【第1回】スポーツ通訳者インタビュー:小野優(ガンバ大阪)【前編】

2024年12月、JACIのスポーツ通訳部は大阪府吹田市にあるガンバ大阪のオフィスを訪問し、同クラブの専属通訳者である小野優(おの ゆう)氏にインタビューを行いました。全3回でお届けします。(※写真提供は記載がない限りガンバ大阪)


生まれは東京・墨田区、隅田川を挟み浅草の対岸。生まれてから13年間東京で暮らした後、父親の仕事の都合で旧チェコスロバキアのスロバキア共和国に約12年間家族で生活した。現地の学校では国語としてのスロバキア語、外国語として英語とドイツ語を勉強したマルチリンガル。家族が日本に帰国したあと、モスクワ国立大学に留学予定でロシアに単身移住。語学学校でロシア語を勉強したが、現地の治安悪化などで大学入学を断念、やむなく帰国することになった(当時のロシア経済状況や政治不安定などの理由で治安が悪化)。欧州で様々な勉強をする中で一番しっくりときたのが語学であり、生きていくために海外生活で身につけた語学力を武器として通訳・翻訳の経験を積むことを決意した。 


Jリーグの通訳者になるまで 

通訳キャリアの初期は、フリーランスとして主にスロバキア語で様々な分野の案件を引き受けた。NHKなどの放送局がスロバキアに取材に来た際のアテンドや通訳、原子力発電所での技術者への通訳、また日本の製薬会社における新型インフルエンザのワクチン開発プロジェクトではチェコ人、スロバキア人の薬学専門家付きの極めて専門性の高い内容の通訳を行った。 

スロバキアとの関わりがサッカー業界でのキャリアの扉を開いてくれた。2004年、Jリーグのベガルタ仙台にスロバキア人選手が加入することになったが、幸か不幸か外国語でのコミュニケーションが困難な状況で、小野に白羽の矢が立った。日本国内でスロバキア語を話せる日本人は数少なかったが、クラブ関係者が必死で探してなんとか小野にたどり着き、通訳者としての契約をオファーした。長年暮らした欧州ではテレビのスポーツ番組といえばまずサッカーであり、コミュニケーション・ツールのひとつだった。当時は20代、サッカーで自分の能力が活かせることが何よりうれしく、「すごくエキサイトした」と話す。 

それから20数年を経て、当時を振り返ると「自分が(通訳が上手く)できるんじゃないかなと思ったことは実はないんです。自信がないということではなくて、やってみないとわからない。やってみて、なんとかなったとしてもやっぱり反省点があるので、常に反省して、改善して、自分のスキルに還元していく。それが毎日の作業であり、今でもその気持ちは忘れてはいないです」。言葉は生きていて、20年も経てば意味やニュアンスが変わる。新たな専門用語も生まれる。常にアップデートしていく必要があると語る。 

(JACI撮影)

クラブに帯同する通訳者として 

言葉に対する感度を常に高く持つことはどの分野の通訳者にも必要であるが、アサインされた会議が終了すれば業務が完結するフリーランスの通訳との大きな違いは、常にチームに「帯同」するということだ。 

選手との年齢差が小さかった以前と比べると、今は20代、30代の選手とのジェネレーション・ギャップを感じ、選手へのアプローチの仕方に悩むこともあるという。「考え方も全然違います。その辺りはもしかしたら逆に今の方が四苦八苦しているかもしれないですね」。フリーランスのビジネス通訳などと比較すると、サッカークラブでの通訳は「人の感情がもっと表に出てくるポジションなのかなと思っている」。一年を通して、家族よりも長い時間を一緒に過ごす選手の日々の気持ちの変化を敏感に汲み取って接してあげる努力が欠かせない。現在担当している選手達は、時には怪我や戦術的な理由で試合当日にメンバー外になってフラストレーションを抱えることがあっても、大人の振る舞いで感情をコントロールできる穏やかな人柄なので、それについてはとても感謝しているという。 

また選手自身の通訳だけでなく、担当する選手の家族サポートも通訳者がすべてまかなうのが暗黙の了解だ。チームには整形外科を専門とするドクターがいるが、選手の家族が医師の診察を受けたい場合、まずは英語対応可能なクリニックを探す。それでも十分なコミュニケーションができないとなると通訳サポートが必要となる。2024年、担当する選手にお子さんが産まれた際は、妊婦検診にも付き添った。前十字靭帯や半月板損傷などスポーツ外傷の医学用語の英語表現は覚えていても、産婦人科での通訳には苦戦した。「(妊娠は)自分が実際に経験できないものであり、どんな風に感じているかの想像がつかない。ある意味、今年一番苦労したのはそれかも知れないですね」と話す。

中編に続く



小野優(インタビュー対象者)

2023年よりJリーグ・ガンバ大阪所属の英語通訳者として2人の外国籍選手(イスラエル人のネタ・ラヴィ選手、チュニジア人のイッサム・ジェバリ選手)をサポートしている。これまで所属したJリーグのクラブは、ベガルタ仙台、ヴィッセル神戸、Ⅴ・ファーレン長崎、横浜FC。 


栗原文子(取材・執筆)

金融系の社内通訳を経て、2007年よりフリーランス。海外の機関投資家と上場企業をつなぐIR通訳が得意分野。ヘルスケア分野や官公庁案件も多い。週末はホーム、アウェイを問わずスタジアムでガンバ大阪を応援。サッカー関連の仕事が舞い込むと何より心が躍る。London School of Economics 政治学修士。