【第1回】スポーツ通訳者インタビュー:小野優(ガンバ大阪)【中編】
2024年12月、JACIのスポーツ通訳部は大阪府吹田市にあるガンバ大阪のオフィスを訪問し、同クラブの専属通訳者である小野優(おの ゆう)氏にインタビューを行いました。全3回でお届けします。(※写真提供は記載がない限りガンバ大阪)
1日のスケジュール
練習日のスケジュールは、10時スタートの練習前のミーティングに間に合うように選手を車で迎えに行き出社。ミーティングでは次の対戦相手のスカウティング、戦術の話など主に監督が話す内容を通訳。1時間から1時間半程度の練習終了後、選手が治療やマッサージを受ける中で通訳のサポートに入る。シーズン中は午後の練習があまりないので、選手の銀行対応、買い物などの用事や家族の病院に同行したり、時にはクラブの事務所や役所などで様々な公的書類や申請書を書いたりすることもある。選手たちは来日して3年目に入り、日本の生活にも慣れているので、サポートという意味ではだいぶ楽になっているそうだ。
マッチデーのスケジュールは、ホームゲームがナイター開催で、担当選手2人のうち1人の選手がベンチ外、1人がメンバーに選ばれた場合、拘束時間が一番長くなる。メンバー外の練習が朝9時あたりに始まり、午前中で練習は終了。ナイターの集合時間まで通訳が必要とされる場面がなければ、クラブハウスで食事をしたりジムで身体を動かして数時間待機する。夜19時のキックオフだと試合終了後のすべての業務が終わるのが22時過ぎ、そこから選手を送って帰宅すると24時前になる。選手に良いサポートを提供するには、自分自身の体力維持と日々の体調管理は欠かせない。ガンバ大阪に入る前の数年間は会社員として勤務した経験もあり、デスクワークよりも身体を動かす今の仕事の方が自分には向いていると話す。

バランスが大事な監督の通訳
2005年、ベガルタ仙台の次のクラブとしてヴィッセル神戸の通訳者に就任。当初はチェコ人監督、ヘッドコーチ、3人の選手、計チェコ人5人の担当で努力実らずJ2に降格してしまったが、その翌年にイングランド人のスチュアート・バクスター監督の通訳を務めてJ1昇格を果たした。
監督付き通訳では、選手付きとは異なる立ち位置や振る舞いが求められたという。監督、選手の間に入って両者から信頼を勝ち取るためには、通訳の立場で一方に偏りすぎずバランスを取ることに最も気を遣った。時には強化部と監督との話し合いで選手に関する機密事項に接したとしても、それを顔や態度に出さずに、選手とうまく距離を取りながら接することがプロとして必要である。最終的な目標として、チームが結果を出すことが最重要なので「自分は感情を抑えながら完全に黒子に徹することが一番厳しかったこと」と振り返る。
バクスター監督は日本愛に溢れており、宮本武蔵の『五輪書』や武士道の思想などを引用しながら説得力のある話し方で選手やスタッフの心をつかむことに優れた監督だったと小野は語る。物事の確たる芯を見出し、しっかりと言語化していた。選手の心に寄り添ってサポートをすることもあれば、時には強い言葉で突き放すこともあったが、監督が強いメッセージを出しているときには通訳でそのトーンを和らげることはしないという。選手は敏感なのでオブラートに包んでしまうと逆に信頼を失いかねない。10のレベルの激しい口調を9くらいに弱めることはあるが、3のレベルにまで落とすことはせず、ストレートに伝える。たとえ嫌われることになってもそれが自分の仕事だから妥協はしない。選手が納得していない様子であれば更なるコミュニケーションを取るように導くこともあれば、言うべきかは悩みつつも「監督はこう言っていたけど、裏にはこんな意味が隠れているのでは」と個人の意見を述べて理解を高める努力も厭わない。
Jリーグでの通訳の多様性
ブラジル人選手が多いJリーグにおいて昔から通訳の需要が高いのはポルトガル語と韓国語、そしてより多国籍になってきた現在ではスペイン語と英語だという。
現在担当する外国籍の選手2人は英語のネイティブスピーカーではない。チュニジア人の母国語はアラビア語とフランス語、イスラエル人の母国語はヘブライ語だが、2人とも英語が流暢なのでコミュニケーションには全く問題ない。

現在ガンバ大阪のチーム内には、スペイン語通訳者2人、英語、ポルトガル語、計4人の通訳者がいる。(2023年は韓国語通訳が在籍し5人体制だった。)チームミーティングではダニエル・ポヤトス監督のスペイン語が日本語に通訳され、そこから英語、ポルトガル語にそれぞれ「リレー通訳」される。簡易通訳機材の使用は一切ない。リレー通訳ゆえに発生する情報伝達の遅れを解消するために、日本語訳を聞く前にオリジナルのスペイン語を聞いて訳し始めるケースもあるという。「やっぱり早く伝えてあげないと現場が回らないっていうのもあるし、サッカー用語だから2年も仕事してると、若干わかってくるんですよ。何が言いたいか。西洋言語の言葉って似てることが多いので何となくニュアンスがわかるようになったと感じます」。試合中15分間のハーフタイムもロッカールームで監督が熱くマシンガントークで話すので、その熱量を伝えるべくなるべく日本語を待たずに英語に訳していく。スペイン語、日本語訳を聞きわけながら英語に訳し、若干違うなと思ったら、軌道修正していく。同時にポルトガル語訳や、自分が英訳する声も耳に入ってくるので、難易度は非常に高い。
現在の仕事の原体験は様々な言語や文化の中で暮らしたヨーロッパでの生活にある。中央ヨーロッパに位置するスロバキアは、島国の日本とは異なり、オーストリア、ポーランド、ハンガリー、チェコなどの国々に囲まれ、国境を越えれば、人種や使われる言語や貨幣も異なる。テレビのチャンネルを回せば外国語音声も流れてくる環境だった。
試合中は監督が直接指示を出すので出番は少ないが練習になると、担当の外国籍選手2人が同時にピッチ上にいる場合、それぞれフォワードとミッドフィルダーでポジション的に距離があるため、通訳の声が2人に届くように常に自分の立ち位置を微調整する必要があるという。
試合の際ホームのパナソニックスタジアム吹田はサポーターが作り出す熱狂的な雰囲気で知られるスタジアムだ。声を張って通訳をしていると「声が届かないのでもう喉が潰れます」と言うのも頷ける。
普段時間があるときは出来るだけプレミアリーグのサッカーの試合を観る。日本語解説のないオリジナル音声に耳を傾け、英語の言い回しやイングランド独特のブラックジョークなどを学んでいる。小野の場合、語学の勉強はまずは耳から入るのが一番速いということで、外国に行くとまずはホテルのテレビをつけて現地の言葉を聞いて耳を慣らす。Amazon Primeで配信されたスポーツドキュメンタリーシリーズの『All or Nothing』は、欧州のトップクラブの話ではあるが、フットボールのリアルの現場で使われる言葉の伝達の仕方やニュアンス、スピード感が学べる恰好の教材である。

小野優(インタビュー対象者)
2023年よりJリーグ・ガンバ大阪所属の英語通訳者として2人の外国籍選手(イスラエル人のネタ・ラヴィ選手、チュニジア人のイッサム・ジェバリ選手)をサポートしている。これまで所属したJリーグのクラブは、ベガルタ仙台、ヴィッセル神戸、Ⅴ・ファーレン長崎、横浜FC。

栗原文子(取材・執筆)
金融系の社内通訳を経て、2007年よりフリーランス。海外の機関投資家と上場企業をつなぐIR通訳が得意分野。ヘルスケア分野や官公庁案件も多い。週末はホーム、アウェイを問わずスタジアムでガンバ大阪を応援。サッカー関連の仕事が舞い込むと何より心が躍る。London School of Economics 政治学修士。