【最終回】ロンドン・メトロポリタン大学会議通訳修士コース編「新たな挑戦へ」

こんにちは!ロンドン・メトロポリタン大学会議通訳修士コース在学中の渡辺有紀です。

今年の夏、イギリスは例年に比べて、暑い日が続きました。でも9月に入り、秋風がひんやり冷たい毎日です。そんな中で先日、エリザベス女王陛下崩御のニュースが駆け巡り、突然のことに国全体が悲しみに包まれています。現在は粛々と国葬の準備が進められているようです。

修士論文

私の二年間におよぶ大学院生活も、修了に近づいています。ロンドンメットの場合は、5月に通訳演習の最終試験があり、その後9月に修士論文の提出をもって修了となります(注1)。そのためこの夏、私は修士論文の執筆に追われて過ごしました。ロンドンメットの会議通訳修士課程では、英語で1万語の論文提出が修士号取得の条件となっています。なので学生は、後期に入ってから少しずつ自分の研究テーマを絞り、先行研究の文献を読むなどの準備を始めます。私は「通訳者の練習グループ」をテーマに選び、それについて調査することにしました。(注1: 修士論文を提出しない選択もできます。その場合、会議通訳修士号ではなく、通訳ディプロマという卒業証明の取得となります。)

通訳と練習時間

このテーマを選んだのは、この二年間(注2)の大学院生活で心底実感したのが、通訳練習の重要さだったからです。「通訳の勉強」というと、まずは語学のスキルや、語彙力、記憶力、理論など様々なことが思い浮かぶと思います。地道に語彙量を増やすことや、通訳言語の表現力を上げること、背景知識、音読やシャドーイングなど、いろいろなことが通訳訓練になると思います。ただ、通訳というスキルをマスターする段階では「とにかく通訳をする」ことに尽きるんじゃないかと、自分の体験から感じました。逐次も同時も同じです。実際のスピーチを聞きながらの通訳練習です。もちろん実際の仕事で通訳することも多いに役立つでしょう。でも「練習」というのは、自分の通訳を録音し、聞きなおして内容をチェック、そしてまた同じスピーチを繰り返し通訳してみる中で、一つずつ自分の改善点に取り組んでいくことです。これは仕事の本番ではなかなかできないことではないでしょうか。それに加えて個人的には、サイトラ(sight translation)も重視しました。学生であり、通訳スキルを身につける段階では、とにかく通訳している時間を長くすることが、効果があると信じて取り組みました。(注2:イギリスでは二年間で修士号を取得できますが、私はパートタイム学生だったため)

下りのエスカレーターを上がる日々

そうは言っても、授業と課題に加え、仕事や日々の生活の雑事の中で、通訳練習時間を確保するのはなかなか苦しい時もありました。二年間ただただ「あぁもっと通訳練習しなければ…」と苦い思いを背負って過ごしていた気がします。特に同時通訳に至っては、まさに「下りのエスカレーターを上っているような」日々でした。少しでも練習をサボると、あっという間に一番下に戻ってしまう。上に行くにも、3歩進んで2歩下がるような感じです。常に、複数のプロジェクトの用語集を作成しながら、背景知識をつけ、一つの課題が終わるとまたすぐ次の課題が待っている、という綱渡りを繰り返しながら、二年間が過ぎていきました。でも、不思議とそんな生活を止めたいとは思いませんでした。あえて辛かったことを挙げるとすれば(これは今でもですが)「自分の通訳が上達していない」と感じた時です。でも、そうやって這いつくばって過ごしてきた日々の中で学んだことは、ありきたりですが、あきらめず継続することの大切さです。続けることでしか習得できないスキルがあるとすれば、そこに通訳が含まれるのではないかと私は思います。当然ながら、大学院を卒業しても、私の通訳者としての修行は続いていきます。でも、大学院で学べたことで、一人だったら絶対にできなかったことに挑戦できたことが、私の財産になったと言えます。考えてみると、常に複数のプロジェクトを抱えて、準備→本番→準備を繰り返す日々は、会議通訳者の仕事そのものです。そんな階段の一段目に足をかけたのが、私の大学院生活だったのと、振り返っています。

大学院在学中にとてもお世話になった本たち。

今後の進路

ロンドンメットの大学院卒業後の進路としては、フリーランスの会議通訳者になる道が大半だと思います。EU加盟国の公用語を通訳言語とする学生は、EU専属通訳者になるための選考試験を受けたり、EU内でインターンとして働くなどの道も開けます。また、通翻訳エージェントのプロジェクト・マネジャーとして最初のキャリアをスタートする卒業生もいます。それとは逆に、修士号を取得したあと、通訳とは全く別の分野に進学したり、企業に就職したりするケースもあるようです。私の場合は、このままイギリスで、フリーランスの会議通訳者として稼働していく予定です。本音を言うと、通訳の需要がたくさんある日本に帰国して、社内通訳者など、定期的に長時間通訳ができる仕事がしたい!と思うのですが、家庭の事情でそうもいきません。この二年間、コロナ禍と大学院在学が重なり、その間RSI(遠隔同時通訳)でお仕事をいただけたことは、大変幸運でした。しかし、コロナ禍が明けつつある今、欧州在住通訳者の宿命である「出張」は避けては通れないようです。今後は、在英のフリーランス会議通訳者として、RSIも出張案件も積極的に受けて、仕事の幅をどんどん広げていきたいと思っています!

感謝をこめて

この二年間の大学院生活の中で、ロンドンメット会議通訳修士課程のコースリーダーであるDanielle D’Hayer先生にまず感謝の意を表したいと思います。Danielle先生はコースで教鞭をとりながら、自らも博士課程論文を執筆されており、そのエネルギーが何よりのインスピレーションでした。そして誰よりも親身になって、惜しみない情熱で通訳指導をしてくださったロンドンメット日本語科Tutorのグリーン裕美先生に心から感謝したいです。裕美先生が個人で運営されているグリンズ・アカデミーにも、大学院入学前からずっとお世話になっています。そこで出会った通訳仲間にも、この場を借りてお礼を言いたいです。仲間がいるからこそ、通訳の練習を継続することができています。そして、今回JACIでの連載という素晴らしい機会を与えてくださった、理事の関根マイクさんに深謝申し上げます。

拙い内容ではありましたが、連載を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。ロンドンメット大学院への入学希望、情報、または何かご不明な点がありましたら、どうぞお気軽にお声がけくださいませ!

J-Net (英国翻訳通訳協会の日本語ネットワーク)の集まりにて。右側がグリーン裕美先生、
左側は英国在住の会議通訳者&グリンズの先輩でもある山口江美子さん。中央が筆者。

渡辺有紀 Yuki Watanabe

2020年よりロンドン・メトロポリタン大学会議通訳修士課程に在籍(2022年9月卒業予定)。日本で大学卒業後、短期語学留学を経て日本で社内通翻訳を経験。2013年に渡英。現地企業で勤務後、通訳者として再挑戦すべく大学院へ進学。

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