最大化するためには、クライアントとラポールを構築することがとても大事だと考えていて、機材など私の専門外・責任外の部分で価値毀損のリスクを負いたくないのです。


千葉絵里

日本会議通訳者協会理事。特許事務所、自動車会社勤務等を経てフリーランス会議通訳者。得意分野は自動車、機械、経営、IR、人材&組織開発。力試しに受験した通訳学校のプレースメントテストをきっかけに通訳訓練を開始、二つの言語世界を行き来する面白さに魅了され現在に至る。海外留学経験はなく、通訳学校育ち。効果的な学習方法や仕事の準備の仕方を工夫することが好きで、勉強法・学習理論・心理学・コーチングなどの本を読むのが趣味。最近読んでよかった本は『GRIT やり抜く力』(アンジェラ・ダックワース著)『成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法』(加藤洋平著)。

関根マイク

会議通訳者、名古屋外国語大学大学院兼任講師、日本会議通訳者協会理事。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。午後2時頃からエンジンがかかってくる遅咲きタイプの通訳者。現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。イングリッシュ・ジャーナルに『ブースの中の懲りない面々~通訳の現場から』、通訳翻訳WEBに『通訳者のメンタルトレーニング』、通訳翻訳ジャーナルに『通訳の危機管理対策ドリル』を連載。