【第10回】通訳なんでも質問箱「損害賠償条項と営業活動の制限」

「通訳なんでも質問箱」は、日本会議通訳者協会に届いた質問に対して、対照的な背景を持つ協会理事の岩瀬和美と関根マイク(プラスたまに特別ゲスト)が不定期で、回答内容を事前共有せずに答えるという企画です。通訳関係の質問/お悩みがある方はぜひこちらからメールを。匿名で構いません。

今回は通訳会社と通訳者が締結する業務委託契約書に関する質問です。きわめて専門的な内容のため、緑川由香法律事務所の緑川由香弁護士に意見書を作成していただきました。

Q.エージェントから提示された業務委託契約書に、以下のような、1.損害賠償に関する条項、2.営業活動を制限する条項がありました。契約にあたり、注意すべき点を教えてください。

1 損害賠償条項

① 「本業務の遂行上、受託者が委託者に損害を及ぼした場合、または本契約に違反して委託者に損害を与えた場合には、受託者はその損害を受注金額の範囲内において賠償する責めを負う。」

② 「委託者が、本業務に関連して第三者から何らかの請求を受けるなどして損害を被った場合、または費用の支出を行った場合、受託者は、委託者に対して、その損害及び費用(弁護士費用を含む)を賠償する。」

2 営業活動の制限

「受託者は、委託者の事前の書面による承諾がある場合を除き、委託業務中及び委託業務終了後●年間は委託者の顧客に対して一切の営業活動をしてはならない。」

 

緑川由香弁護士の回答

1 業務委託契約書に「損害賠償条項」が設けられることがよく見受けられます。

契約を締結した債務者が債務不履行に陥った場合、債務者に故意・過失等の帰責事由がある場合には、当該債務不履行から通常生ずる損害を賠償することが民法で定められています。また、特別の事情によって生じた損害については、その特別の事情を債務者が予見し、あるいは予見可能であった場合に、当該損害を賠償することも定められています。

ところで、債務不履行には、履行遅滞(例えば、翻訳の締切を徒過したような場合)、履行不能(例えば、会議通訳を受注したけれども、その会議に行くことができず、通訳業務を行えなかったような場合)、不完全履行(例えば、納品した翻訳に誤りがあったような場合)の3種類があります。

また、契約上の債務不履行に基づく場合だけではなく、故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した場合にも、不法行為として、これによって生じた損害を賠償する責任が生じます。

したがって、業務委託契約書に「損害賠償条項」がなかったとしても、受託した翻訳や通訳業務に債務不履行があった場合、あるいは、不法行為責任が生じる場合には、民法の規定によって上記の範囲で損害賠償義務を負うことになります。

しかし、契約当事者間の合意によってこの一般的な損害賠償義務の範囲を加重したり軽減したりすることも可能です(但し、あまりにも一方当事者に不利益となるような場合には、裁判所の判断で民法上の公序良俗に反して無効とされる可能性があります)。

①は、受託者が、委託者に対して不法行為責任を負う場合(「委託者に損害を及ぼした場合」)、あるいは、債務不履行責任を負う場合(「本契約に違反して委託者に損害を与えた場合」)に、受託者が賠償義務を負う範囲を規定する条項です。

受託者が賠償義務を負うのは「受注金額の範囲内」として、その範囲を限定しているので、受託者にとって、損害賠償義務を負う範囲を予測し、かつ、限定できるというメリットがあります。

しかし、他方において、同条項は、受託者が賠償義務を負う場合に、受託者の帰責事由を要件とする旨明記していないので、受託者は無過失であっても賠償責任を負うように読めます。

そこで、受託者としては、賠償義務の範囲を「受注金額の範囲内」とする内容を維持しつつ、「受託者の故意又は(重)過失により」など、受託者の帰責事由を要件とする旨明記するよう契約書の修正を求めるとよいと思います。

②は、まず、委託者が本業務に関連して第三者から何らかの請求を受けて損害を被った場合の賠償責任を受託者に負わせる内容となっていますが、債務不履行や不法行為などの受託者の責任に起因しない場合についても、受託者が賠償しなければならないように読める点で、受託者にとって不測の賠償責任が生じるリスクがあります。

次に、受託者が賠償すべき損害の範囲を、委託者が第三者から何らかの請求を受けたことにより生じた損害や支出した費用の全部としており、受託者が予見できない範囲まで賠償すべき損害が拡大するリスクがあります。

そこで、受託者としては、このような条項については、条項自体の削除を求めるか、受託者の債務不履行や不法行為などがある場合として責任が生じる場合を限定し、また、賠償額についても、受託者の債務不履行や不法行為から通常生ずべき損害の範囲としたり、①と同様に損害額を限定するなどの修正を求めて交渉することが重要と思います。

2は、委託者であるエージェントの顧客を維持して営業を保護する目的から設けられます。

受託者と委託者は継続的な雇用関係にあるものではなく、フリーランスの受託者が委託者であるエージェントからスポットで個別の業務を受託するという関係に鑑みると、受託者の営業の自由を可能な限り確保するために、できれば削除を求めて交渉するのがよいと思われます。

仮に、受託者の営業を制限する条項を設けるとしても、受託者の営業禁止の対象となる「委託者の顧客」は、委託者の全ての顧客ではなく、受託者が委託者から受託した個別の業務の顧客に限定されることを確認して、そのように修正したり、また、その期間が業務終了後数年間にわたるような場合には、これを業務期間中に限るとしたり、または、相当と思われる期間に限定するよう求めて交渉を試みるとよいと思います。


緑川由香

弁護士。緑川由香法律事務所。早稲田大学法学部卒業。検察官を経て1996年から弁護士。会社や個人事業主からの依頼による契約書のリーガルチェック、労務相談、交渉、訴訟対応のほか、個人からの依頼による交渉、訴訟対応、相続、離婚、財産管理等を取り扱う。東京家庭裁判所家事調停委員、BPO(放送倫理・番組向上機構)青少年委員会副委員長。

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