【第9回】この台詞に注目!映像翻訳の楽しみ方『ハイジャック』

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映像翻訳者の松本陽子です。配信作品を中心に字幕翻訳と吹替翻訳を手がけています。映画を見るのが大好きで、2022年は映画館で190本ほど鑑賞しました。動画配信サービスでも多くの作品を見るなかで、すばらしい訳に出会い、「この見事な技術を身につけたい」と思ってきました。そんな日本語訳を、ご紹介します。

第9回の作品はイドリス・エルバが主演するサスペンスドラマの第1話で、字幕翻訳は仲村渠和香子さん、吹替翻訳は橋本真砂子さんが担当しています。

Hijack — Official Trailer | Apple TV+ ※予告は英語字幕版のみ

ドバイからロンドンへ向かう飛行機の中でハイジャックが起き、乗客で腕利きの企業交渉人であるサム・ネルソン(イドリス・エルバ)がその危機に立ち向かうというストーリーです。1話50分ほどで全7話ですが、毎回あまりにも一気見したくなる展開のため、『24 ‐TWENTY FOUR‐』の魅力と比較した記事もいくつか出ています。

さて今回取り上げるのは、サムが近くに座っている男性の乗客たちに話しかけるシーン。彼らは、銃を構えているハイジャック犯たちと戦おうと準備を進めています。その様子をたしなめるように、サムが声をかけます(30:25)。

1.

原文)No one is asking you to make this call. No one. All right?

字幕)誰も戦えとは頼んでない

吹替)誰も戦えとは頼んでない、そうだろ、なあ

2.

原文)Just because you speak the loudest doesn’t mean you’ve got anything better to say.

It doesn’t mean you’ve thought this through.

字幕)それが正解とは限らない

よく考えろ

吹替)声高に叫んだ主張が必ずしもいいとは限らない よく考えてみろ

1では、「何かを決定する」の「make this call」を曖昧にせずしっかり訳出する必要があり、字幕、吹替ともに「戦う」としています。そして2では、吹替の「声高に叫んだ主張が必ずしもいいとは限らない」という訳が原文の言いたいことがきちんと入っていて見事です。ただ字幕では字数制限があり、この要素をすべて入れることはできないため、「それ」という指示語で直前の「戦うこと」を受けていて、こちらもすばらしいです。

このあと、主人公は決断を迫られることになります。彼は民間人であり、エージェントや警官、軍人ではないため、腕っぷしでハイジャック犯をねじ伏せるという選択はしません。企業交渉人として、交渉で事態を収拾しようと努めるのです。そして第1話の最後、驚きの作戦に出るのですが、それはぜひご自身の目で確かめてください。Apple TV+でも「手に汗握るスリル」と紹介されていますが、まさに言葉どおりの面白さで、続きが気になって仕方ありません。隅々までよく練られた作品ですし、これ以外にも勉強になる翻訳がたくさん出てきますので、ぜひ見てみてください。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

『ハイジャック』Apple TV+で全7話配信中

字幕翻訳:仲村渠和香子さん

吹替翻訳:橋本真砂子さん


松本陽子

大学卒業後、レコード会社や映画配給会社に勤務。アメリカに1年留学後、レコード会社で働きながら映像翻訳学校で学び、退職後はフェロー・アカデミーのアンゼたかし氏のゼミに通う。2017年から英日の字幕と吹替を手がける。Twitter