【第2回】通訳なんでも質問箱「シーズンとスケジューリング」

「通訳なんでも質問箱」は、日本会議通訳者協会に届いた質問に対して、対照的な背景を持つ協会理事の千葉絵里と関根マイク(プラスたまに特別ゲスト)が不定期で、回答内容を事前共有せずに答えるという企画です。忘れた頃にサプライズが生まれるかもしれません(!)。通訳関係の質問/お悩みがある方はぜひこちらからメールを。匿名で構いません。

では、今回の質問です。

Q. 私は通訳ガイドです。通訳ガイド業界ではハイシーズンとローシーズンの差が極端なのですが会議通訳業界も同じなのでしょうか?同じような傾向がある場合、それがスケジューリングにどのような影響を与えるのかおしえてください。


千葉絵里の回答

仕事が集中する時期、そうでない時期は確かにありますね。ただ、これはどういう分野で仕事をしているかによってもかなり違うという感じがしています。私は主にビジネス分野、IRなどの仕事が多いので、企業の決算発表が行われた直後などはかなり忙しいです。時期的には2月半ば~3月半ば、5月半ば~6月一杯くらいまで、8月下旬~9月一杯くらいまで、11月半ば~12月半ばくらいまで。それ以外の仕事も入ってくるので、9月~12月はかなり忙しい時期といえます。それに対し、1月全般、4月・5月・7月・8月の前半あたりの仕事量は多くありません。あくまで自分の場合であり、年によっても異なりますが。でも、学術・製薬・スポーツ・学校関係の仕事が入ってくるようになると少し様相が変わってきました。大きな国際会議を数多く担当されているベテラン通訳者の方は、もっと春・秋への集中が大きいかもしれません。

スケジューリングへの影響ですが、ローシーズンについては特に対策はしていません。1月は確定申告の準備もありますし、忙しい時には読めない本を読んだり少しまとまった勉強をしたりして過ごします。気を遣うのはハイシーズンのほう。能力体力以上に仕事を引き受けないように気をつけています。海外の通訳者が多く加盟している国際会議通訳者協会(AIIC)では、「キチンと準備し、安定したパフォーマンスを出すには週に4日働くのがベスト」としている、という記事を読んで、参考にするようになりました。また、資料読みの際にどれくらい時間がかかったかも時々タイマーアプリ(例えばこちら。同じ種類の活動にラベルをつけておくと、活動ごとにかかった時間を集計できます)で計測し、事前の推定必要時間との差異を確認し、準備にかかる時間の予測精度を高めるようにしています。だいたいにおいて必要時間を少なく見積もっていることが多いので、バッファを持たせた日程を組むようにしています。

とはいっても、9月~12月のピークシーズンにはなかなかそういうことも言っていられません。突発案件も入ってくるので、最初はゆとりのある日程のはずだったのに、全くなくなってくることもしばしば。とにかくこの時期は体調維持に気を遣います。正月休みなど、長期休みに突入した途端に気が緩んで寝込む、みたいなことは「通訳者あるある」ですね。

関根マイクの回答

一般的には8月や12月末~年明けなど、外国人が本格的な休暇に入る時期はスローになるといわれています。実際、この時期に開催される国際会議や重要なビジネス会議は比較的少ないです。しかしこれは一般的な話であって、活動分野によっては年末が忙しい通訳者もいます(大晦日の格闘技イベントで通訳する方も)。

これがスケジューリングにどのような影響を与えるかですが、個人的には無理に仕事を入れずに、インプット(自己投資)の時間と割り切って勉強したり、好きなことをして遊んだりすればよいと思います。Work hard, play hardですね。私は、通訳はデザインのように個性と創造性が重視される仕事だと考えているので、下記動画でStefan Sagmeisterが語ったように、創造性が枯渇しないように長期休暇をとる重要性がよくわかります。彼のように1年は休めませんが(笑)。

私は5年前(2013年)に沖縄から東京に移住して、最初の数年は忙しくしていたのですが、今後はもっと休みを増やしていく予定です。収入は減るかもしれないけれど、キャリアはマラソンのようなもの。創造性を維持しながら仕事を楽しみたいですね。

こちらは最近ネットで話題になった記事ですが、「センスは無くなるもの」というくだりにとても共感できます。

デザイナーとしてのゆるやかな死

通訳者にも「ゆるやかな死」はあります。訳は正確かもしれないが、言葉にぬくもりが感じられない、と言ったらわかるでしょうか。センスがなくなった通訳者は、つまりインプットをやめた通訳者は、当然ですが成長が止まります。この業界は小さいですから、腕が落ちた通訳者はすぐにバレます。「あの人、数年前に一緒だった時は上手かった気がしたんだけど、どうしちゃったのかなあ……」と感じることもしばしば。いまの通訳業界はそのような人でも仕事が得られるような状況にありますが、市況が悪化したらどうでしょうか。

目の前に仕事があるからといってなんでもかんでもすぐに飛びつかず、長期のキャリアプランをもってスケジュールを組んでほしいと私は思いますね。


千葉絵里

日本会議通訳者協会理事。特許事務所、自動車会社勤務等を経てフリーランス会議通訳者。得意分野は自動車、機械、経営、IR、人材&組織開発。力試しに受験した通訳学校のプレースメントテストをきっかけに通訳訓練を開始、二つの言語世界を行き来する面白さに魅了され現在に至る。海外留学経験はなく、通訳学校育ち。効果的な学習方法や仕事の準備の仕方を工夫することが好きで、勉強法・学習理論・心理学・コーチングなどの本を読むのが趣味。最近読んでよかった本は『GRIT やり抜く力』(アンジェラ・ダックワース著)『成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法』(加藤洋平著)。

関根マイク

会議通訳者、名古屋外国語大学大学院兼任講師、日本会議通訳者協会理事。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。午後2時頃からエンジンがかかってくる遅咲きタイプの通訳者。現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。イングリッシュ・ジャーナルに『ブースの中の懲りない面々~通訳の現場から』、通訳翻訳WEBに『通訳者のメンタルトレーニング』、通訳翻訳ジャーナルに『通訳の危機管理対策ドリル』を連載。