【第14回】通訳なんでも質問箱「フリーランスへの転向タイミング」

「通訳なんでも質問箱」は、日本会議通訳者協会に届いた質問に対して、認定会員の岩瀬和美と山本みどり(プラスたまに特別ゲスト)が不定期で、回答内容を事前共有せずに答えるという企画です。通訳関係の質問/お悩みがある方はぜひこちらからメールを。匿名で構いません。

Q.アザラシと申します。現在企業で正社員として社内通訳をしております。一方、いつ頃フリーランスへ転向すべきか悩んでおります。社内通訳者からフリーランスへ転向する際に、最低限必要なスキルセットはどのようなものがあるのでしょうか。加えて、理想的なタイミングを教えてください。


岩瀬和美の回答

アザラシさま

 フリーランスへの転向は、私もずいぶん悩みました。ただ、すでに社内通訳として活躍しているのであれば、技能的にはスタートラインに立てていると考えて良いと思います。まずは自分がこれまで培ってきた専門分野の知識が活かせる案件からスタートすれば、現場に出ていく中で様々な課題が見えてくるでしょう。

 フリーランス通訳者は、社内通訳とは異なり、クライアントが固定ではありません。日々異なるクライアントと接するわけですから、コミュニケーションスキルは非常に重要です。聴衆やクライアントとの関係構築、そしてプロジェクトマネジメントスキルも求められる場合がありますから、現場で業務をする際にはそんなところも先輩通訳者さんから盗んで見ると良いと思います。

 また、安定した収入を期待できるわけではありませんから、資金管理能力も身につけておかれると良いのではないでしょうか?

 最適な転職タイミングについては、私も正直わかりません。私がフリーランスになったのは、もう四半世紀以上も前のことです。当時は、社内で経験を積みつつ、フリーランスになることを目指す人が多かったように思います。しかし、今は時代が変わり、世界情勢は非常に不確定で、市場は急速に変化しています。これはフリーランス通訳者にとって大きな課題です。例えばコロナ前、フリーランス通訳業界は活況で、社内通訳からフリーランスへ転向した方が多くいらっしゃいました。しかし、ある日突然全く仕事がない状況が生まれてしまったのです。市場が回復しても、最初に声が掛かるのはこれまでお付き合いのある信頼関係が構築されている通訳者になりますから、駆け出しの皆さんはかなり苦労されたと思います。

ただ、このような不確定な状況の中でも、多くの新しい通訳者さんが挑戦し、活躍されています。アザラシさんがフリーランス通訳を目指すのであれば、まずは一歩踏み出して挑戦することをお勧めします。もし働き方が自分に合わないとか、まだ準備が足らないなと感じたら、再び社内通訳に転向することも可能です。何事も挑戦することが大切です。

山本みどりの回答

最初にぜひお伝えしたいのは、理想のタイミングなどないということ。最後には「エイヤ!」で飛び込むしかないと思います。ただ、その「エイヤ!」をする前にできること、知っておいた方がいいこともあります。具体的には通訳スキル、経理スキル、事務スキル、販路開拓スキルです。

また、理想のタイミングという意味でぜひ考えてほしいのがお金のことです。よく資産運用の世界で「生活防衛資金が必要だ」と言われます。不測の事態に備えて、生活費の6か月~2年分の貯蓄を持っておくといいという考え方です。フリーランス転向にあたっても同じこと。お金のために不本意な仕事を請けざるを得ない状況になってしまうことは避けたいですよね。

通訳スキルについて。アザラシさんは今お勤めの企業でフリーランス通訳者と組む機会はありますか?もしあるなら、フリーのパートナー通訳者と自分の通訳スキルを比較してみましょう。少し話ができる間柄なら、率直にフリーランスとしてやっていけると思うか、尋ねてみるのもいいと思います。

また、スキルというより実績ですが、IT、金融、製薬の3つの分野が最も引き合いが多いと言われています。少なくともどれか一つの分野でインハウスの経験を積んでおくと、フリーランスになったときに案件の問い合わせが来やすいでしょう。

フリーランスになったからと言って、社内通訳に戻ることも不可能ではありません。社会保険の手続きや諸方面への連絡等煩雑ではありますが、とりあえず期限を切ってやってみることもできます。また、フルタイムで社内通訳をやりながら、時々フリーランスを体験してみることも、やろうと思えばできます。JACIのウェビナーで同時通訳ボランティアを募集していることもあります。少し試してみてから本格的に決めるのもありだと思いますよ。

そして経理スキル。自分で帳簿をつけ、確定申告をしなければいけません。これは税理士に依頼すれば外注可能です。また、他にも確定拠出型年金や小規模共済など、フリーランスが資産形成のためにできることは多々ありますし、節税対策にもつながります。会社員時代には考えなくてよかったことが、フリーになると「知らなければ損をする」ことにもなりかねません。

事務スキルという意味で言うと、スケジュール管理も重要です。ダブルブッキングはタブーです。それを防ぐためには次々とやってくるメールを処理し、問い合わせを請けたり断ったりし、仮ステータスのままの案件の問い合わせをしたりしなくてはいけません。一つ一つの問い合わせに対応するには意外と精神エネルギーを消耗しますし、意思決定スキルも必要です。自分の通訳ビジョンやキャリア戦略などがないと、その場しのぎでの対応になってしまい、長期的に満足のいくキャリアになりにくいです。

最後に、販路開拓スキル。エージェントに登録に行ったり、同業者とのネットワーキングに参加したり、オンラインマーケティングをやったり。いろいろな場で自分を知ってもらうことで将来の問い合わせにもつながります。

まずはご自身のなかで「なぜフリーランスになりたいのか?フリーランスになって何を達成したいのか?」を言語化するとよいかもしれませんね。大それたことでなくてもいいんです。ただ、自分の考えを言語化しておくことで、迷った時の指針にもなりますよ。

がんばってください!


岩瀬和美

日本会議通訳者協会認定会員。1992年通訳業務を開始。IT、金融、マーケティング、教育、芸術、ファッション、 スポーツ等多様な分野に対応。バイリンガル司会、 ウェビナーのファシリテータも行う。

山本みどり

英日会議通訳者。東京外国語大学タイ語科を卒業後、イタリア滞在中に通訳の仕事と出会う。インタースクールにて会議通訳コースを修了。合同会社西友、日本アイ・ビー・エム株式会社の社内通訳を経て、2009年よりフリーランスとして活動開始。特に顧客訪問や取材時の逐次通訳が得意。 Website: yamamoto-ls.com