【第4回】探査工学から見た地球と宇宙「カーボンニュートラルについて(3) 」

前回のコラムで、CO2フリーの水素社会を実現するには、当面の間はCO2地中貯留が重要な役割を担うことをお伝えしました。残念ながら、このCO2地中貯留は日本ではあまり認知されていませんので、ここで紹介させて頂きます。

CO2地中貯留とは、火力発電所や製鉄所などでCO2を回収し、それを地中に貯留することで、大気中のCO2の排出を減らそうというプロジェクトです。CCSまたはCCUSというキーワードを聞いたことがある方もおられるかと思います。CCSはCO2 Capture and Storageのことで、CO2をCapture(回収)して、それを地層にStorage(貯留)するというものです。前のコラムに書いた通り、現在供給されている水素の99%以上がメタンなどの炭化水素から作られており、水素を作るときに出てきたCO2を地中貯留する必要があるわけです。当然、CO2を地中貯留せず、セメントなどの材料に利用(Utilize)する方が好ましいですが、現在の技術では大量のCO2を利用することは難しいです。我々が削減しようとしているCO2は、とてつもなく大量であることを認識しなければなりません。カーボンニュートラル(CO2排出ゼロ)を達成するには、日本だけでも1年間に約10億トンのCO2を削減する必要があります。こんな数を聞いても想像がつきませんよね。単純計算で、一人当たり年間10トンくらい(乗用車6台分くらい)のCO2を出しており、それを削減する必要があるのです。なお、1トンのCO2を削減するには、低コストと言われているCCSでも5000円〜1万円くらい必要です。いかにCO2の削減が難しいか分かっていただけると思います。

さらにカーボンニュートラルを達成するためには、何らかの人間活動に伴って継続的にCO2が排出されるため、大気からCO2を直接回収するDirect Air Capture (DAC)とCO2地中貯留などを導入してネガティブエミッション(CO2を積極的に大気中から回収し削減)を一部で実施する必要があると考えられています。火力発電所の排気に含まれるCO2に比べ、大気中はCO2濃度が低いため、DACには難しさがあります。しかし将来的に必須の技術になると考えられているため、多くの会社がDACに投資しています。また大気中から回収したCO2で炭酸飲料を作ったら付加価値が得られるため、飲料メーカーもDACには積極的な態度をとっています。

さてCCSでは、地中にCO2を貯留しますが、地下に巨大空間を建設する必要はなく、岩石を構成している粒子の隙間に貯留します。良質な地層では、全体の30%くらいが隙間(空間)です。そのためCO2地中貯留では、細い井戸を使って、ストローでCO2を地中に吹き込むように圧入します。CO2を800mよりも深く圧入すると、(温度と圧力が高くなり)CO2は液体と気体の中間のような状態になり、効率的に貯留できるとされています。日本周辺だけでも1000億トン以上のCO2を貯留できる地層があるという試算があり、この貯留可能量は、日本の総CO2排出量の100年分以上に相当します。つまりポテンシャルはあると言えます。

貯留したCO2は地層水に溶け、最終的には鉱物になると考えられています。これまでは、地層水への溶解と鉱物化には非常に時間が必要とされてきましたが、場所を選べば数年で鉱物化することなども分かってきています。地下の環境には、もともと大量のCO2が存在しており、人工的にCO2を地中に入れることは、そこまで不自然なことではないと思っています。もちろん、CO2が漏洩することがないように、注意する必要があります。

このように書くと、CCSは非常に魅力的なアプローチのように思われると思います。実際、国際エネルギー機関(IEA)は、地球の気温上昇を1.5度以内に抑えるためにCO2回収・貯留(CCS)で全体のCO2削減量の約15%を削減する必要があるとしています。つまりCCSは、現実的にCO2を削減する上で鍵となる技術として位置付けられています。しかしIEAのシナリオを実現するためには、世界中の約6000箇所で大規模なCO2貯留を行う必要があります。日本もこのCO2地中貯留で、1年間に1.2〜2.4億トンもCO2を減らそうとしています。これを実現するためには、120本〜240本の井戸でCO2を圧入する必要があります。つまり日本にもCO2貯留サイトが分布するようになるかもしれません。なお私は探査工学が専門で、安全なCO2貯留サイトを調べたり、連続的に貯留したCO2をモニタリングしたりする手法の研究開発を行なっています。

今回取り上げたCO2地中貯留では金銭的な利益が得られません。地球規模の問題となっている地球温暖化の防止に貢献するだけです。つまりCO2地中貯留した場所周辺の地域に直接的な利益が見えづらいと言えます。私は地熱発電の研究も行っていますが、地熱はエネルギーを生み出すので、ポジティブに考えて頂ける方が多いですが、CCSは理解が得られないこともあります。なお欧米では、貯留したCO2量に応じて費用が支払われる仕組み(ビジネス化)が出来上がりつつあります。

このようにCO2地中貯留は課題もありますので、新しいCO2を出さないエネルギーシステムの開発にお金を使った方が良いと思う方もおられると思います。しかし削減すべきCO2の量、それに必要なコスト、新しいエネルギーシステムが完成する時期などを考えると、当面の間はCO2地中貯留で時間稼ぎする必要があると思っています。つまりCO2地中貯留は、新たなエネルギーでCO2の問題が解決するまでのブリッジテクノロジーと位置付けられるのかもしれません。この原稿を書いている間にも、CO2が排出され、気温上昇に伴う不可逆的な変化が生じています。カーボンニュートラルに向けた技術開発には、時間軸を考えて技術を組み合わせていく必要があると思います。

これまでの文章を読まれて、皆様はどのように感じられましたか?様々な意見があると思います。私は、様々な意見があるほうが良いと思っています。お互いの意見を尊重し合いながら、議論を盛り上げるべきです。特に環境問題は、多くの因子が関わっていて、何が好ましい方法か分かりにくいのが実情です。一見良いと思って実施していることが、反対に環境に負荷を与えていることもあります。現在の日本社会は、一つの理想がなんとなく定義されてしまい、固定化してしまっている(変更しにくい)印象を個人的に持っています。合理的で広い視野を持って環境問題にも取り組んでいくべきだと思っています。


辻 健(つじ たけし)
東京大学大学院工学系研究科・教授。地球惑星科学・探査工学。
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