【第4回】この台詞に注目!映像翻訳の楽しみ方『ザ・メニュー』
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映像翻訳者の松本陽子です。配信作品を中心に字幕翻訳と吹替翻訳を手がけています。映画を見るのが大好きで、2022年は映画館で190本ほど鑑賞しました。動画配信サービスでも多くの作品を見るなかで、すばらしい訳に出会い、「この見事な技術を身につけたい」と思ってきました。そんな日本語訳を、ご紹介します。
第4回の作品は高級レストランを舞台にしたダークなコメディ映画で、字幕翻訳は井原奈津子さんが担当しています。
『ザ・メニュー』予告編
孤島にある予約が取れない人気レストランを訪れたカップル(アニャ・テイラー=ジョイ、ニコラス・ホルト)。超一流シェフ(レイフ・ファインズ)が振る舞う極上のフルコース・メニューを目当てに、他にも数組のゲストが来ています。しかし、そのメニューには考えもしなかった“サプライズ”が添えられていました。
さて今回取り上げるのは、この店を訪れた若きIT長者の3人組が、店について話すシーン。コースの1品目をあまり気に入っていない様子です。いかにも高級レストランで経費を使って食事していそうな男性たちなのですが、そのうちの1人が、こう言います(20:49)。
原文)
Whatever. At least we can say we’ve been here, right?
My dad used to say that you buy the experience.
字幕)
とにかく一度 来ておけば
箔がつくからな
*「箔」に「はく」のルビ。
直訳すると「とにかく、少なくとも一度はこの店に来たことがあるって言えるだろう? 親父がよく言ってたよ、“経験を買え”ってな」です。
後半のニュアンスを「箔がつく」という言葉で見事に表現しています。彼は、この店に行くという経験を買うことで何を得られるのでしょうか。予約の取れない店に行けた自分は、それだけの人脈やコネがあり、大物であることを証明できるということ。つまり自分自身の価値を高めることで、それが「箔がつく」の一言に凝縮されており、すばらしい字幕です。
この作品は、アメリカの美食文化をとてもリアルに風刺しています。私は美食の街として有名なサンフランシスコに留学していたことがあるのですが、本作におけるフーディーと呼ばれる美食家の描き方が現実味たっぷりで、脱帽しました。ダークなコメディでありながらサスペンスでもあり、先の読めない展開にハラハラします。これ以外にも勉強になる台詞がたくさん出てきますので、ぜひ見てみてください。ちなみに、Netflixの人気ドキュメンタリー・シリーズ『シェフのテーブル』にも影響を受けていますので、そちらも合わせて見ると、より楽しめます。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。
『ザ・メニュー』ディズニープラス他で配信中
字幕翻訳:井原奈津子さん
松本陽子
大学卒業後、レコード会社や映画配給会社に勤務。アメリカに1年留学後、レコード会社で働きながら映像翻訳学校で学び、退職後はフェロー・アカデミーのアンゼたかし氏のゼミに通う。2017年から英日の字幕と吹替を手がける。Twitter