【第1回】スポーツ通訳者インタビュー:小野優(ガンバ大阪)【後編】

2024年12月、JACIのスポーツ通訳部は大阪府吹田市にあるガンバ大阪のオフィスを訪問し、同クラブの専属通訳者である小野優(おの ゆう)氏にインタビューを行いました。全3回でお届けします。(※写真提供は記載がない限りガンバ大阪)



契約形態

クラブとの契約は基本的に業務委託である。扱いはフリーランス通訳者と同様の個人事業主である。通訳対象の外国籍選手やスタッフがクラブを退団することになると、自身の契約更新にも影響があり、非常に厳しい世界である。

通訳報酬の多寡を左右する要素としては、通訳者としての実績や経験年数よりも、まずはクラブのカテゴリー、つまりJ1かJ2、J3かが大きな意味を持つ。クラブの人件費、予算ありきである。小野いわく、Jリーグ内の通訳者のポジション獲得は、「衆議院選挙のようなもの」だそうだ。つまり議席数が限られているので、現職の席が空かない、あるいは増えない限り新人の参入は容易ではない。サッカー業界の通訳者が登録しているLINEグループが存在し、そこで通訳の空きポジションの情報などが共有されているとも聞く。ある意味で閉鎖的な世界で新人が仕事のチャンスを掴むためには、運や人とのつながりが大きな要素であることも否定できない。

一方で日々アップデートされるサッカーの戦術を学ぶための「勉強会」や通訳者の地位向上のための「通訳者連合」といった組織化は、現時点でJリーグ内では実現していないようだ(かつてそのような構想を掲げたこともあったが、実現には至っていない)。まだまだ通訳という仕事についての理解が十分ではなく、自分の仕事にプライドを持っているからこそ「たかが通訳」といった認識や「ただ言葉を話すだけだ」と見られがちな現状について変えていく必要があると小野は語る。

フリーランスの世界では女性の通訳者がマジョリティの現状に対して、現在Jリーグクラブの通訳者はほぼ100%男性だ。欧州のチームでは、トレーナーやマッサージのスタッフに女性がいることも珍しいことではないという。今後日本のサッカー業界がどのように変化するのかはわからないが、他のスポーツからサッカーに入ることも可能かもしれないし、夢を諦めずに目指してほしい、と小野は熱弁する。現役のサッカー通訳者の側もオープンマインドで発信を続け、新人を積極的に受け入れることで競争が生まれ、結果として通訳の質の向上につながるはずだ、という強い信念が小野にはある。

スポーツ業界の通訳に向いている人

「どうやったら通訳になれますか」とよく人から聞かれることがある。その際には、「言葉は勿論必要だけれど、それは努力次第でいつでも吸収できる。まずは常に人間力を磨きなさい」と答える。「とっさに反応できる、真面目に仕事ができる、しっかりと馬鹿ができる人。常に喜怒哀楽を見せることができる人がもしかしてスポーツチームの通訳には向いているのかもしれない」。

小野はその言葉を体現している。たとえば2023年シーズンのガンバ大阪は苦しい時期が続き、チーム内にはネガティブなムードが漂っていた。そんな中、試合でガンバのゴールが決まると、真っ先に飛び出し選手達と一緒になって喜び、ゴール裏のサポーターを煽る小野の姿はファンの間でも話題になった。「自分が前に出ちゃった感じになって、賛否両論あるのはわかっているんですけど、ネガティブなムードを何とかしたかったんですよね」と語る。練習中は現場が円滑に回るように、通訳業務だけでなくマネージャーの手伝いをしたりもする。監督付き通訳の時には物理的に難しかったが選手付きの現在では、夏場の水やスポーツドリンクの補充、ビブスやマーカーの回収などできることは率先して行っている。「自分の仕事は通訳だからそれ以外はやりません」といった姿勢では仲間からの信頼を得ることは難しいだろう。

(JACI撮影)

ガンバ大阪の通訳として達成したいこと

2024年11月、ガンバ大阪は天皇杯決勝でヴィッセル神戸に敗れ10個目のタイトルを取ることができなかった。歳を重ねて涙もろくなったせいかもしれないが、小野は悔しくて涙を流したという。同時にガンバ大阪というクラブへの強い思い入れを再認識することができたと語る。

だから「直近の目標は10個目の星をとることです。自分がプレーしているわけではないでしょうと言われたらおしまいですが、理解して頂きたいのはクラブに所属しているメンバーの一人ひとりが戦っているんですよね」「サポーターの方々のためにも、タイトルをもたらさないといけないという責務、義務があると思っています。そのために自分たちは仕事に邁進していくしかありません」と力強く語ってくれた。



小野優(インタビュー対象者)

2023年よりJリーグ・ガンバ大阪所属の英語通訳者として2人の外国籍選手(イスラエル人のネタ・ラヴィ選手、チュニジア人のイッサム・ジェバリ選手)をサポートしている。これまで所属したJリーグのクラブは、ベガルタ仙台、ヴィッセル神戸、Ⅴ・ファーレン長崎、横浜FC。


栗原文子(取材・執筆)

金融系の社内通訳を経て、2007年よりフリーランス。海外の機関投資家と上場企業をつなぐIR通訳が得意分野。ヘルスケア分野や官公庁案件も多い。週末はホーム、アウェイを問わずスタジアムでガンバ大阪を応援。サッカー関連の仕事が舞い込むと何より心が躍る。London School of Economics 政治学修士。