【第1回】知っていればこんなに楽しいワイン通訳~葡萄畑から食卓まで~「スパークリングワイン」

みなさん、初めまして。東京在住の通訳者の松岡由季です。今回から「ワインと通訳」の連載を担当させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。

おいしい料理とワインを楽しむのは大好きなのに、ワインの通訳は業界特有の用語や表現が多くて楽しめないというのはとても残念!でも実際そうなのです。英語の説明の中に突如として出てくるフランス語、聞いたことのないような香りの表現。膨大な知識が必要なように思えますが、土台となる栽培や醸造に関わる知識、供出するときの表現をおさえておけばスムーズに通訳できます。用語や表現について解説しつつ、ワインの世界を楽しく紹介します。

初回は、ワイン通訳の場面や面白さについてのご紹介、それに蒸し暑い季節になって来ましたので、スパークリングワインについて取り上げてみたいと思います。

ワイン通訳が必要な場面は、海外のワイナリーから醸造家を招いてのセミナー、レストランでお食事に合わせてワインを紹介する機会、展示会などです。いずれも対象は業界の方(輸入業、販売業、飲食業、ワインスクール運営など)が多いです。仕事の紹介は通訳エージェンシーからの場合や、ワインスクールが「海外から醸造家を招いてセミナーを行うので通訳者探してます」と募集をしていることもあります。

ワインの通訳の面白さは、「手塩にかけて育てたブドウで、こんな工夫をしてこんな素晴らしいワインができたんです!」という作り手の情熱を通訳者という立場で伝えることができることに尽きます。専門用語や、フランス語なのか?これは?というような言葉、小難しい言葉がたくさん出てきますが、要は「どんな特徴を持ったワインで、どんなシーンで飲んでもらいたいのか」というメッセージを伝えるために、ワインの世界では共通の言語で一生懸命伝えようとしてくれているのです。栽培(農学)、発酵(化学)、マーケティングからガストロミーまで、ワインが口の中に入るまでのストーリー、そこに関わった人たちの情熱やロマンを追体験してオーディエンスに伝えることができるのは、通訳者冥利に尽きます。

私の個人的な思いはこのくらいにしておいて、今回は蒸し暑い季節を乗りきるにはぴったりなスパークリングワインについて取り上げたいと思います。

シャンパーニュがあまりに有名ですが、スパークリングワインで作り手が強調したいのは瓶内二次発酵(secondary fermentation)かどうか、ということです。あ、ちなみにChampagne(英語だとシャンペイン)は業界の方たちの前では日本語でもシャンパーニュと言いましょう。シャンパンやシャンペンではなくて、フランス語読みのシャンパーニュ。ワインの世界ではフランス語の地位が高いですね。

シャンパーニュは、フランスのシャンパーニュ地方で作られ、フランスのワインの規制(原産地呼称統一制度:AOC法)の条件を満たした瓶内二次発酵ワインです。使用できるブドウの品種も白ブドウはシャルドネ、黒ブドウはピノ・ノワールとピノ・ムニエに限定されています。通訳の仕事では、シャンパーニュ地方以外の醸造家につく機会の方がもちろん圧倒的に多いのですが、それぞれの地域にもご自慢のスパークリングワインがあり、そこで出てくるのが「これは瓶内二次発酵だから」というセリフです。ここには、「あのシャンパーニュと同じように手間暇かけて作ったワイン」という気持ちが込められていることが多いです。一般的にはトラディショナル方式( Traditional Method )と言います。

それもそのはず。瓶内二次発酵のスパークリングはとても手間がかかるワインなのです。まず、ブドウの果房から果粒を摘み取り、茎を除きます(除梗: destemming )。黒ブドウ、白ブドウの果粒を圧搾して、果皮を取り除き、無色の果汁のみを集めます。この果汁をアルコール発酵させ、ブドウの果汁に含まれている糖分をアルコールに変えます。これが一次発酵( primary fermentation )になります。多くの場合、古いヴィンテージ(ブドウの収穫年のこと)のワインとブレンドします。これは毎年均一なスタイルを維持するための努力です。

瓶詰めされたワインに、天然酵母と糖液が添加されます(補糖: chaptalization、考案したジャン・アントワーヌ・シャプタルに由来)。この後、瓶内二次発酵をします。密閉した瓶の中で炭酸ガスが発生して、ワインの中に溶け込んでいきます。そうです!瓶の中であのシュワシュワが生まれるのです。これをなんと数年かけて熟成します(ヴィンテージは3年以上)。最初は横に寝かせて、そして徐々に少しずつ瓶を回しながら、瓶の口が下になるように瓶を傾けていきます(動瓶: riddling)。この作業によって、酵母の死骸であるオリ( yeast lees, sediment )が、瓶の仮栓のところに集まります。

そして瓶の口を急速冷却して、仮栓を抜くと、凍ったオリが飛び出します(オリ抜き: disgorgement)。さらにコルクで栓をする前に、ワイン原液と糖分を混ぜた「門出のリキュール」を補充します。どうですか、この手間!ですから「このスパークリングは瓶内二次発酵なんだ」と言われたら、その言葉の重みを受けとめることが大事なのかなと思います。

ちなみにコストがかからず大量生産できる方法としては、一本一本の瓶の中ではなくタンク内で二次発酵を行うシャルマ方式( methode charmat )、瓶内二次発酵を終えたワインを加圧したタンクに入れて、オリ抜きをまとめて行うトランスファー方式( transfer method )、スティル・ワインに人工的に炭酸ガスを注入する炭酸ガス注入方式( gasification, ワインはcarbonated sparkling wine )などがあります。瓶内二次発酵も各国でtraditionelle(仏)、cremant(仏:シャンパーヌ地方以外)、flaschengaerung(独)、metode classico(伊)、cap classique(南ア)などと言われますがですが、だいたい「トラディショナル」「クラシック」という響きがあれば瓶内二次発酵と思って大丈夫です。

用語をいくつか英語で併記しましたが、フランス人でなくても特にヨーロッパの方や、日本人でも業界の方はフランス語の用語の方が通じる場合もよくあります。アルコール発酵(フェルマンタシオン)、調合(アッサンブラージュ)などは英語とよく似ていますが、動瓶(ルミュアージュ)、オリ抜き(デゴルジュマン)、門出のリキュールを入れること(ドザージュ)などという言葉も飛び交います。

世界には良い瓶内二次発酵ワインがたくさんあり、どんどん進化しています。スペインのカヴァ、イタリアのフランチャコルタなどが有名です。価格もシャンパーニュと比べるとお手頃なので、この季節にオススメです。

お肉やチーズ、バターなどを豊富に使った濃厚なお料理の時には、赤ワインのスパークリングもいいですね。イタリアのランブルスコもキリリと冷やして飲みたいですね。

■今月のおすすめワイン

スペインのカヴァ(Cava)
Robert. J. Mur(ロベルト・ホタ・ムール社)

シャンパーニュ並みの長期間の熟成で、スペインの三つ星レストラン「エル・ブジ」のハウススパークリングにも選ばれた作り手です。

辛口ですが、蜜がたっぷり詰まったリンゴのような甘い香りがするのは、チャレッロというブドウ品種を60%使用しているから(Cavaでは通常30%程度)。黄金色でキラキラ輝いていて、口の中いっぱいに泡がふんわり広がります。

お手頃なレゼルヴァ・ブリュットは3,000円以下で購入できます。


松岡由季(まつおかゆき)

通訳者。日本ソムリエ協会ワインエキスパート。ドイツワイン協会ドイツワインケナー。ワインはもともと赤白ロゼの区別しかつかなかったが、出張先の南アフリカで出会ったワインの美味しさに感動してワインの世界へ。農家や醸造家の情熱や思いを伝えるワイン通訳の醍醐味を知る。その他通訳分野は、IR、自動車、ITなど。著書に「観光コースでないウィーン」(高文研)