ロンドン日英逐次通訳ワークショップ体験記

はじめに

2023年7月29日、英国ロンドンにて日英逐次通訳ワークショップが開催されました。JACIが主催し、欧州在住の日英通訳者を対象に行った企画です。今回は初の企画にも関わらず、8名限定の席が、告知直後に即完売という大好評をいただきました。

今回のワークショップ会場は、ロンドン金融街のど真ん中、Fleet Streetの貸し会議室。このイベントのために、日本から通訳講師の関根マイクさん(JACI理事)と、デジウェーブ講習のためにバルビエコーポレーションの吉岡余真人社長が渡英してくださいました。当日は、イギリス国内で続いている鉄道のストライキが重なってしまい、参加者の交通手段が心配されましたが、8名全員が無事に参加することができました。

この寄稿では、初回となったロンドンでのワークショップの内容や、参加者の様子、筆者が参加した感想などを交えた体験記をお伝えしたいと思います。

内容は、当日のプログラムのセクションごとに、渡辺有紀(英国在住JACI理事)と、パリからユーロスターに乗ってロンドンまで来てくれた参加者、石井友梨さん(パリ在住の日英仏通訳者)の二人で執筆しています。それぞれのパートは以下をご参照ください。

ーはじめに (渡辺)

ー日英逐次通訳ワークショップ「通訳における危機管理とは」(石井)

ー英日逐次通訳ワークショップ「声の立体性と言葉の距離感」(石井)

ーランチ&フリートーク「通訳者の市場価値を上げる方法」(渡辺)

ーデジウェーブ・マイスター認定講習 (渡辺)

ーまとめ (渡辺)

日英逐次通訳ワークショップ「通訳における危機管理とは」

まずは、通訳の三原則として以下のポイントを確認しました。

①メインメッセージを中心に展開

耳にした情報のうち20〜30%を「幹(コアメッセージ)」、70〜80%が「枝葉(比較的優先度の低い情報)」だと仮定します。その上で、「幹」は確実に訳出するとして、「枝葉」をどう処理するかを検討します。聞き手の理解を促すために、枝葉をどこまで出すのかや、最適な情報出しの順番を判断します。

②訳し始めと終わりを大切に

「リテンションがもたない!」と焦って通訳を始めたり、自信の無さから尻すぼみになったりすることは避けること。聞き手も不安になってしまいます。通訳としての信頼度を落とさないために、どんな心情であっても訳し始めと終わりは堂々と。

③選択肢を複数持つ

一つの単語に対してありきたりな訳だけでなく、複数の引き出しを持っておくこと。(例:exciting→ワクワク、wonderful, amazing→素晴らしい…以外の対訳を備えているか?)

他にも意識できるポイントとして、以下が挙げられます。

確度 (accuracy) よりも精度 (precision)

たまの100点満点よりも、毎回の70点~80点(合格点)以上を目指すこと。ダーツボードをイメージすると分かりやすいです。クライアントは安定したサービスを求めています。

④正しく間違う

原文が聞き取れなかった時やピンポイントで単語が出てこない時も、焦らずに合格点を目指します。平たく言うと、「間違っているとは言えない訳」といったところでしょうか。広義(より広い意味の括り)で捉えて処理すること(例:198?年公開の映画→80年代公開の映画)や、原文の構文に引っ張られずに捉え方を変えた構文で出すことも対処法の一つです。(石井)

英日逐次通訳ワークショップ「声の立体性と言葉の距離感」

⑤声の立体性

ここでは訳に奥行きを持たせる方法を学びました。声のテクニックとして以下を取り入れることで、大事なメッセージや情報を際立たせることが出来ます。

・単語の強調

・抑揚、音程のアップダウン

・意味に基づいた発音(例:longを“ろ〜んぐ”と発音)

(・「間」の活用 ※同時通訳用のテクニックとして)

⑥言葉の距離感

このワークショップでは、二つのテクニックを学びました。

一つ目は二人称(you)を取り入れてモノローグを会話調に転換する方法です。例えば、“Why is that?/なぜでしょうか。”と訳す代わりに“You might be wondering why that is. / これ、何だと思いますか?”と訳すことで、聞き手を巻き込むことが出来ます。

これを聞いてすぐに頭に浮かんだのが漫才でした。ツッコミ役がボケに対して、相方に直接ツッコむ代わりに「そんなん、おかしいですよね?!こいつ、またおかしなこと言ってますよ!」とお客さんに語りかけて間接的にツッコミを入れる型があります。この場合笑いだけではなく、会場に一体感が生まれる気がしませんか?通訳の文脈に話を戻すと、この手法だと聞き手も通訳された内容を「自分ごと」として捉え易くなります。

二つ目は、訳中にセリフを盛り込むかぎかっこ話法です。(例:前回の制作物レビューでは、「なんでこんなところにネジが散らばっているんだ!」と本筋とは関係のない作業環境にいちゃもんをつけられて、散々でした。)五年程前に、まさにこの手法を取り入れた先輩の通訳を聞いて「分かりやすい!」と思った経験があります。そう感じた理由は、その情景やセリフの発言者の顔までもが頭に浮かんだからです。逐次のメモ取りでも記号や絵に頼るように、たとえ頭の中であっても視覚情報は記憶に残りやすいのではないでしょうか。(余談ですが、前述の先輩の事例では、具体的な訳文は覚えていなくてもその時に描いた情景や会議内容は今でも覚えています。)

まとめ・感想

逐次通訳では「時間的」距離だけでなく、目の前にいる第三者を介してメッセージが伝えられるため、聞き手(クライアント)と発言者との間に「心理的」距離も発生し易いと思います。ですが私たち通訳者が「言葉の距離」を意識することで、クライアントは心理的にもその「場」に入り込み、発言者と心を通わせることが出来るようになるのではないでしょうか。こうしてクライアントにコミュニケーションの成功体験を提供出来た時に、私たちとクライアントの間にも信頼関係が生まれるのだと思います。

また、声の立体性の効果を再認識したことで、最近自問自答していた悩みが少し解消されました。それは、聞き手にかかる負荷(特に同時通訳時)についてです。このことを考えるきっかけになったのは、AI同時通訳のデモ動画でした。プロの会議通訳者がAIによる通訳を評価するという内容で、AIが原文の情報を一切落としていない点が評価されていました。デモの言語ペアはスペイン語>英語。私はスペイン語を話さないため原文と通訳の答え合わせは出来ず、AIによる通訳を純粋な英語のスピーチとして聞いていました。すると、驚くほど疲れてしまったのです。抑揚のない声で密な情報を淡々と出されても、かなり能動的に理解しようと努めないと内容が頭に入ってこなかったためです。その時に、同通ブースからたまに目撃する(悲しくも)ヘッドセットを外すクライアントの気持ちが分かった気がしました。そして、クライアント目線で改めてパフォーマンスを見直さなければと強く感じました。さらには、それが出来ないとAIに負けてしまうと危機感を覚えたのでした。

そのためには、例えば①で考察したように、配布資料に記載の内容は敢えて「資料にもありますように…」と省略したり、クライアントが目指す商談の着地点に合わせて⑤のテクニックで訳にメリハリをつけたり、微妙な技を重ねることでAIにも負けない聞き手フレンドリーな訳を提供することが出来るかと思います。…とは言え、言うは易く行うは難し。通訳するたびに自分のパフォーマンスを振り返りながら、品質向上を目指したいと思います。

はるばる欧州まで足を運び、たくさんの気づきを与えてくださった関根マイクさん、欧州初となるワークショップを企画・運営してくださった渡辺有紀さんをはじめとするJACIの皆さまに、心から感謝致します。(石井)

フリートーク「通訳者の市場価値を上げる方法」

ランチタイムには、参加者の皆さんから事前に募集していたトピックを土台に、フリートーク形式で盛り上がりました。トピックの中には「リモートと対面案件のバランスの取り方」「通訳練習をどうしているか?」「一人体制の対面逐次で、同通が必要になった時の対応」などなど、実際に日頃の通訳現場で直面している課題や、ちょっとした疑問などを参加者同士で、活発な意見交換をすることができました。また、セッションの後半では、講師の関根マイクさんへの質疑応答の時間も設けられ、通訳における「日本と欧州市場の違いやトレンド」、「エージェントとの付き合い方」、「JACIの認定会員に関すること」など、こちらも大変有意義なお話を聞くことができました。また、参加者から寄せられた質問の中には「心身ともに健康に、燃え尽きず、長く通訳業を続けるために心がけていることはありますか?」などもあり、個人的にはそういった側面からのアドバイスも非常に役だったと感じています。(渡辺)

デジウェーブ・マイスター認定講習

ランチ後には、バルビエコーポレーション株式会社の吉岡余真人社長による、デジウェーブ・マイスター認定講習が行われました。こちらの講習会は先日東京でも開催されましたが、それに先駆けた初の講習会が、ロンドンで行われました。参加者は全員、デジウェーブに初めて触れ、実際の機材を手にとって使用しながら、その機能や設定方法を学ぶことができました。初めに吉岡社長からレクチャーを受けた段階ではとても複雑に思えた使用方法も、実際に自分が通訳者として現場にいるつもりで使ってみると、色々な発見がありました。まず、耳から入ってくる音質の良さ。そして持ち運びの手軽さ。複数のチャンネル設定や、スピーカーの集音マイクとしても利用できる点など。通訳者の「痒いところに手が届く」機能の数々に感動しました。こちらは後日、参加者全員にデジウェーブ・マイスター認定証が発行されました。(渡辺)

おわりに

今回、参加者の皆さんからは「大変有意義だった」「皆の意見が聞けてよかった」「(逐次通訳ワークショップでの)関根講師から勇気をもらった!」などの声が寄せられました。また早速「デジウェーブをぜひ現場で使用したい」という要望も出ています。欧州在住の日英通訳者は、皆が各方面で活躍しているものの、日本と違ってその絶対数が少ないことから、なかなか大勢で集まっての同業者イベントなどができていない現状があります。個人的にも、日々の業務の中で孤軍奮闘していることも多いので、今回のような、学びと交流の場が一体になったようなイベントは、大変貴重だったと感じます。このような機会を、今後とも継続していけるよう、JACIとして何ができるのか考えています。欧州というのは日本からすると「アウェイ」かもしれません。しかし日本語通訳者は確実に存在し、遠くから日本の政治、経済、そして未来に貢献すべく日々奮闘しております。この記事を読んだ欧州在住の通訳者の皆様、また日本在住でも何かコラボ企画などご提案いただける方がありましたら、ぜひお声がけいただければ幸いです!

最後に、今回日本からデジウェーブの機材を抱えて遥々イギリスまで飛んで来て下さったバルビエコーポレーション株式会社の吉岡社長、本当にありがとうございました。3泊4日と短い滞在にも関わらず、イギリスでもご自身が大好きな鉄道を満喫すべく、日帰りでロンドン〜ヨーク(片道3時間!)電車の旅を決行し、目をキラキラさせておられました。次回の渡英ではぜひ蒸気機関車が見られますように。そして、夏のバカンスを返上してロンドンまで来てくださった講師の関根マイク理事にも感謝したいと思います。ロンドンの金融街をユニクロのTシャツとジーンズという出立ちで闊歩する姿は、オフのジェイソン・ステイサムかと思わず二度見しました。企画の段階から「よし、ロンドン行くよ!ワークショップやろう!」と一声で即決。記念すべき第一回ロンドンワークショップを盛り上げ、成功に導いてくれました。これからも欧州在住の日本語通訳者をどうぞよろしくお願いします。(渡辺)

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渡辺有紀

日本で大学卒業後、通訳学校を経て、社内通翻訳者や役員秘書として勤務。2013年に渡英。イギリス現地企業に勤務後、日英通訳者として再挑戦すべく大学院へ進学。2022年ロンドン·メトロポリタン大学会議通訳修士課程修了。現在、フリーランス日英通訳者として稼働中。2023年1月よりJACI理事に就任。英国オックスフォード在住。LinkedIn

石井友梨

パリ在住、日英仏会議通訳者。日本の大学で仏語・英語を勉強し、フランス、アメリカに留学。卒業後、都内にて広告系の外資、日系企業に勤務。通訳学校を修了し、建築系の社内通訳2社、フリーランス経験を経て2020年渡仏。現地通翻訳エージェントでの勤務経験を経て、環境・エネルギー分野に特に力を入れてフリーランスとして活動中。日々料理に夢中。大阪出身。LinkedIn