【第22回】通訳なんでも質問箱「AIの台頭による通訳者への影響について」

「通訳なんでも質問箱」は、日本会議通訳者協会に届いた質問に対して、認定会員の岩瀬和美と山本みどり(プラスたまに特別ゲスト)が不定期で、回答内容を事前共有せずに答えるという企画です。通訳関係の質問/お悩みがある方はぜひこちらからメールを。匿名で構いません。

Q. AIの台頭による通訳者への影響について

私は通訳・翻訳を仕事にしたい大学生なのですが、最近のAIの進化により、そもそもこれを仕事にしていいのか自信がもてなくなっています。翻訳業界の知人によると、すでに収入に大きな悪影響がでている部分があるようです。通訳の仕事が激減したとはまだ聞いていないのですが、通訳という仕事の未来をどう評価していますか?また、なぜAIではなく人間の通訳者が必要なのでしょうか?(サーヤさん)

岩瀬和美の回答

A. サーヤさん、ご質問ありがとうございます。

通訳や翻訳を仕事にしたいけれど、AIの進化で迷っていらっしゃるサーヤさんのお気持ち、よくわかります。実際、このテーマは通訳者の間でも大きな話題になっています。私は、通訳・翻訳で生計を立てることは可能ですが、安定性を求めるのは難しいと思っています。

現時点でAI通訳の影響はまだ限定的です。でもすでにAIによる文字起こしで「通訳不要」となった事例がありますし、リアルタイム通訳アプリも急速に進化しています。近い将来、大きな変化が訪れると思います。

それでも、人間通訳が完全に消えることはありません。AI通訳には電源やネット環境が必須で、現場によっては使えません。また、セキュリティの懸念から、外交や企業の重要会議など機密性が高い場面では信頼できる人間通訳が欠かせません。さらに、芸術や文化など背景理解が求められる分野では、人間ならではの強みが発揮されます。AIは表情や身振り、暗黙のニュアンスを読み取るのがまだ苦手だからです。

とはいえ、定型的でリスクの低い業務はAIに置き換わっていくでしょう。そのため需要は減るかもしれませんが、通訳スキルは言語以上に優れたコミュニケーション能力でもあります。また、AIが生む誤訳や、事実とは異なる“ハルシネーション(幻覚)”を見抜く力も、人間ならではの重要な役割です。「AIのハルシネーションを見抜き、企業を危機から救う」という新しい仕事が生まれるかもしれません。

作家の多和田葉子さんは『エクソフォニー』でこう記しています。

「言葉にはからだがある。文章は意味を伝達するだけではなく、体があり、

その体には、体温や姿勢や病気や癖や個性がある」

言葉の温度や息づかいを伝えられるのは、人間通訳者だけです。

将来は、AIと共存しながら「新しいコミュニケーション」を創り出していけるはずです。

サーヤさんには、通訳という枠にとらわれず、広い視野でキャリアを築いていってほしいと願っています。

山本みどりの回答

A. 通訳という職業に未来はあるのか-私もよくこのことについて考えます。この業界にいる人なら、多かれ少なかれ誰しも気になっていることではないでしょうか?

先日開催された日本会議通訳フォーラムにおける、松下佳世先生による基調講演『AI時代の通訳戦略:技術革新とキャリアの未来図』 は、まさにドンピシャでこの点に切り込んでいく内容でした。学術的に人間と機械の通訳の違いを示されていました。将来的にアーカイブが公開予定ですので、まずはこの講演をご覧になることをお勧めします。

現状では、人間による逐次通訳や、感情のニュアンスや臨場感が求められる、いわゆる「エモい」通訳(芸術やスポーツ、文化的行事など)などは今後も残っていくだろうと言われています。私の理解でざっくり言うと、通訳者の存在が聴衆にも見えるような案件は残る可能性が高そうです。また、法務や金融などコンプライアンスに厳しい業界も、機械通訳導入には慎重になるかもしれません。

一方で、同時通訳が今すぐなくなることは考えにくいです。サーヤさんが現役で働く期間はあと30年以上ありますよね。大学卒業後に通訳・翻訳に絞らなくても構いません、じっくり周りを見ながら、訓練・キャリアを積みながら、ご自身もこの問題を考え続けていくのはいかがでしょうか。

大学卒業後すぐに通訳者・翻訳者になるのではなく、まずは一般企業に就職して、いわゆる社会人経験を積んでみることは、通訳・翻訳業にも活かせる社会人としての基盤を培ってくれます。その間に、人間の通訳もAIによる通訳も、両方聞いてみるといいでしょう。AIによる通訳のメリット、デメリットや技術的な情報も集めて、ご自身が聴衆の立場からAI通訳を聞きたいかどうか、ジャッジしてみてください。同時に、通訳者としても訓練を続け、デビューし、なぜ人間の通訳が必要なのか、考えてみてください。またご自身の通訳としての適性(そもそも向いているかどうか、だけでなく、どういう種類の案件が好きなのか、得意なのか)も併せて考えていくことで、サーヤさんにとっての解が出ると思います。


岩瀬和美

通訳歴30年以上。ITやビジネス分野では日々奮闘しつつ、芸術関連の仕事に心癒される瞬間を見出している。還暦を過ぎ、これからの働き方・生き方を模索中。

山本みどり

英日会議通訳者。東京外国語大学タイ語科を卒業後、イタリア滞在中に通訳の仕事と出会う。インタースクールにて会議通訳コースを修了。合同会社西友、日本アイ・ビー・エム株式会社の社内通訳を経て、2009年よりフリーランスとして活動開始。特に顧客訪問や取材時の逐次通訳が得意。 Website: yamamoto-ls.com