【第25回】通訳なんでも質問箱「二次使用の範囲」
「通訳なんでも質問箱」は、日本会議通訳者協会に届いた質問に対して、認定会員の岩瀬和美と山本みどり(プラスたまに特別ゲスト)が不定期で、回答内容を事前共有せずに答えるという企画です。通訳関係の質問/お悩みがある方はぜひこちらからメールを。匿名で構いません。
Q. 二次使用の範囲
通訳業界における二次使用の定義と範囲が知りたいです。ネットで調べたところ目安すら見当たらないのですが、業界の共通認識はあるのでしょうか。ない場合は、二次使用の料金を決める際に通訳者が何を基準にしているのか教えてください。(おやつ大好きマン)
岩瀬和美の回答
A. おやつ大好きマンさん、ご質問ありがとうございます。
現時点で二次使用の考え方について業界として統一された基準は存在しません。複数の
エージェントにも確認しましたが、通訳者ごとに要求範囲もかなり幅があるとのことでし
た。本来はその場限りで昇華するはずだった通訳が、技術の進化で容易に保存・転送さ
れ、繰り返し利用可能な「素材」として扱われるのであれば、追加の対価を求めるのは当
然ですよね。
あくまでも私個人の判断軸ですが、「加工の有無」を重視しています。通訳者の音声が編
集されずそのまま利用される場合、つまり「無加工使用」の場合は、二次使用料をお願い
しています。オンラインで配信や、通訳音声をそのまま企業動画に組み込んだり、編集な
しでアーカイブに保存されるケース(後日研修目的などで共有の可能性あり)などがこれ
に当たります。これは、通訳者の「声」と、これまで蓄積してきた知見に基づく「瞬時の
専門判断」が「素材」として直接流用されている状態だからです。
一方、通訳音声を聞いた側が内容を咀嚼し、自らの言葉で記事や資料として再構成する場
合(プレスインタビューやキャプション作成など)は「加工利用」であり、追加料金は不
要と考えています。 利用者が通訳内容を咀嚼・変換し、「新たな素材」を生み出している
ためです。
ただ、懸念しているのが通訳音声のAI学習への転用です。2023年の文化庁著作権分科会報
告書では、著作権法第30条の4に基づき思想又は感情の享受を目的としない情報解析(AI
学習を含む)であれば権利者の許諾なく著作物を利用できるとしています。通訳音声はノ
イズが少なく、専門語彙が豊富で、AIモデルの学習素材として極めて質が高く、通訳者の
癖や判断傾向までモデルに取り込まれる可能性もあります。
自身の専門性と声というアセットを保護するためにも、通訳者個人が明確な基準を持つこ
とがこれまで以上に重要になってきているのではないでしょうか?
山本みどりの回答
A. 二次使用とは、通訳の音声を本番以外の場で営利目的で再利用することです。
通訳には、イベントの「本番」があります。通訳は本番時に行い、通訳デリバリーはそこで消費されて終わり、あとは残らない――これが本来の形です。
一方、その音声を録音しておいて、後日外部公開やプロモーションなどに使う、これが二次使用です。
また、最初から二次使用ありきの案件もあります。録画済みのプレゼン動画や音声にスタジオで通訳を後録りする、というタイプの案件ですね。
コロナ前までは、二次使用料は通訳料金の100%という設定が比較的多かったように思います。しかし、コロナをきっかけにオンラインイベントが一気に増えたことで二次使用そのものが増え、料金体系も多様化しました。誤解を恐れずに言えば、二次使用料は全体的に以前より下がった印象があります。
さらに、営利目的ではなく、社内記録用や議事録用といったケースでも、基本的に二次使用料は発生しないものですが、エージェントが二次使用分を若干上乗せしてくれることもあります。なので本当にケースバイケースです。
直取引の案件では、二次使用の対価を「お金で回収するか」「別の価値で回収するか」という選択肢も出てきます。
例えば、自分の通訳がYouTube動画に使われるなら、金銭よりクレジットのほうがメリットが大きいこともあります。動画の最後や概要欄に名前を載せてもらうだけで立派な宣伝材料になりますし、自分のホームページやLinkedInにも実績として掲載可能。見込み顧客に自分のパフォーマンスを確認してもらえるというメリットもあります。もちろん、金銭とクレジットの両方を求めることもできます。
結局のところ、二次使用には絶対的な業界基準はないので、用途・公開範囲・期間などをしっかりヒアリングして、自分にとってプラスになるよう調整することが大事だと思います。特に直取引は交渉の余地が大きいので、柔軟に、そしてしたたかに進めていけるといいですね。
通訳歴30年以上。ITやビジネス分野では日々奮闘しつつ、芸術関連の仕事に心癒される瞬間を見出している。還暦を過ぎ、これからの働き方・生き方を模索中。
英日会議通訳者。東京外国語大学タイ語科を卒業後、イタリア滞在中に通訳の仕事と出会う。インタースクールにて会議通訳コースを修了。合同会社西友、日本アイ・ビー・エム株式会社の社内通訳を経て、2009年よりフリーランスとして活動開始。特に顧客訪問や取材時の逐次通訳が得意。 Website: yamamoto-ls.com